第九章
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ついに全国大会が始まった。
これからの4日間、それぞれの学校が鎬を削る。合宿に参加していた4校のうち、氷帝を除いた3校はシード校のため、一回戦があるのは氷帝のみだった。
昨日は大会前の練習最終日だった。記憶が戻り、普通に練習に顔を出した私に全員がフリーズしていた。そんな氷つかないでおくれとツッコミをいれ、その様子に跡部が笑っていたのは記憶に新しい。
練習終わりに氷帝生が、全力の氷帝コールで全国大会への激励を送っていた。跡部に対し
会場では、氷帝と椿川の戦いが行われようとしていた。私は白石から送られてきた氷帝への応援メールを見て、返事をする。
「あれ、まつ携帯変えた?」
「うん。変えたというより、お父さんから携帯を渡されたから跡部から借りていたのは返した感じかな」
「そうなんだね」
お父さんと私が呼んでいる様子にどこか安心した表情を見せるたけとうめ。
一昨日、抽選会場から跡部と白石と一緒に戻った私は父に記憶が戻ったことを告げた。私は記憶がない間のことも覚えていた。今まで向き合わなかったことを申し訳なく思い、父と話をした。
なんでも、あの母が亡くなった日、父も病院に来ていたらしい。母と面会し、最期までいようとしたが、地位を確立するために必要不可欠な用事が突然入ってしまった。それを無視しようとした父は、母に自分の為でなく娘の私のためにと言われ、その場を離れたらしい。そして、病室の外で私とすれ違った。あの日、病院でぶつかった人物は父だった。父は私に気が付き話しかけようとしたらしいが、母との約束を果たしてからにしようとその場を離れたらしい。私は新たな事実を知り衝撃を受けた。父はずっと母と私を思ってくれていた。
私が携帯を持っていることを知った父。勝手に押し付けたから気にしないようにと伝える跡部に、何度もお礼を言っていた。それからすぐ携帯を渡され、今までの連絡先を移したのちに跡部に携帯を返却した。どさくさに紛れて白石に連絡先を交換されていた。
父とはこれから新しく関係を築いていきたいと思う。すぐには無理だが、お父さんと変わらず呼んだ時には泣かれた。
その日は父と祖父が待つ家に帰る予定だったらしいが、私が無理を言ってしばらくは寮に住むことを渋々了承してもらった。今まで全く顔を出さなかったが、これからは少しずつそちらの家にも顔を出そうと思うと伝えたら執事と泣きながら万歳三唱をしていた。なんだこの父親たちとちょっと引いた。
昨日まで本当に色々あった。無事に全員で全国大会を迎えられたことを嬉しく思い、再びコートを眺める。そこには、氷帝と椿川の選手が並んでいた。北海道の椿川学園、確か情報収集が得意な学校だと聞いた。
観客席には少し様子を見に来たのか、立海と青学がいた。青学は私がいることに気が付き、無事で良かったと安心した表情をしている。他にも、次の対戦相手になるであろう熊本の獅子楽中らしき選手たちもいた。
たけが不二と何か言葉を交わしている。柳生と海堂が何か会話をしており珍しい組み合わせだと思った。そんな中、立海の幸村、真田、柳の3人が声をかけてきた。
「まつ。決勝で待ってる」
「もう決勝を見据えてて流石だね、幸村。皆もありがとう」
そう笑って返すと他の立海の皆もこちらに挨拶をし激励を送ってきて去っていった。
試合が始まり、氷帝の先鋒は樺地だった。今回の試合、跡部は補欠だ。氷帝は順調に勝利を収めていった。シングルス2で日吉が勝利し、氷帝の2回戦行きを決定した。団体戦の勝敗はついたが、2回戦まではダブルスもシングルスも1まで行われる。氷帝は1ゲームも落とすことなく全試合勝利をおさめた。
それぞれがコンディションチェックをし、問題なさそうな様子に安心した。
「お疲れ。やったな!」
「当然だろ!」
「皆体調もばっちりだね」
「うめが見とるのにかっこ悪いところは見せられへんからな」
たけとうめが皆に声をかける。
「補欠で出番なくて拗ねてる?」
