第十章
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まつを連れ二人で全国大会会場の近くを歩く。
昼間には熱戦が繰り広げられていたこの会場も、今は静かだ。どこか遠くで練習をしている人たちがいるのかテニスボールを打ち返す音が聞こえる。海沿いの会場であるため、その音に交えて微かに波の音が響いていた。
先ほど、忍足や萩之介に発破をかけられた。いつまで想いを伝えないのかと。
「てっきり想いを伝えたんやと思っとったわ」
「態度で示している」
「景吾君。まつは鈍いから絶対に伝わってないよ」
「別に焦る必要はねえだろ」
「前も言ったけどまつに密かに思いを抱いてる人はそれなりに多いよ。そんな悠長なこと言っていると、いつか取られちゃうよ」
「善は急げや。俺は自覚してすぐ伝えたで」
そう言われ、行ってこいと送り出されたが、どう切り出せばいいのか分からない。前に忍足に、そういう時は抱きしめてキスやキスとか言われたが絶対に無理だ。下手したら海に落とされるだろう。それに、同意なしのキスは遠慮したい。全く参考にならない友人のアドバイスを思い出し、ため息を溢す。
「ちょっと勝手に連れ出してため息ってどういうこと?」
「ああ悪い。気にするな」
「いや気になるんですが。というよりどこ向かってるの?」
「黙って着いてこい」
「うわー。久しぶりに出たー俺様ー」
そうは言ったものの、目的地は特に決まっていなかった。
横で何か俺に言うまつ。記憶を失った時はどうなるかと思ったが、俺の予想通り今までの思い出を辿るうちにまつはすぐ記憶を取り戻した。あの時、白石が思い出す切っ掛けであったのは少しばかり面白くなかったが、まつが戻って来たと分かり嬉しかった。
準々決勝の後、準決勝前の白石に声をかけられ話をした。白石はまつが記憶を取り戻したとき、俺の名前を呟いていたと告げた。どういうことかと思った。それから、まつを頼むとも言われた。白石の視線の先には、立海に囲まれながら切原に飲み物を渡され困惑しているまつがいた。見つめる白石の横顔は、眩しいものをみるような、愛しいものを見るようなという言葉がぴったりだった。その眼差しに胸がざわめいた。
まつはモテると言った萩之介の言葉が思い出される。何を言っていると思っていたが、あの人を寄せ付けなさそうな比嘉の木手や山吹の亜久津とも親し気にしており、どこまでも人たらしな奴なのは事実だった。
氷帝の試合。準々決勝で敗退となったが、心はどこか穏やかだった。全てを出しきり負けた。
越前と共に倒れこんだ俺は、まつの声が聞こえた。立ち上がり、相手がまだ立っていなかったことは覚えている。けれど覚えているのは、そこまでだった。周囲が焦ったようにまつの名を呼んでいる声がし、目に飛び込んできたのはまつが自身の髪を切ろうとしている姿だった。何を馬鹿なことをしている、そう思った。俺は試合前の約束通り髪を切ろうとしたが、まつを悲しませると言って止められた。
試合後にまつを後ろから抱きしめながら、氷帝の声援を浴びていた。その瞬間はどこか幸せな気分だった。もう少しこのままと思っていたが、ジローの言葉でまつは離れていった。そこからまたいつもの口喧嘩だった。
「跡部ー?起きてる??」
隣を歩くまつが俺に声をかけてくる。そうだ、今は二人きりだった。俺が立ち止まるとまつも立ち止まった。
こちらを見るまつの顔は、夕日に照らされていた。
「どうしたの?大丈夫?」
「ああ」
「……」
「……」
無言の時間が続く。波の音が微かに響いている。
「あの、何もないなら……」
「まつ。お前は……」
同時に話しかけた。一瞬の無言がまた訪れたが、まつが俺に話すように促す。
「お前は、俺をどう思っている?」
「……は?」
我ながら狡い質問だとは思う。まつが予想外というような顔をしている。
「いい部長だなって思っている」
違う。そういう意味じゃない。俺様を見て何か思わないのか。これでも自覚してから、態度で示してきたつもりだ。
「お前は、その、気になっている奴とかはいないのか?」
「気になっている人?」
うーん、と首を傾げながら考えるまつ。嘘だろ。そんな考え込むほどなのか。萩之介が鈍いとか言っていたが、鈍すぎるだろう。あ!と声を上げるまつ。やっとか。
「遠山くんかな!」
「はあ?!」
遠山?!誰だ?!……あの、四天宝寺のルーキーか。なぜだ。接点そんなにあったか。俺は予想のはるか斜めを行く答えに固まる。氷の世界を自分でくらった気分だ。
「なんでそんな驚くの?だって、あんなにテニス楽しそうにやっている子なかなかいなくない?なんか、今までずっと勝ちに拘っていたけど、ああいうの何かいいよね。あ、もちろん勝ちは大事だけど。なんか肩の力が抜けたというか、」
見てて元気を貰えるというか、などど言葉を紡ぐまつ。だから、そういう意味で聞いたのではないのだが。相変わらずなまつに毒気を抜かれる。ダメだこいつは、全国大会が開催されている間は、きっとテニスのことしか考えていなさそうだ。まあ、それもそうか。俺はため息をまたこぼす。
「ちょっと何でまた、ため息こぼすの?」
「お前がどこまでもアホだからだ」
「はあ?!アホ部にアホ呼ばわりされるの心外」
「誰がアホ部だ」
また口喧嘩がはじまった。
そんな中、まつの携帯に連絡が入る。何事かと思い、まつが携帯を取り出すと電話がかかってきているようだ。俺は気にせず出るように促す。「白石?なんか後ろ凄く騒がしいけど、どうしたの?」と言っている。四天宝寺か。
「流しそうめん?どこでそんなことできるのよ。相変わらず変なことしているね。うん。……けど、今日はこれから氷帝と青学の皆と焼き肉が」
そうまつが返すや否や、電話越しから「焼き肉やってー?!」とあの遠山の大きな声が聞こえてくる。それから困惑したように場所を伝えているまつ。電話を切り、こちらを向く。
「なんか四天宝寺も来るって」
「そうか。賑やかなのに越したことはねえな」
「だね。とりあえず、私たちも行こうか」
そう言い二人で歩き出す。それはちょうど夕日が沈むころだった。青と赤が混じる空。
「なんか、立海と青学みたいだね」
空を見て、そうこぼすまつ。3日後の決勝戦を考えているのか。立海と言ったその横顔は何か思うところでもあるのか、少し寂し気だった。その面影に再び胸がざわめいた。
「ところで何でここに来たの?」
「……さあな」
訝し気に見るまつの額を小突く。何か口答えしてくるが軽くあしらい、口喧嘩が始まる。
今はこれでいい。きっと、俺の想いを告げたところで、今のこいつは混乱するだけだろう。
だが、全国大会が終わったら……。
まつへの想いは、今は大事にしておこう。
それから店に着き、先に行っていた皆と合流する。忍足や萩之介がどうだったと聞いてくるが、何もないと言うとブーイングを貰った。余計なお世話だ。
途中、榊監督から連絡が入り、まつにかわるように言われて携帯を渡した。どうやら、天文部の方で何かあったらしい。まつはちょっと氷帝に行ってくると言って店を出ていった。
そう言えば今日は流星群の日だ。天文部もそれを見るためにこの日に設定したのだろう。
比嘉や六角も顔を出し、急遽焼肉バトルが始まったが、まさかあんな結末になるとは思いもしなかった。