第九章
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激しい打ち合いの中、跡部が越前くんに無我の境地を出さないのかと挑発をしている。跡部は以前に氷帝の全国大会出場が決まったときに見せていたサーブを放つ。そして、1ゲーム目は跡部が先取した。
それに対抗するように、越前くんが無我の境地を見せ技を繰り出し、それをいなす跡部は、その程度素でできると反撃をしていた。
自分の限界を超えた者のみがたどりつけるという無我の境地。それが使える人物たちを思い浮かべる。その中に跡部はいない。不思議だった。無我の境地にたどり着けるか否か、それは生まれ持った才能によるものなのではないかとも思えてしまう。天才のみがたどり着けるものなのではないかと。
認めたくないが、関わって分かった。私と跡部は少し似ているところがある。才に関しては凡人だが、努力と根性でのし上がって今の自分がある。努力をする姿を周りに見せるのは得意ではない。故に、傍から見ると天才のように見える。ある意味で
俺様何様で嫌な御曹司だと思い苦手意識を持っていた。けれど、接していく内に彼のひた向きさ、愚直さ、部長としての責任感の強さを知った。あの態度も、とてつもない努力に裏付けられた自信からくるものだと分かった。理解はできないことが多いけれど。
そんなことを試合を眺めながら考える。テニスをしている彼の姿は正直に言って綺麗でかっこよかった。
「あいつフロントフットホップもできんのかよ」
そう呟くたけ。氷帝の皆も凄まじい戦いに固唾をのんで見守っている。跡部への声援が響く。
そんな中、跡部の雰囲気が変わった。
「ほうら、凍れ」
跡部が放ったボールに越前くんが全く反応できず跡部にポイントがはいる。
どうやら跡部には越前くんの死角が全て見えているらしい。この前、立海で完成させた技というのはこれだろうか。跡部の、洞察力の境地だった。
3-0で氷帝がリードし、チェンジコートとなる。青学側の越前くんは疲労が強いのかベンチで横になっている。跡部がベンチに戻って来る。タオルで汗を拭き、水分を取っている。
「跡部」
「まつ」
なんと声をかけたらいいか分からず名前だけで終わってしまう。お互いに名前を呼びあっただけだ。黙って見つめる私に、跡部は笑いかけタオルを投げる。それをとっさにキャッチした。
「心配するな」
行ってくるとまたコートに向かう。
それからも跡部のリードが続いたが、突然越前くんの元にボールが全て戻るようになっていた。あれは手塚の技。跡部が死角を狙ってもそれにより当たらない。
「無我の境地ってあの手塚の技もできるの?」
「いや。あれは」
今の越前くんは無我の境地の状態ではなかった。あれは模倣ではない。経験に裏付けられたものだと思うとたけが言う。彼も手塚と同じ。才能だけではない。努力を重ねている人物であった。
私は手に汗を握った。
それから越前くんの反撃が続き、跡部の技で越前くんが同点に追いついた。今まで見たことのない跡部の攻撃的なテニスに氷帝の皆も驚いている。榊が今までは素質のあるオールラウンダーであるが故、あえて相手に持久戦を持ち込み、勝利をして楽しんでいたと語る。だが、今の跡部は、氷帝のために勝利のみを見据えている。
「なんてやつなんだ」
「あんな跡部くん見たことないよ」
「氷帝のため、やな。いやそれだけやあらへんな」
そう言い忍足が私の方を見る。私が疑問を浮かべると、忍足が微笑みかけてきた。何なんでしょう。ごめんちょっと鳥肌立った。
忍足に何かと聞こうとしたら、会場の照明が落下してきた。突然のことに皆が驚く。しかし、当の試合をしている二人はそのまま続けている。越前くんにポイントが入った。
落下してきた照明は撤去され、試合は遂にタイブレークに突入した。
激しい打ち合いの中、どちらも引かない一進一退の攻防が続く。そんな極限状態の中でも、手首の動きから回転のかけ方を把握し手塚のあの技を破る跡部。あの手塚との試合のタイブレークを超えている。「信じらんねえ」とこぼすたけ。
体力の限界が来たのか。二人ともコートに倒れこむ。氷帝、青学それぞれが選手の名前を叫ぶ。
「立て跡部!」
「跡部くん!」
90秒以内に立ち上がった方が勝利となる。たけとうめが叫ぶ。氷帝の皆も叫んでいる。
「跡部!!」
