聖闘士星矢
アイアコスは腕を伸ばし、己の前で手を叩いた。その動作で、店にいた店員全員がオーナーである彼に注目する。
「よし!カフェ・アンティノーラ只今から営業開始だ!」
オーナーが笑みを浮かべ高らかに告げると、歓声が沸き上がった。入口にある札が"Close"から"Open"に、店員の手によって元気よくひっくり返る。
ギリシアの乾いた風が店に吹きこんだ。晴れ渡る空の下、こうして、小さく不思議なカフェが、始まりを告げた。
「でっかくて
ふところが深くて
照れ屋な
ロマンチストな
素晴らしい弟です」
「アスプロス、何を言ってるんだ」
「デフテロスのあいうえお作文だ」
「……」
A cup of coffee「作家アスプロスと担当たち」
「ならば、どうすれば良いのだ?!」
「お客さまー、お静かにー」
どこからか響く、叫び声に店員たちは苦笑を溢す。
記念すべきお客様一号が、まさかこんな奴らだ、と一体誰が予想できただろうか。アイアコスは頼まれたカプチーノを作るため、コーヒー豆を挽きながらため息を溢す。
双子座アスプロスと、蠍座カルディア、水瓶座デジェル。
何だこの面子は、と全員が思ったが、どうやらアスプロスが作家活動をしており、あとの二人が編集や担当らしい。
それならまだしも、アイアコス達を一番驚かせたのは、アスプロスの書くジャンルだった。
「何故あの双子座が恋愛小説など書いているのだ?」
隣にいたバイオレートに、然り気無く聞いてみる。バイオレートも苦笑をもらす。
「理解しかねます。ですが、話を聞くと、何やら聖域の復興資金稼ぎの一環の様です」
「意外とシビアだな」
「そうですね。あ。アイアコス様、豆、挽きすぎです」
「うおっ」
場所は移り、窓側の席。そこに座り、強烈なオーラを放つ三人組。
周囲からの刺さる様な視線を取り払うかの如く、咳払いをひとつし、で、と水瓶座のデジェルが真面目な顔で聞く。
「前から気になっていたのだが、このヒロインのモデルは……」
「デフテロスだが?」
さも当然、と言った面持ちで言うヒロインモデルとなった人物の実の兄の姿に、担当たちのみならず、アンティノーラの店員たちも脱力を隠せなかった。
確かにデフテロスは、あの強烈な個性を放つ黄金聖闘士たちの中で、その生きてきた環境のせいか、随一のロマンチストだった。
「だからって普通、ヒロインにするか?」
「何を言う?!デフテロスはヒロインにぴったりではないか」
「上半身裸で、鬼と呼ばれ、聖衣喰ってた様なヤツがヒロインなんて有り得ねえ!」
「何を言うか!俺はデフテロスと一つになった時に、分かったのだ。あれは」
「だあああ!何か如何わしく聞こえるから、やめろ!アスプロスは、それ以上何も言うな!」
「まあ、確かに嘘をつくのが下手くそな、真っ直ぐな瞳をしているが」
「なっ、デジェルまで何言ってんだ?!」
ついていけねー、と両手を軽くあげ、背凭れに深く凭れ掛かるカルディアを一瞥し、アスプロスが腕を組ながら言う。
「ロマンチストヒロインは、言葉にせずとも繋がってる、分かるよな、って事で、基本口に出しては語らない。かわりに向ける真っ直ぐな瞳を、恨みの念と勘違いする主人公。何で気付かないんだ馬鹿者!という展開にしようと思ってる」
「そ、それは自虐ネタとして捉えていいのか?」
微妙な空気が漂っているなかに、誰が注文された品を運ぶか、初日から何とも大変なアンティノーラであった。
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