第十章
Name Change
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心臓がうるさい。先ほどからずっと、自分の耳の中に心臓があるんじゃないかってくらい鳴り響いている。
どうしてこんなことに。そう思わざるを得ない。
好きだよ。好きだ。
同じ日に、しかもほとんど同じようなタイミングでこんな言葉を貰うなんてことがあるのだろうか。ある訳ないだろう。そうだ、あれはきっと友達として……そんな訳ないよね。流石の私でもわかるよ。
あの時の、二人の顔、声音、すべてが鮮明に思い出される。
そして、その度に心臓はうるさい。
いつもポンポン忘れていくし、何なら記憶喪失だってした癖に、こんな時に限って記憶力が研ぎ澄まされている。脳が張り切っている。なんてことだ。
心臓も張り切っている。勘弁してくれ。このうるさい心臓を叱るように、落ち着けと胸を叩く。
うん。止まらない。ちょっと間を空けると、二人の顔とあの時の場面が思い出される。そして、心臓はまたうるさい。
とまれとまれ。落ち着け落ち着け。自分の胸を叩くも無駄だった。
「なんやまつ。ゴリラの真似か??」
「全く似とらんさかい、よう見とき!」
「あああ!止まれー!私の心臓!!」
「ちょ。どないしたんや?!」
「なんや死にたいんスか?」
「えええまつの姉ちゃん、死んでまうんか?!それは、あかんで!!」
「ああ金太郎はん!危ない!」
突然隣からものすごい勢いでタックルされる。赤髪。遠山くんだった。なぜ遠山くんがと思い見ると、四天宝寺の皆がいた。何か一氏がすごいゴリラみたいな顔してる。いつの間にいたんだ。自分の心臓を止めるのに必死で、全く気が付かなかった。
「し、四天宝寺のみなさんお揃いで」
「まつ。何しとるんや?」
「いや、今日に限って心臓と脳みそが張り切ってて、機能停止させようと」
「え、自害?」
「銀さん!百八式で私に喝をいれて!」
「ぬ?!」
「今、銀の右手は折れとるがな」
「いや、その前にまつはんに百八式打たせようとせんでくれ」
「ほんまに何があったん?」
白石が心配そうな面持ちで私に聞いてくる。どう伝えたらいいのか、自分の身体すら持て余している私はどうしたらいいか悩んだ。そんな私に、安心するように、話をしていいことを白石は告げてきた。
そうだね。私はいつも話をしないで勝手に色々やって変な方向に行ってしまっていた。私は大きく息を吸い、顔の熱を冷まし皆の方を向く。
「ねえ。好き、というより……恋ってどんなもの?」
そう小さく聞く私に、四天宝寺の皆が驚きの顔をする。ですよね。困りますよね。小春ちゃんは「きゃ。可愛い質問」なんて言いながら頬に手を当てている。そして、小春ちゃんは謙也の背中を叩いた。
「せ、せやな……」
謙也が咳ばらいをしながら顔を赤らめて言う。なんか照れてる謙也をみて、変な質問をしてしまったと、ちょっと申し訳なく思った。
「気が付けば目で追っとったり、」
目で追う?うーん。追う前に彼らは視界に入っていることが多いかな。
「一緒におって胸が温こうなったり、」
いや温かくなるどころか、今ちょっと思い出すだけで心臓爆発しそうな感じなんですが。一緒にいるとどうなるかなんて今の私には想像つかない。といより、こんな状態じゃあ彼らは凶器だよ。私の心臓を殺しにかかっているもの。
「自分以外の異性と親しくしとったらモヤモヤしたりする感じ、とか?」
跡部と幸村が誰かと親しく……。最近だと椿川の可愛いマネージャーさんと話をしている跡部を見たけど、あれは親し気とは言い難いし。幸村に至っては、会うのは部活の時や入院の時くらいだったし、女性と話しているところをまだ見たことない。看護師さんはまた別だし。私が彼らを見るときは、寧ろ、彼らの周りほぼほぼ男しかいなくない?あ、たけやうめは、まあ別枠でいいか。
「だめだ。わからない」
「ワイもー」
「金ちゃんにはまだ早かねー」
「憐やな謙也」
