第十章
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越前の勝利のアナウンスが入り、青学のベンチが沸き立つ。戸惑いながらも胴上げされる越前。それを眺める手塚。青学の皆に笑顔が浮かんでいる。
越前と握手を交わす幸村。幸村の目に、涙はなかった。微かに悔しさを滲ませながら、何か納得したような、そんな表情をしている。
立海も幸村の元に行き、真田が黙って幸村にタオルを渡していた。全員が幸村に労いの言葉を手向けていた。切原に至っては号泣している。
まつはそんな立海の様子を眺めていた。跡部がまつの隣に立つ。
表彰式の予定を告げるアナウンスが入り、皆が一旦コートからはけていく。黙って隣に立っていた跡部が「行くぞ」とまつに声をかけ、まつは頷いた。氷帝も観客席を後にした。
会場内は先ほどの歴史を変えた試合を賞賛する会話で持ち切りだ。閉会式も兼ねているため、参加していた選手たちは表彰式の開始を待っていた。
たけは不二の元に赴き、不二や青学の選手たちと喜びを分かち合っていた。うめは忍足と手を繋ぎ、氷帝の選手たちと共にいる。
そんな二人の幸せそうな様子を眺めながら、まつは会場を見渡した。
「まつ先輩!」
元気な声で自分を呼ぶ声が聞こえた。その声はいつもより少し鼻声だった。まつがそちらを向くと、立海の選手たちがいた。声の主であった切原が仁王に「流石です」と声をかけている。
どこか戸惑うまつに、近くにいた跡部が「行ってやれ」と声をかける。まつはお礼を言い、立海の元に向かった。
立海の選手たちは、穏やかな表情をしている。彼らの姿にまつの視界は滲む。
「……みんな、お疲れ様」
「まつ。ありがとう」
何と言葉をかけたらいいのか向かいながら考えていたが、彼らを前にして出たのはねぎらいの言葉だけだった。幸村の柔らかな笑みを向けられ、様々な感情が去来し、まつの目から止めどなく涙があふれた。
「って、まつ?!大丈夫かよい?!」
「お、落ち着けまつ」
涙を流すまつの様子に焦る立海。大丈夫と返事をするも、涙は溢れる一方だ。悲しいのか悔しいのか嬉しいのか、まつの感情は自分でもよく分からなった。そんな自分の纏まらない感情を溢しながら涙をぬぐう。
「そんな、まつ先輩が泣いてたら、俺もまた泣きそうですよぉ。……ああ、もう無理ッス!まつ先輩!!」
「切原ー!」
切原が再び号泣し、まつに抱き着く。まつもそんな切原に触発されて更に涙があふれる。
「もうこうなったら、皆の分も泣いてやるー」
「そうですね!」
そんなことを笑いながら言う二人に、立海の選手たちも呆れるような安心したような笑みをこぼす。
「いつまでくっついてるんだい、赤也」
幸村が微笑みながら切原を剥がす。顔は穏やかだが背後には恐ろしいものが見える。切原が「げっ」と声を上げる。まったくけしからんと真田に小言を言われたりしている光景は、いつもの立海だった。
会話を交わし、表彰式のアナウンスが入る。上位4校が読み上げられ、集合するように伝えられていた。
「……真田。表彰式、お前が受け取ってくれないか」
「なぜだ幸村」
「お前無しでは、きっと今の俺たちはなかった。ありがとう。お礼を込めて、真田が受け取ってほしいんだ」
「……承知した」
「先に行っててくれ。俺も後から行く」
立海の皆が頷き、やりとりをする幸村の表情は付き物でも落ちたかのように、スッキリしていた。
「いってらっしゃい」
会場に向かおうとする立海の選手にまつが告げると、それぞれ返事をする。個性の強い立海。テニスという絆で結ばれ、固く結束している彼らの背中のエンブレムは、今のまつには、ただただ眩しく映った。
「まつ」
「幸村?」
他のメンバーを先に向かわせた一人残った幸村が、まつの名を呼ぶ。