「あーん?そんな訳ないだろ。2回戦のシングルス1は俺様だからな」
あっという間に1回戦が終了し時間もあった。練習するかどうするか話をしたが、午後このまま試合のため今は体を休めながら他校の様子を見に行くことにした。
どこかで救急車の音が聞こえた。何かあったのだろうか。
「ちょっと六角に何かあったみたいだ。私ちょっとそっち行ってくるな」
「うん。気を付けて」
不二から何か連絡を受けたのだろうか、たけが焦ったように言う。確かたけは六角の選手とも合宿などを通じて仲良しだったと記憶している。うめと共に見送る。
うめたちと一緒に、氷帝側のブロックの試合を見て回る。途中で別々でいろいろな試合を見ることになった。うめは忍足と兵庫と香川代表の試合を見に行った。
以前氷帝に勝利を収めた不動峰中も5-0で勝利を収めていた。試合が終わり移動しようとしている不動峰中に、お疲れ様と声をかける。たけは彼らとは親しくしていると聞いている。たけから昨年までのことを聞き、かつての四天宝寺と少しばかり似た様子に、親近感のようなものは抱いていた。しかし、やはり初対面に近いため氷帝と言うだけで警戒された、ほんとに跡部たち何したんだよ。
申し訳ないのでそのまま去ろうとしたが、杏ちゃんと言われた女の子がたけと特に仲良しで私のことを聞いていたのか不動峰の皆に話をし、少しばかり不動峰の皆と打ち解けた。
「石田くんって、銀さんと一緒で波動球何式までとかあるの?」
「いや。流石にあそこのレベルはまだ俺は……って、まつさんは兄を知っているのか?」
「少しだけ四天宝寺と交流があって」
「そうなのか。ん?まつ。まつって確か……。ああ!1年の時マネージャーをしていた四天の摩利支天というは貴女でしたか!」
「は?!何それ?!」
どうやらまたも意味の分からない異名が付いているらしい。なぜそんな異名が付いているのか聞こうとしたが、不動峰も移動しなければならないらしくお別れした。泣ける。
そんな思いを抱えながら歩いていたらどこかから下品な笑い声が聞こえた。ユニフォームを見ると六里ヶ丘中と書かれていた。無視して進もうとしたが、立海と言う単語が聞こえた。
「次の試合相手だぜ」
「この前、部長たちが情報収集していましたね」
「青学なんぞに負けたなんちゃって王者さんたちだよな」
「さっきの救急車、あの病弱部長が倒れたんじゃね」
「ハハ、この前悪化すりゃいいとか言ったらほんとになっちまったか」
そんな会話が聞こえてきた。酷い陰口だ。人の不幸を笑っている。それに、彼らが言っているのはあの立海のことだ。そして、幸村のこと。それに前になんて言ったって?
私は聞くに堪えず、未だに下品に立海を馬鹿にするような会話をしている彼らに近づく。
「なんだお嬢ちゃん、生意気な目してんな」
「実際にゴミを見ている気分ですので。先ほどの会話、不愉快です」
「あ?なんだと。それ氷帝のユニフォームじゃねえか。氷帝が立海に肩入れかよ」
「第一、氷帝って本来全国大会に参加できなかったはずだろ。お情けで出場してる実力もねえ負け犬が、でしゃばってんじゃねーよ」
その言葉に怒りがわいた。立海のみならず、青学や氷帝まで馬鹿にしている彼ら。
「ふざけないで!彼らを馬鹿にすることは許さない。こんな陰でしか言えないあなたたちの方が、よっぽど惨めだわ」
「なんだと、女だからって容赦しねえぞ」
彼の部長らしき人が顔を赤くして私に拳を振り上げてきた。殴られる、そう思った。けれどここで逃げるなんて絶対に嫌だ。身構えると声がした。
「やめるんだ」
その声はどこまでも冷たかった。聞くだけで威圧されるその声を発した人物をみる。そこには凄まじい雰囲気を放つ一団がいた。
「げ、立海大附属」
「部長、まずいですよ」
「逃げるぞ」
「部長!何してるんです、早く!」
そう六里ヶ丘中は言い、逃げるように去っていく。部長は立海の皆の、幸村の眼差しに足がすくんだのか動いていない。私はそんな部長を睨むように見る。
「俺たちに言うことがあるのかい?話ならきくけれど」