私も先ほど受け取ったタオルを握りしめながら叫んだ。そして、静かに立ち上がったのは跡部だった。
会場に氷帝コールが響く。あと12秒以内に越前くんがサーブを打たなければ、氷帝の勝ちだ。
あと6秒。越前くんが目を開けた。
あと1秒。越前くんが「俺は青学の柱になる!」と強く宣言し、ツイストサーブを放つ。
まだこのラリーが続くのか、そう思った。しかし、跡部が動かなかった。立ったまま微動だにしない彼に、皆が何事かと思う。
「気を失って尚、君臨するのか」
そう手塚がこぼす。跡部は立ったまま気を失っていた。118-117と点数が読み上げられる。
あと20秒。このままでは氷帝が負ける。私は握りこぶしをつくった。
あと10秒。跡部と皆が叫んでいる。
あと6秒。さっきの越前くんはここで目を開けた。動かない跡部。起きて跡部。
あと1秒。皆の声がどこか遠くに聞こえた。
「ゲームセットウォンバイ越前リョーマ!7-6!」
勝利の女神は、青学に微笑んだ。
青学の歓声を聞きながら、私は前にある手すりを掴んだ。
負けた。氷帝が。
目頭があつい。けど、それは今はここで出してはいけない。そう思い、空を仰ぎ見る。空は相変わらず憎らしいほど晴れている。
そしてコートをみると、越前くんが気を失っているところ悪いけどと言ってバリカンを手に持っていた。
私はとっさにコートに飛び込み、跡部と越前くんの間に入り越前くんの手を掴む。滝も隣に来ていた。
「まつさん?!」
私は越前くんに笑いかけバリカンを奪う。反対の手で自分の髪を掴み、バリカンをそれに目掛け向ける。なぜそうしようとしたのか分からない。けど、勝手に体が動いた。越前くんと滝が驚いた顔をして私を止めようとした。ベンチから私を呼ぶ声がする。
髪に当たる寸前。私の手は後ろから強い力で掴まれ、止まった。手を動かそうにも力が強く、全く動かない。
私はその手の主の方をゆっくりと見る。
「跡部」
「へえ、起きたんだ」
私が跡部の名前を呼ぶと同時に、越前くんの少しばかり残念そうな声音が響いた。
「まつ。バカなことしようとしてんじゃねえ」
跡部は疲労をにじませながら私を後ろから抱きとめている。越前くんがため息を溢し、私の手からバリカンを奪う。どうするつもりかと思い見る。
「いいよ。意識ないままだったらやっちゃおうと思ったけど、戻ったし。それに、まつさんが悲しむ顔、もう見たくないから。命拾いしたね跡部さん」
そう言い、越前くんは青学のベンチに戻っていく。私はとっさに呼び止める。
「ありがとう。越前くん」
「ッス。必ず勝つって言ったでしょ」
「越前。この借りは必ず返すぜ」
私たちの声掛けに、越前くんは振り向かずに答える。跡部からの声掛けには静かに手を挙げていた。
会場で誰かが「氷帝」と口にした。ポツリポツリと声援が増え、ついには大歓声となった。氷帝コールが会場を包み込む。
全員がこの準々決勝の試合を讃えていた。
そのコールを浴びながら、跡部は私の肩に額を押し付けてくる。背中から伝わる温もりにどこか安心感を覚える。
「まつ。すまねえ」
「なんで謝るの。お疲れ様。ありがとう跡部。跡部が氷帝の部長で、よかった」
「俺もまつがマネージャーでよかった」
「ラブラブだCー!」
そんな私たちに芥川がベンチから声をかける。は?!と私たちは同時に声をあげた。確かに今のこの状態は近すぎる。跡部が微かに舌打ちした。おいこら。
「何引っ付いてんのよバカ」
「あーん?バカとは失礼な奴だな。アホ面なお前に言われたくないな」
「はいもう怒りましたー。やっぱり頭剃って、仏門に一回はいって精神修行しておいで」
またいつもの口喧嘩が始まった。
「まつ何やってるのよ」
「はいはいお二人さん、そこまでや。並ぶで」
そんな私たちをうめと忍足が呆れるように止めにきた。仕方ないから今日はこれくらいにしてやるわ。あっかんべーをしたら仕返しとばかりに跡部がお前なと言いながら頬を摘まんできた。全く痛くないぞ。
氷帝と青学が並び挨拶を交わし、試合が終わった。
「私たちに勝ったんだ。優勝しろよ」
「そうだね」
「頑張ってね手塚」
「五分五分だった。次に試合をしたら氷帝が勝つかもしれない」
「ありがとう。青学はそのまま進み続けてね。氷帝も必ず追いつくから」
「ああ」
たけと不二が言葉を交わす横で、私も手塚と話す。
青学は準決勝へと駒をすすめた。
会場には不動峰と四天宝寺の準々決勝を行うアナウンスが入っていた。