「銀さんにそのまま般若心経唱えてもらい」
私と遠山くんが分からないと告げると謙也は白くなっていた。「侑士と話したときはこんなんやと確認しあったんやけどな」なんて零している。
「にしても、まつがそないな質問するの珍しいな」
「まさか、誰か気になる人でもできたん?」
「小春やないよな?!許さんど!!」
「一氏ちょっと黙っとれや!」
財前が零した言葉に、小春ちゃんが反応し私に詰め寄る。一氏に対する声音の違いにちょっと笑ってしまう。
気になる人と言われ、またあの二人の顔が出てくる。一人を思い出すと、もう一人も連鎖的に思い出してしまう。
そして、その二人から言われたあの時のあの様子がまたも頭に浮かぶ。
折角、気が紛れていたのに!だめだ。私はどうしてしまったんだ。
「まつ、跡部君と何かあったん?」
「あああ。白石!今その名前禁止!」
「え。せ、せやったら今回の全国で越前君と戦った幸村君やない方の部長の」
「ああああ。その名前もダメ!!」
「?越前君?」
「あ。越前くんは大丈夫」
「てことは、ゆきむ……」
「ダメだってば!」
二人の名前を聞くだけで、こんなに心臓が跳ねる。やめてほしい。思い出すな思い出すな。そう頭を抱え呟く私の耳に、微かな白石の笑い声が届いた。
「成程。二人からやっと、想いを告げられたんやな」
「……やっと?」
「わかりやすかったと思うんやけどな。まあ、片方はうまく隠しとった方やもしれんけど、あの彼があんな眼差しを向けるんは初めてやったからな」
そう困ったように笑う白石。そう言えば、跡部もそれなりに伝えていたと言っていた。そうだったのか。今まで自分は全国大会のことや自分のことでいっぱいいっぱいで、周りをみていなかったのかもしれない。
思い返せば、目で追う前に彼らは私の隣にいたり声をかけてくれていた。一緒にいて、胸が温かいというのはまだ分からないけれど、嫌ではなかったし、寧ろ安心することも多かった。彼らが誰か違う異性と親し気……。それはやっぱり、まだ分からない。
けれど、
「まつ」
考えていると、白石に名前を呼ばれる。どうしたのかと見ると、私に諭すように語り掛けてきた。
「まつは、誰の隣にいたいん?」
白石は、きっと分かっている。臆病な私を、勇気を出せないでいる私の背中を押してくれている。彼は、いつだって私を支えてくれる。そして気付かせてくれる。行っておいでと目が語っている。春の陽だまりのような優しいその瞳に、目頭があつくなる。
「……ありがとう。白石」
「幸せに、なるんやで」
うん。そう返事をし、私は再び白石に、四天宝寺の皆にお礼を言う。
「皆、またね」
四天宝寺の皆の笑顔。私は彼らに背を向け、歩き出す。はじめは少しばかりの早歩きだったのが、少しずつ早足になり、気が付けば走っていた。
私が隣にいたい人。それは……。
四天宝寺の面々は、去り行くまつの背中を見守っていた。
「まつの姉ちゃん行ってしもうた。相変わらずごっつ足速いなー!」
「うむ。あの走りっぷりは、無碍の光明」
「あ。謙也。そういえば今回まつと勝負しとらんやんけ」
「……失恋で傷心っちゅー話や」
「元気だしなさいな謙也さん。アタシたちがおるで」
「こら小春!また浮気か!まあ、謙也が少女隊に入るんは一応やけど歓迎したる」
「遠慮しとくわ」
「にしても、あんなまつははじめて見たわ」
「あぎゃん普段と違う感じはむぞらしかね」
「せやな」
「白石部長。アンタはええんですか?」
「……ああ。まつが幸せな姿でおる。それだけで、俺は満足なんや」
「俺、自己犠牲は嫌いッスよ」
「安心し。これは自己犠牲やない。俺がしたいんからする。まつが幸せなら、俺も満たされるんや。無償の愛っちゅー話や」
そう親指を立てながら財前に白石は笑いかける。そんな白石に財前はため息を溢し、二人並んで遠くにあるまつの背中を眩しく見つめる。夕日に照らされている愛しい者の姿に、白石は再び「幸せに」と心でつぶやいた。
空は紫苑色に染まり始めている。