幸村の微笑みに冷や汗をかき、ああ、と声だか悲鳴だか分からないようなものをもらしている。やっぱり本人を前にしたら何も言えない奴だった。まあ、言ったら言ったで内容が許せないので足でも踏んでやろうかと思っていたが。
微笑んでいた幸村の瞳が鋭い眼差しに変わる。畏縮し一向に話そうとしていなかった口から微かに悲鳴が溢れるのが聞こえた。
「次の試合、楽しみにしているよ」
「失せろ」
「ひいい」
立海の部長と副部長に言われ、転がるように去っていった六里ヶ丘中の部長。その背中を切原が追いかけようとしたが、柳に止められていた。
去っていった背中を見ていた皆がこちらを向く。その雰囲気はいつもの彼らで、ほっと息をつく。今まで力が入っていた身体が弛緩する。殴られるかと思って正直怖かった。あとあの立海の雰囲気に私も寿命が縮むかと思った。それくらい恐ろしかった。
「大丈夫かまつ」
「うん。皆こそ」
「あんな奴らの言葉、気にする必要ないぜ」
「そうだよね。ごめん、ついカッとなっちゃって」
「いや、俺たちを思って言ってくれて、ありがとな」
「だが、一人であんなことをするのはあまり感心しない。気持ちは嬉しいが、もっと俺たちを頼れ」
「ありがと」
真田、丸井、ジャッカル、柳は心配するように口にする。仁王にも「ピヨ」なんて言われながら頭を撫でられた。相変わらず謎だ。
「あいつら、前に柳生先輩が海堂とボコした六里ヶ丘ッスよね。まつ先輩まで馬鹿にするなんて許せないですよ」
「ボコしていません。お灸をすえただけです」
「でたエセ紳士」
「まつさん?何か?」
「ほらそれ!」
「何にせよ、次の試合、楽しみだね皆」
そう幸村が言い、皆も微笑みながら頷く。その笑顔の後ろに般若が見える気がする。
「まつ、また会おう。蓮二も言ってたけど、あまり無茶はしちゃだめだよ」
「うん。ありがとう幸村」
そう優しく言う幸村。こんな穏やかな彼があんな雰囲気を纏えるなんて本当に不思議だ。幸村に感謝を口にされ、立海の皆と別れた。
それから午後の2回戦に向けて、氷帝全員が集合した。たけから六角が破れたことを聞いた。何でも、対戦相手であった比嘉が六角の監督にボールをぶつけ、監督が救急車で運ばれていたらしい。
「そのオジイっていう方は大丈夫そうなの?」
「ああ。六角から連絡もあってとりあえずは問題ないらしい」
「よかった。けど、ひどい話だね」
「あの髪様たちがまさかそんなことをするなんて」
髪様?と二人が首を傾げる。そのような行為をするとは思わなかったが、比嘉は命の恩人でもある。六里ヶ丘中といい、全国大会となるとやはり出場校も今までと雰囲気が変わる。ため息を溢しながら次に比嘉と闘う青学のことを少し思った。
「お前ら、いつまでつったてんだ。次は獅子楽中との試合だ。行くぞ」
跡部に言われ、3人とも返事をし向かう。
獅子楽中との試合は、向日が先鋒だった。はじめ2ゲームを落としたが6-2で勝利した。それからも氷帝は勝利を重ね、準々決勝進出が決まった。ダブルス1も終わり、次はシングルス1だ。氷帝の様子を他校が見つめる。私は先ほどの六里ヶ丘中に言われたことがやはりどこかに心に引っかかっており、シングルス1に向かう跡部を呼び止める。跡部は何だ?と立ち止まりこちらを振り向く。
「絶対、勝って」
「当たり前だろ。……何かあったみたいだな」
当然だというように答える跡部。私の様子に何かあったのか気が付いたのか、疑問でなくもはや確信で聞いてくる。私は先ほど他校が、氷帝を本来全国に行けない実力のない学校だと言っていたことを伝えた。馬鹿にされたことが悔しかったことも。
「ばーか。何の心配してんだ。そんな小物の言うことなんて放っておけ。俺を信じて堂々としていろ。1ポイントだって落としやしないさ」
お前らも次からは本気だしていきやがれ、と試合を終えたメンバーに告げ跡部はコートに向かう。
跡部は宣言通り、圧倒的な勝利を飾り準々決勝へ駒を進めた。獅子楽中に1試合も落とすことなく勝利した氷帝。その強さにもはや誰も、全国大会がお情けでの出場だと口にすることはなかった。