第十章
Name Change
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ついに全国大会決勝。
テニス部のマネージャーとなり、テニス部と深く関わるようになって4カ月程経ったということだ。たったの4カ月。もう4カ月。思い返すことが多すぎて、短いのか長いのか何とも言い難くなる。だた、この4カ月で私の日常は大きく変わった。大切な思い出の詰まった期間だというのは断言できる。
「なんか僕以上に緊張してるね、たけ」
「そりゃ決勝だし。周助、試合出るし」
「ありがとう」
隣で私にほほ笑む周助。周助と出会ったのも、思えばつい最近。思いが通じ合い、付き合い始めたのもつい最近。あの日のことは昨日のことに思い起こされる。彼の顔を見て、胸が高鳴るのはあの頃から変わらない。月日が経てば想いは落ち着いてくると思っていたのに、想いは募るばかりだ。
隣に彼がいるだけで心はこんなにも穏やかだ。
準決勝で白石相手に惜敗に終わった周助。決勝は、関東大会と同じくシングルス2で出場予定だ。
青学の元に向かおうとする周助に、声援を送る。そのまま向かうと思った彼は、何かを思ったのかこちらに戻ってきた。
「忘れ物?」
「うん」
そう声がかかると同時に温かいものに包まれる。
「いってくるね」
耳元で囁かれ、顔に熱が集まる。周助に抱きしめられている。突然のことに、心臓がうるさく鳴り響く。「お、おう」なんて可愛げもない返事しかできなかった。
周助の笑い声が聞こえ、熱が離れていく。それに少し寂しさを感じる。改めて挨拶し背中を向ける周助。待って。
私は、後ろから周助にすがるように腕を回した。少しびっくりしたような声で名前を呼ばれる。
周助みたいにスマートにはできないけれど。私だって彼を思っている。それを伝えたかった。
「いってらっしゃい!」
青春学園と立海大付属の決勝がまもなく開始されるアナウンスが会場に鳴り響いた。
観客席の方に行き氷帝の皆と合流する。うめの隣には忍足が普通に立っている。私の後にやって来たまつに、跡部が隣に来いと言っている。まつは笑顔で断っていたが、樺地に無理くり連れられ、大人しく跡部の隣にいる。跡部、最近ちゃっかりまつの隣キープしすぎじゃね?
そんなことを思いながら、青学と立海が並ぶコートを見る。立海の気迫は凄まじかった。部長の幸村、公式の場で試合をするところはまだ見たことがない。
「公式戦でも肩ジャージかよ」
「なんかマントみたいだね。あれ、よく落ちないよね」
「幸村の魔力でくっ付いているんだよ」
「魔力??」
「まつ。そんなこと言ってっと幸村に呪われっぞ」
「呪うって……。宍戸は幸村の何か知ってんのか?」
「宍戸さんだけじゃありません。今の中学テニス界で、幸村さんの恐ろしさを知らない人はいませんよ」
「負けたところ、見たことあらへんからな」
「幸村と試合をした相手は、全て五感を奪われたかのごとくイップス状態になってしまうともいわれているだよ」
「はああ?!やばっ」
滝がとんでもない発言をしやがった。恐ろしすぎるだろ。そんな訳ないだろなんて言いたかったが、滝の表情から冗談でもなさそうだ。幸村、まじで何者だよ。けど、まあ確かに切原のものすごい勢いのあったボールを平然と片手で掴んだこともあったしな。
ついてる綽名が神の子ってのもやべえな。というより立海もう全員やべえな。
けど青学だって……。そう思い、青学の方を見ると、ひとり足りないことに気が付く。同じくまつも気が付いたのか私に声をかけてくる。
「越前くん、どこかに行ってるの?」
「いや。特に聞いてねえけど」
「なんか青学の皆も戸惑ってそうだよ」
そう言ううめの言う通り、青学の皆も越前がいないと話している。
跡部が青学のベンチの近くに行った。そして、何か知ったのか、どこかに連絡を入れながらこちらに戻ってきた。