そして、静かにお礼を告げてきた。
「まつは言っていたよね。テニスを楽しむって。あの時は、何を言っているんだろうと思っていた。楽しむなんて感情、ずっと不要だと思っていた」
まつをまっすぐに見つめながら幸村が言葉を紡ぐ。まつは黙ってそれを聞いていた。
「あのボウヤと、越前と戦って分かったよ。試合の後、真田からも聞いた。分かったといより、気が付いたと言った方がいいかな。公式戦で負け知らずだった俺は、勝つためのテニスしかできなくなっていた。常勝立海。負けないこと、それを自分に言い聞かせて、自分で自分の首を絞めていた」
だから、気付かせてくれてありがとう。そう告げた幸村には笑顔が浮かんでいた。まつはまた視界が滲みそうになる。
「テニスを楽しむ。いつか俺もできるかな」
そう言い、「じゃあ行ってくるね」とまつに背中を向ける幸村。まつは思わず、幸村の片腕を両手で掴む。突然のことに幸村も背を向けたまま驚いている。
「まつ?」
「できるよ。幸村。だって……だって!幸村はテニス大好きでしょう?全てをかなぐり捨ててでも、テニスをやりたかった。そんな幸村なら……」
思わず鼻声のようになるまつ。幸村は背を向けたままだ。お互いの表情は見えない。
「まつ。離してくれるかい?」
そう告げられ、まつは烏滸がましいことをいったかと思い、恐る恐る手を離す。謝罪を口にしようとしたその刹那……
「君は、本当に……!本当は、表彰式の後に伝えようと思っていた。いや、心にしまっておこうかとさえ思っていた。けど、ダメだ」
幸村が振り向きまつを強く抱き寄せ、絞り出すように言葉を告げた。先ほどと変わり、今度はまつが突然のことに驚く。
固まるまつをそっと離し、お互いが至近距離で向き合う。幸村は真っ直ぐにまつの目を見つめる。試合前のような真剣な眼差しに、まつは何事かと思わずたじろぐ。
そんなまつの手を掴み、どこまでも優しい笑みを浮かべる幸村。
「好きだよ、まつ」
ゆっくりと告げる幸村。その真剣な眼差しに、まつは目を見開く。そんなまつに微笑む幸村。繋いでいる手は熱い。
表彰式をまもなく開始するとアナウンスが入る。
「今すぐにとは言わない。いつか、まつの心が決まったら、俺の元に来て欲しい」
唖然としているまつに微笑み、「俺は本気だからね」と告げ幸村は去っていく。その背中をまつはただただ見つめていた。
再び観客席に向かう。先ほどまで激戦が繰り広げられていたテニスコートに、全国上位4校が並んでいる。
「あれ、まつ。なんかそんなぼんやりしてどうした?」
「確かに氷帝があそこにいないのはつらいよな。無理して見てなくてもいいぜ」
「まつさん。すみませんでした」
「日吉が萎えキノコになってる」
「たけさんはそろそろ潰されたいみたいですね」
「日吉くんが切原くんみたいなこと言ってる」
氷帝のやりとりに思わず口元が緩むまつ。
「ううん。あそこに氷帝がいないのは確かに悔しい。けど、今はそれじゃないかな」
まつの視線の先には立海がいた。あえて幸村を避けるように、立海の先頭に立つ真田を見つめるまつ。
「まさか、まつって真田推し?」
「は?」
何やらいらぬ勘違いをしている友人をまつは小突いた。
「恋はええもんやでまつ」
「変態眼鏡はうめに引っ付きながら言うんじゃねえ」
「そういうたけやってそう思っとるやろ?」
「うるせー!」
そんな自分たちの横で「恋……」と呟き考えるまつに、いつもの反応と違い訳ありな様子にたけとうめは首を傾げた。
青学がトロフィーを受け取り、優勝旗をはためかせた。
多くの物語を刻んだ全国大会が、ここに幕を閉じようとしていた。
青学の優勝旗授与が終わり、まつは跡部に声をかけられた。
「おい、まつ」
「なに跡部?」
「時間、あるか」
「また?」