第十章
Name Change
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走る。さざ波の音を横から聴きながら、会場に戻る。足取りはいつもより軽い。
会場から、まばらに人が出てきてる。全国大会が終わった。そう改めて実感する。
私は彼を探した。どこにいるのだろうか。
「あ。まつー!いたいた!」
「どこ行ってたんだよ。探したぜ」
声をかけられ、見るとたけとうめがいた。
「あれ、何か顔赤くない?」
「また全力疾走でもしてたのか?」
「……夕日のせいです」
「どこの詩人だよ」
二人に笑いながら近づく。二人は会場にいない私を心配したらしい。いないのはちょっとの間だったようだが、私にとって全国大会表彰式のあの時はずいぶん前に感じる。それくらい、いろいろあった。
「よし。まつも見つかったし、周助に連絡入れっかな」
「不二くんと一緒に帰るの?」
「全国終わったら一緒にご飯いこって話してたからな。うめも忍足が待ってんだろ?」
「ま、まあ」
お互いの恋人のことを語り、今までは何てことなく聞いていたが、二人とも幸せそうな顔をしている。二人は隣には、不二と忍足がいる。そう思うと、どこか胸に温かい思いがわく。
私も、彼と、そんな関係になれるだろうか。
「ねえ。二人は、幸せ?」
そういえば、合宿の時も同じ質問をしたことを思い出した。今回は、あの時のトーンと全く違う。二人は驚いたようにこちらを見る。私が笑いかけると、何かを察したのか、二人は眩しい笑顔を向ける。
「おう!」
「うん!」
元気いっぱいに返されると同時に、私の視界に彼が入る。
あ、と気が付きそちらを見ると、二人も私の視線の先にいる彼に気が付く。
彼と目が合う。心臓がまた跳ねた。顔に熱がいくのが分かる。
「まつ。まつもね!」
「え、私?」
「お前も幸せかって聞いてんだ」
そう二人が、私の背中を叩く。私。私は……。
再び彼を見つめる。素直になれと、たけが私の背中を押す。行っておいでと、笑いかけるうめ。
「ありがとう。二人とも。行ってくるね」
後ろにいる二人に笑顔を向け、私は彼の元に向かった。
彼はこちらを見ている。目をそらさず、まっすぐに。
私が来たことに、笑顔を浮かべているが、驚きや戸惑いもありそうだ。
私は彼の前に立ち、息を整える。名前を呼ぶと、そんなに急いでどうしたのか聞いてくる。
彼のテニスをしている姿、今までの思い出、すべてが頭によぎる。その一つひとつを思い返しながら、私はゆっくりと言葉を告げる。まずは、想いを伝えてくれたことに対し礼を述べた。彼が少し、不安そうな面持ちをしている。こんな表情もするんだね。なんて妙に冷静になっている自分に驚く。
「正直、なんで私って戸惑いもある」
あらゆる面で卓越していて、何事にも真剣で、部長として人を引っ張ている彼が、私のどこに惹かれてくれたのか、今でも正直分からない。
「こういうのは、初めてだし。好きとかそういう感情は、まだ分からない」
皆からのアドバイスを参考にしても、まだまだ不明点が多すぎて。未知の世界すぎて、戸惑いしか今は覚えない。
けれど、誰の隣にいたいか。そう問われた時、真っ先に思い描いたのは彼だった。
彼は黙ってこちらを見ている。自身を叱咤するように、決意をするように私は、深呼吸をした。よし。
けど、と言葉を紡ぐ。
「私はこれからもそばにいたいと思った。そばにいて欲しいと思う、ずっと」
ゆっくりと素直に自分の思っていることを告げる。驚いたような表情をしている彼の名前を呼んだ。
名前を呼ぶと同時に、身体が前に引かれ、温かいものに包まれた。
自分の響く心臓の音と、また別の音が重なって聞こえる。彼のぬくもりを初めて感じたのは、思えば背中越しだった。今は、真正面から受け止めている。お互いの鼓動にどこか安心する。
「まつ、それはもう。俺が好きってことだろう」
耳元で落とされる言葉に、顔に熱が集まる。そうか、このこみ上げてくる思いが、きっと……。
そう思い、戸惑いながらも彼の背中に腕を回す。
先ほどたけとうめに、幸せかと聞かれた。
今なら、自信をもってこたえられる。
「幸せだよ」
夕暮れを迎えた空に向かい、私は呟く。
パステルカラーの空の下、一つの恋が始まりを告げた。
<完>
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