第十章
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まつは氷帝を後にし、全国大会の会場付近に戻ってきていた。跡部と共に歩いた時は夕暮れ時で赤と青がまじりあっていた空も、今は墨汁を溢したかのように黒く染まっている。その中に散らばる星々を、先ほど氷帝の屋上で眺めていた。
天体観測に使おうとしていた望遠鏡にトラブルがあり、急遽呼び出しがかかったまつ。天文部の部長は謝ってきたが、もともと顔を出すつもりだったため気にしていないと伝えたらまつは拝まれた。しばらく一緒に天体観測をし、同時に今夜がピークの流星群を待った。一つ見たら行くと伝えたら、存外すぐに流れたので、予想より早く戻れそうだった。
全国大会の会場は今は静まり返っている。
波の音を聴きながら、まつは立ち止まり空を見る。あまりきれいではない都会の海も、夜になればさして気にならなかった。海に写る星が揺れている。
昼間にあのような激戦があったとは思えないくらい、穏やかな時間が流れていた。
「こんな夜にこんなところで何しちょるんじゃ」
静寂の中、突然まつに声がかかる。振り向くとそこには仁王がいた。制服姿でテニスバックを持っている。
「仁王先輩ー!急にそっちに行ってどうし……ってまつ先輩ー!!」
少し離れたところからまた声がした。それから仁王の隣に立つまつの存在に気が付き、飛びつくように走ってきたのは切原だった。切原の来た方には、立海のレギュラーたちがいる。先ほどの静寂が嘘のように賑やかになる。
「まつ。ここで何しているんだい?」
「貞治から氷帝は一緒に焼き肉をしていると聞いているが」
幸村や柳から聞かれ、まつは天文部の関係でいったん抜け、戻ろうとしているところだったことを告げる。
焼き肉を羨ましがる切原に、丸井がこの練習の後じゃあ吐くぜとこぼしていた。そんなやりとりに、この時間まで立海は練習をしていたのだと理解した。
「お疲れ様。ここでやっていたの?」
「ありがとう。ああ。決勝が3日後にのびたからね。折角だし、屋外コートを借りてそのまま練習をしていたんだよ」
「流石だね」
相変わらずな立海にまつは笑顔を溢す。もっと褒めてくれと言わんばかりに切原がまつに詰め寄る。
「それにしても、切原は会うときいつも元気だね」
「そりゃまつ先輩が大っ好きですから!」
「ふふ。ありがとう。私も切原が好きだよ」
「マジですか?!じゃ、じゃあこれからデー……」
「赤也。意味を取り違えている可能性100%だ」
まつに抱きつこうとした切原のテニスバックを掴み、柳が声をかける。それにどういう意味かと言った顔をする切原に、仁王がため息を溢し、「見ときんしゃい」と続ける。
「まつ。真田と付き合いんしゃい」
「えっ?!仁王先輩、何言って」
「真田と?いいけど」
「ええ?!まつ先輩!嘘ですよね?!」
「どこに行くの?」
「はああ?!」
仁王とまつのやりとりに、柳に掴まれながら横から全力でツッコミをいれる切原。「こいうことですよ」と柳生に言われ成程と大人しくなる。丸井やジャッカルも「だよな」と、納得したように苦笑している。
「む?俺はどこにも用事はないぞ?」
「真田は気にしなくていいよ」
立海の中で一人、真田だけは取り残されていた。そんな真田に幸村が横から応える。まつと真田だけが今までのやり取りに疑問を浮かべている。
「?どうしたの皆。今日は跡部といい、何かあったの?」
「跡部に何か言われたのかい?」
幸村の問いかけに、まつは跡部に今日聞かれたことを伝える。
その内容に切原が食い気味に声を上げる。
「で、気になる人、誰って答えたんです?」
「?遠山くんって答えたけど」
「はあああ?!遠山って誰」
「四天宝寺の1年、遠山金太郎だろう。合宿にもいただろう」
「なんで遠山」
「ふーん。遠山クン、ね」
「……幸村君が微笑んでる」
幸村の微笑みに立海の面々の背筋が一瞬凍る。なぜ遠山なのか聞かれ、まつは跡部の時と同じように返す。
「テニスを楽しむ?ふふ、おかしなことを言うね」
「幸村たちはそういうの無いの?」
「俺たちは常勝、その掟に従うのみ!」
「勝利のためなら何だってする。楽しむ感情なんて不要なものさ」
当然と言った雰囲気で立海は言う。まつはそんな彼らの様子に、今日の準決勝の様子が思い起こされた。勝利のため、残虐さも厭わない彼らの姿を。今までの、精神にも攻撃をしかける彼らの姿を。どこか心に痛みと寂しさを覚える。けれど、彼らの言うことも分かるのは確かだった。
まつはそんな彼らになんと言葉をかけたらいいか分からなかった。
すると、頭上に星が一つ流れた。
「おお!流れ星!」
「今日は流星群だったね」
「ほう。雅なことだ」
「次はあそこから流れる可能性78%」
「ピヨ」
「あ。ほんとに流れましたね」
「まじだ。柳、次どこだよい?!」
流星群を見ながら、願い事しなきゃとはしゃぐ丸井と切原。ジャッカルはなにやら一心不乱に願い事をしている。
そんな彼らにまつはほほ笑む。まつも流れ星に祈りをのせた。どうか、彼らがいつかテニスを楽しめるように……。
「さあ皆、明日も早い。帰ろうか」
しばらく一緒に流星群を眺めていたが、幸村が声をかける。まつも時計を見ると、戻ると伝えていた時刻に近くなっていた。
まつと立海は向かう方向は反対だった。
「無理して応援する必要はない。ただ、俺たちはどんな手を使っても勝ちに行くぜよ。それが王者立海じゃき」
去り際に仁王がまつの頭に手を置き言葉を伝える。今日、まつが恐怖を覚えたような目で立海の試合を見ていたことを知っているのは仁王だけだった。
まつは焼き肉屋に戻ったが、その駐車場に死体の如くや山積みになっているテニス部の面々に驚く。しかも自分が出たときにはいなかった比嘉や六角もいて更に驚いた。
やって来た顧問が請求金額に驚き、お説教を皆で受けた。
解散となる時、越前がまつに挨拶を交わす。今更ですけど、という前置きをして言葉を告げる。
「言い忘れてました。無事で良かったですまつさん」
「ありがとう。越前くんは本当に強いね。試合全部勝ってるけど、もしかして負けたことない?」
「そんなことないッス。毎日負けてる」
「え?!誰に?」
「……オヤジ」
「越前くんのお父さん、強いんだね。にしても毎日かあ。辛い?」
「悔しいッスけど、辛くはないです。楽しいから」
越前の言葉にまつが驚いたように反応する。それから「楽しい」という言葉を考えるように繰り返す。
「そっか。うん」
「どうしたんですか?」
「ありがとう越前くん。越前くんは、そのままでいてね」
「?」
「テニス、楽しみ続けて欲しい」
「当たり前ッス」
越前の言葉にまつはほほ笑む。何の話をしているんだとたけたちが来る。3日後の決勝で会おうと挨拶をし、それぞれが帰路につく。
星がまた一つ流れた。
今宵は、神話の中で神から祝福しか受けなかった稀有な英雄の星座の流星群。そんな祝福されし英雄は、一説で神話の中でも珍しい面を持っている。
全国大会決勝まで、あと3日。