北方水滸伝


 いつになく無口の馬麟が索超の隣に立ち、黒騎兵たちの方をみていた。馬麟は、いつもと同じに見える帰陣後の風景の中に、何か違和感を覚えていた。


「どうした、馬麟」

 そうだ。旗がない。

 隊長が最後に戻り、命を出すまで、決して下げられることのない『林』の旗が。


「まさか」

 馬麟は弾かれた様に馬に飛び乗り、馬腹を蹴った。索超が声を上げるが、馬麟の耳には届かなかった。


 胸騒ぎがする。未だに陣に辿り着いていないのは、林冲、郁保四、扈三娘。

 その三人以外は騎馬隊全員が帰陣していた。怪我人が数人いたが、死者はいなかった。


 馬麟は疾駆した。この馬ならば、あの戦場までの距離は疾駆しても潰れないはずだ、と頭の隅で考える。

「おい。馬麟、待て」

 ままならぬ様子で飛び出した馬麟を、索超が急ぎ追いかける。索超は馬麟を追いながら、頭の中を整理する。

 林冲が帰ってきていない。郁保四も扈三娘も。

 流石に三人共遅すぎる。

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