なんでも越前は軽井沢にいるらしい。なんでだよ。今から軽井沢になんて、どうあがいても間に合わない。越前抜きで決勝を挑むつもりなのか。皆がどうするのかと思っていると、忍足が跡部に声をかける。
「まさか今の電話って」
「ああ。ヘリコプターを手配した。今から生意気なルーキーを拾いに軽井沢に行ってくる。お前も来い」
やべえのは立海と青学だけじゃなかった。何ならやべえ奴トップクラスがここにいたわ。
忍足をナビゲーター役に指名した跡部は、まつを見つめる。まつも跡部を見つめている。何してんだ。それからまつは無言で頷き、跡部も返すように微かに頷いた。
「行くぞ」
そう言い、跡部と忍足とまつが外に向かう。え?何今のやりとり?言葉なし?誰か通訳してくれ。
「たけ、うめ。よろしくね」
「うん。まつも越前くんのこと頼んだよ」
「お、おう。行ってら」
まつが私たちに声をかけ出ていく。私は動揺したままだったが、うめは何かわかっているのか至極冷静だった。
「うめ。あの二人……」
「まつも跡部くんも、自分に勝った相手が不戦で負けるなんて許せないんだよ」
それにあの時の借りもあるし、と困ったように笑ううめ。その目は去っていく3人の背中を優しく見つめていた。
跡部の隣に立つまつ。あの二人の背中を見ると、お似合いかもしれないなんて感想をつい持ってしまう。まつに殴られそうだけど。
「たけは不二くん。私は侑士くん。まつにもそういう人ができたらいいね」
「だな」
困っているような私に、うめが笑いかける。きっと、うめも同じことを思っている。
激ニブで、全国大会が行われている今はテニス部のことしか考えていないようなまつ。恋愛のれの字も経験していなさそうだし、興味もなさそうだ。苦労を重ねてきた彼女が、いつか肩の力を抜いて、甘えられるような新たな存在が現れてくれたらと願ってやまない。
越前不在のまま、シングルス3が始まった。真田と手塚。とんでもないカードだ。予想通り、すさまじい試合だった。
手塚の青学にかける思い、真田の立海にかける思い。両者の思い激しくぶつかり合う。勝利のため、自身のテニスである真っ向勝負を捨て立ち向かう真田。それに対するブーイングに少し腹が立った。真田だって悔しそうな表情をしている。
コードボールとなり、真田側に落ちると踏んだボールは真田の気迫を受ける。そして、手塚側に、落ちた。
立海の勝利が告げられる中、まつたちが戻ってきた。流石ヘリコプター、速いな。手塚が負けただとと跡部がこぼしている。皆が「おかえり」と3人に声をかける。だが、3人とも何かあったのか、深刻な面持ちで青学側のベンチを見ている。
何かあったのか聞こうとしたら、青学から驚きの声が上がっていた。その言葉を補充するようにまつが私たちに説明をする。
越前は記憶喪失になっていた。
「まじか」
「記憶喪失って……」
「まつと同じく、水の中に落ちたらしい」
まつに続いて、越前まで。記憶喪失ってそう簡単になるものなのか。病院では頭に異常はなかったことから、きっとまつの時と同じ感じなのだろう。
同じく記憶を一度失ったものとして、まつはとりあえず今までの思い出を、刺激を、与えることが思い出す近道だろうと考えているらしい。人の記憶は木のように、枝を揺すれば全体が揺れるように、連鎖して思い出していくだろうと。
今は試合を見て思い出すことを期待しているが。越前はシングルス1だ。もし試合がもつれ込んだら……。このダブルスを落としたら、青学の優勝に越前の勝利は必須となる。
私は嫌に汗ばむ手を握りしめ、試合を見守った。
切原に眼鏡を割られ、忍足が眼鏡を差し出していたが伊達だろお前の。それから海堂が同じ姿勢から曲玉と直球を繰り出すことで圧倒したが、切原がボールにぶつかり倒れこんだ。その切原に、仁王が何か言葉を告げる。切原の雰囲気が変わり、容貌が変わった。
