きみと星のはざま
そこそこの音量で鳴り響いたブザーの音が鼓膜を揺らして、急激に意識が浮上する。ゆっくりと瞼を持ち上げてみると、どうやらわたしはあの懐かしい国立大劇場の、最前列の席に座っているらしかった。なぜこんなところにいるのだろう。どうにか記憶を辿ろうとしたけれど頭の中に靄がかかったような感覚は一向に消えそうになくて、ずきりとこめかみの辺りが痛む。
「ようやく起きたのか。まもなく終演だぞ」
しばらくそんな調子で頭を抱えていると、ひとつ隣の席から声をかけられた。慌てて振り返ってみると、そこにいたのは。
「え、百冬実さん?」
「もうすぐ幕が下りる。あそこへ戻るなら今のうちだ」
狩衣の袖口から覗く指先が示したのは、色とりどりの照明で鮮やかに照らされた舞台の上。
「……あそこは志献官の皆さんが立つべき場所ですから。私はここで見ているだけでいいんです」
「お前も歴とした志献官の一人だろう。世界を救った結合術の使い手だ」
「それを言ったら百冬実さんだって」
「いや、私はいいんだ。拍手で祝われながら終わりを迎えられるほど、清くは生きられなかったからな」
「そんなの、おかしいです」
二つの客席を区切る硬い肘掛けがもどかしくて仕方がない。でも、このくらいなら乗り越えていける。次の50日間を待つ間、この時間だけはきっとわたしは誰よりも自由でいられる。
「……何をするつもりだ?」
「百冬実さんがここにいるなら、私も残ります」
「今ならまだ間に合う」
「嫌です」
「駄々っ子か」
「駄々っ子で結構です。いいですか百冬実さん、私はもうどこへも行きません。これ以上あなたを一人にはしません」
「……そうか」
「はい」
一応は納得してもらえたようだけれど。誰よりも強くて孤独だったこの人に、言葉だけで全てを伝え切れる自身がなかった。少し考えて、ようやく一つの正解に辿り着く。そうだ、そうだった。わたしが幾度も結び合わせてきたあの二人はいつもこうしていたじゃないか。
「——信じてください、百冬実さん」
どうかもう少しだけ、幕が下りるまでの間だけ。側にいることを許してほしいと願いながら、ゆっくりと手を伸ばした。
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