800字チャレンジ

「シノの髪はとても綺麗ですね」

深い森の中を迷いなく進む彼女の背中を追いかけながら、ふと思ったことを口にする。

「髪?」

怪訝そうな顔をしたシノが振り向くと、一拍遅れて艶やかな黒髪が揺れる。二つに結んだ長い髪が肩を滑って、さらりと背中へ流れ落ちた。元の世界には烏の濡れ羽色、という言葉があったけれど、シノの髪はまさにそれだと思う。

「はい。光に当たると少し青く見えるの、すごく綺麗です。いつ頃から伸ばしてるんですか?」
「ブランシェットに拾われてからだな。それまではずっと短かった」
「私が、伸ばしてるところも見てみたいなって言ったんです」

隣を歩いていたヒースクリフがそう言って、少し目を細める。

「ああ。お嬢様の命で伸ばしている」
「ちょっとシノ、言い方」

シノがあまりにも真剣な顔をして言うものだから、思わず吹き出してしまう。

「本当のことだろう。ヒースが伸ばせって言ったからこうしてるんだ」
「それはおまえが鎌で髪を切ろうとしてたから」
「鎌?」

思わず聞き返すと、ヒースクリフはどこか困ったように眉を下げる。

「はい。うちに来たばかりの頃、一緒に森で遊んでいたらシノの髪が木の枝に引っかかってしまったことがあって」
「あの状況なら切った方が早かっただろう」
「だからって草刈り用の鎌を使うことないだろう」

大雑把で肝の据わっているシノらしいエピソードに、思わず笑みがこぼれる。

「それで、私が止めたんです。危ないし、せっかく綺麗な髪なのにもったいないって」

そう言って、ヒースクリフは揺れる黒髪へそっと視線を向ける。懐かしいものを見るような、柔らかな表情だった。

「その髪型もとてもよく似合ってます。日によって違いますよね、お団子だったり三つ編みだったり」
「邪魔にならないように結んでるだけだ」
「でも器用ですよね。編み込みとか」
「あれはヒースに教わった」
「えっ、そうなんですか?」
「小さい頃は私がよくやっていたんです。せっかく伸ばすなら可愛く整えてあげたくて」
「ああ。お嬢様の命だ」
「シノ!」
「わたしはお前が切れと言うまで伸ばし続けるからな」
「……もし負担に感じているなら、これ以上無理は言わない」
「いや。わたしがそうしたいんだ」

その瞬間、ひときわ強い風が吹き抜けた。辺り一帯の木々がざわざわと音を立てて、二つに結ばれたシノの髪もさらりと揺れる。
木漏れ日を受けてつやつやと輝く黒髪は、やっぱり彼女によく似合っていると思った。
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