「な、なんなのあれ?!」
「怖すぎだろ」
真っ赤に染まる切原。まつはその姿をすでに見たことでもあるのか、無言ではあったが顔をしかめている。
それからの試合は残虐という言葉がぴったりだった。血みどろになる乾。海堂までも切原のようになりかけたとき、乾が手を掴み正気に戻した。
これから反撃だといったところで、乾は倒れ、青学の棄権試合となった。
シングルス3に続いてダブルス2も敗れた青学。残りの試合を勝つしかない。立海側の選手たちは関東大会で敗れた人たちだったが、ゲームの勝敗の流れは関東大会と同じだ。青学の勝利のためには、越前の試合は必要不可欠となった。
シングルス2。周助の相手は、仁王だ。得体の知れないコート上の
コートに入り挨拶を交わした二人は、ほぼ同時にこちらをみた。周助は私を見ている。仁王は、まつを見ていた。
私と同じ反応をしたまつと目が合い、何だか可笑しくてお互いに少し笑った。
二人に軽く挨拶を返し、試合がついに始まった。
仁王、やはり彼もあのとんでもない連中の集まりである立海の一人だ。どういうことか仁王に手塚や白石が重なって見えた。昨日、周助に全国大会終わったら誰とテニスの試合をしたいかと聞いた時、彼はその二人の名前を挙げていた。白石との試合を共に振り返っているときだった。まさか、全国大会中に、決勝にそれが行われるなどあの時はお互いに思いもしなかったが。
白石との試合。あの試合を糧に、周助は新たに編み出した技がある。まだ、あくまでも思考での話だが。ここはすり鉢状の会場。コードボールがくれば、いけるはずだ。
序盤から準決勝で編み出した技を、
周助は宣言通り第6の返し球を繰り出し、白石へのリベンジを飾った。
7-5で、青学が立海から勝利をもぎ取った。
私は有言実行の彼の姿に、思わず笑みがこぼれる。やっぱりすごいね。かっこいいや。
周助の勝利に、うめたちもおめでとうと口にする。まつは祝福の言葉を述べた後、仁王を見ていた。仁王は殴られるのかな、と思ったがどうやら遠くに逃げたらしい。その様子に苦笑するまつ。
「真田はもう鉄拳しないのにね」
「そうなの?」
何でも、幸村の戻るまでの間の鉄拳制裁だったようだ。最後の鉄拳は自分自身に、なんとも真田らしい。
いよいよ決勝は、ダブルス1とシングルス1を残すのみとなった。
周助がもぎ取った1勝。優勝への希望は消えていない。青学のため、私に何かできることはないだろうか。
桃城が越前をどこかに連れ出していくのが視界に入った。ラケットを持ってどこに行く気だ?まさか……
「たけ。行く?」
「……越前のところにか?」
「きっと、桃城はテニスをすることで思い出させようとしているんだと思う。身体の記憶を通じて、思い出させようと」
「身体の記憶?」
「うん。私も、それで思い出したから。きっと、越前くんも」
「……行こう」
まつの言っている意味が分かった。私は越前と試合をしたことがある。その時と同じく、また越前と試合をすれば、越前はそれをきっかけに思い出すかもしれない。
なら、不動峰や六角や聖ルドルフだって越前は戦ったことがある……。それに氷帝も。
「日吉。ラケット、持ってきてるか?」
「当然でしょう。たけさんにもお貸しします」
「ありがとな。うめは、」
「私は侑士くんと、この決勝戦をここで見守っているよ」
「助かる」
それから、私たちは携帯を取り出し、越前と試合をしたことがある人物を手あたり次第、分かる範囲で呼びだした。青学一年の堀尾たちも協力してくれている。それから、あの子のことも思い出し、連絡を入れた。
「跡部」
「わかっている」
まつと跡部が話している。跡部もラケットを持っていた。二人とも、立海のベンチを見つめている。それから、跡部に先に行っていろと言われ私たちは越前の元に向かった。
波乱に満ちた決勝戦。勝つのは、青学か。立海か。まだわからない。