第十章
Name Change
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日が傾きかけ、全国大会での栄誉を讃える式がアリーナコロシアムで行われている中、その会場のすぐ近くに二つの人影があった。
3日前と同じように跡部とまつは海沿いの道を並んで歩いている。
「全国大会も終わるねー。あっという間って感じ」
「そうだな」
「来年、日吉や樺地や鳳たちがあそこに立ってる姿想像しちゃった」
「そうだな」
「跡部さ。私の話、あんまり聞いてないでしょ」
「そうだな」
歩きながらも無言な跡部に気を利かせて言葉をかけたものの、どこか上の空なことに疑問を投げかけ、それを肯定されたまつは「この野郎」と跡部を小突く。跡部は少し驚いた様子で「悪い」とこぼす。
それからも跡部は何かを考えているようで、また無言になる。まつはそんな跡部の様子に疑問を持ちつつ、「そう言えば……」と言葉を紡いだ。
「全国も終わったし、マネージャーもこれにておしまいだね。お疲れ様」
頑張ったぞ私なんて零すまつに、跡部が立ち止まる。まつも跡部が立ち止まったことに気が付き、歩みを止め何事かと跡部の方を見る。
「まつは、高校はどうする気だ?」
「高校?多分、何もなければ氷帝だと思うけど」
エスカレーター式だし。とついでのように付け加える。
「部活は決めているのか?」
「うーん。そうだね。天文部は廃部危機じゃなくなれば別にいなくてもよさそうだし。高等部から陸上部とかもありかなぁなんて思ってもいるけど……」
特に決めていないと返事をするまつにどこか安心したような表情をする跡部。
「そうか。なら、問題ないな」
一人で納得したような顔をし、不敵に笑う跡部。そんな様子にますます疑問をもつまつ。何が問題ないのか、それを尋ねようとしたと同時に跡部が口を開く。
「高校でも、引き続きテニス部のマネージャーになれ」
「……え?」
「お前のような優秀なやつが一年目からマネージャーをしていれば、氷帝の全国は安泰だ。それに、ほとんどが持ち上がりだ。メンバーも変わらない上に、慣れているだろう」
それは確かにそうだけど、と納得はできる様子を示すまつ。けれど、期間限定という話で終了モードであったまつにとって、思ってもいない跡部の誘いに驚きを隠せないでいた。誘いというより、命令に近いものではあるが。
「このままで終わるお前じゃないだろ」
「まあ、確かに。そうかもしれないけれど」
どこかまだ釈然としない様子のまつに、跡部が呆れるようにため息を溢し、視線を海の方に向ける。まつはその視線を追うように同じように海を眺める。
「何より、お前がいれば俺様にとっても都合がいい」
「どういうこと?」
静かに告げる跡部。まつが首を傾げ疑問を溢すと、跡部はゆっくりとまつの方を見た。二人の視線が交わる。
西日が二人の顔を橙色に染めている。
「お前が、好きだからだ」
真っ直ぐにまつを見つめ、跡部が、力強く、だがどこか優しさも交えた声音で言葉を紡ぐ。まつは驚きのあまり、言葉を出せず固まっている。どういう意味か、それを考えている様子だ。
「……本当は、この前の時に伝えようかと思っていた。だが、お前は決勝のことでいっぱいいっぱいな様子だったからな。だから、今日、全国大会が終わるこの時に伝えよう。そう決めていた」
そう言いながら、跡部はまつに近づき、その頬に片手を添える。何事かと、跡部の行動にまたも驚くまつ。射貫くような真剣な眼差しで跡部に見つめられる。添えられた手は、熱を帯びていた。そんな固まるまつに、跡部は力を抜くように微かな笑みを浮かべる。
「好きだ。まつ」
跡部から告げられた想いに、まつはなんで、と小さく言葉を落とした。
「……や、やだなー跡部。そんな冗だ……」
「冗談の訳ねえだろ」
「え。ええ?!だって、そんな。え?!」
まつは、添えられた手を掴んで離し、困ったように笑いながら言うも跡部に食い気味で否定される。まつは唖然として跡部を見る。
太陽の光のせいか、二人の顔は微かに赤い。
「で、どうなんだ。マネージャーはやるのか?俺の隣にいるのか?」
「ちょ、ちょっと急なことで、びっくりしたというか。その。そんなこと全く知らなかったし」
「……自覚してからは、それなりに伝えていたつもりだがな」
「は?!い、いつから?!」
まつの慌てる様子に、面白いものをみるように笑う跡部。しかし、今までのアプローチが全く通じていないことを再認識し、どこまでも恋愛音痴なまつにため息を溢す。まるで以前の自分を見ているようだ、そう跡部は思った。
「焦る必要はない」
そう言い、跡部はまつの頭に手を置き微笑む。
「だが、忘れるな。お前は、この俺様が隣にいて欲しいと思った唯一のやつだ」
「いい返事を期待している」と告げ去っていく跡部の背中を、まつは立ち尽くし黙って見つめていた。