第九章
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跡部くんに連れられ、私は退院したその足のまま、神奈川の立海大附属中学校に向かっている。立海大附属中と言えば、一昨日に会った人たちの学校だと思い返してた。
電車に二人で揺られながら窓を流れる風景を眺める。その風景にどこか見覚えがあった。
「もうすぐ着く。体調は大丈夫か?」
「はい」
跡部くんは気遣うような眼差しを向ける。立海大附属中でなにがあるのか聞くと、全国大会のトーナメント抽選会が行われるとのことだった。私が行ってもいいものなのか聞いたが、マネージャーなので問題ないと返された。
氷帝テニス部のマネージャー。私はどうやら、たけさんとうめさんと一緒にやっていたらしい。昨日の夕方にお見舞いに来た氷帝のテニス部の人たち。私は持っていたノートの氷帝や立海大附属のページを眺める。
皆、親し気に話しかけてくれた。けれど、私が記憶がないことに寂し気な表情をしていた。思い出したい。
電車を降り、立海大附属中に向かう。跡部くんが隣に立ち、道を歩く。
「……この道、前に一緒に歩いたことある?」
「ああ。あの時は夕暮れだったがな」
私が疑問を口にすると、跡部くんが少しだけ嬉しそうな表情をする。今回、跡部くんが連れて来てくれたのは、私が思い出すきっかけが少しでもあればと考えてくれたからだろうか。
立海大附属中に着いた。その学校の広さに驚く。行くぞと言われ、手を引かれる。
「跡部くん。私ちょっと見て回っててもいい?」
「あーん?」
先ほどの電車を流れる景色から今まで、どれも見覚えがあった。何か思い出せるかもしれないと私は思い跡部くんにお願いした。跡部くんは何か考え込むような表情をしたが、いいだろうと言ってくれた。
「あまり遠くに行くなよ。すぐ終わるはずだ」
「うん。ありがとう」
私は跡部くんと大体の集合場所と時間を確認し、別れた。
昇降口付近で声をかけられる。
眼鏡をかけた人が立っていた。立海大附属中の先生だろうか?
「あ。今日、なんかテニスの抽選会があるみたいで、氷帝部長の付き添いで来ていて」
だから先生、決して怪しい者じゃありません!というと先生は困ったような顔をしている。
「俺は先生でないと何度言えば分かる」
「え?」
「部長の手塚だ。……覚えていないか?」
少しばかり悲しそうな顔をする彼に、私は知り合いだったのかと思い、一昨日に事故があり、記憶を無くしていることを伝えた。そして、先生と勘違いしたことを詫びた。どうやら同い年らしい。大人っぽい人だ。
「そうだったのか。大変だったんだな」
「すみません」
「謝る必要はない」
「手塚くんも部長ということは、抽選会に?」
「ああ」
私はノートの手塚くんのページを見る。そこには肩の治療で九州にいるとメモがあった。そのノートは?と疑問を浮かべる手塚くんに、今の私の大切なものだと伝える。
「手塚くんは、九州からいつ帰って来たの?」
「ついさっきだ」
「そうなんだ。じゃあ、おかえりなさいだね」
偶然でもそのようなタイミングで出会えてよかったと笑みをこぼす。私が覚えていないのが申し訳なく思った。手塚くんは少し驚いたような顔をしてお礼を口にした。
「記憶がなくても、まつは変わらないな。会えてよかった。はやく、思い出せるといいな。跡部もきっと寂しく思っているだろう」
私の頭に手を軽く置き、またなと言い手塚さんは抽選会場の方に向かった。なぜ彼の口から跡部くんが出てきたんだろう?
跡部くん、手塚くん。ふと、二人がテニスをしている姿が思い浮かんだ。思い出せそうで思い出せない。
考え込んでいるとボールを打ち返している音がどこかから聞こえた。そのどこか懐かしい感じにそこに向かうと、この前お見舞いの時に会った皆がいた。仁王くんと目が合った。
「ああーまつ先輩ー!やりー!今日は仁王先輩より先にまつ先輩を見つけたッスよ!」
「甘いぜよ赤也」
「ええ」
「赤也。練習に集中しないとメニュー増やすよ」
「ええ、そりゃないッスよ幸村部長―!」
「よし増やそうか」
「赤也。追加メニューだ。励め」
「ひいい」
「馬鹿だなあ赤也」
「頑張れ赤也」
「自業自得ですね」
そんなやりとりをしている彼らに思わず笑みがこぼれる。
少しの間、練習の様子を眺める。なかなかにハードな内容だ。幸村が休憩と声をかけ、皆が休憩に入る。
「まつ、退院したんだね。体調はどうだい?」
「体の方は問題ないですよ」
「記憶は、まだ戻らんのか」
「ごめんなさい」
「謝る必要はない」
記憶を無くしてからこのやり取りが多い。皆は謝らなくていいというが、覚えていないことが本当に申し訳なくてしょうがない。
ふとレギュラーの皆を見て違和感を覚える。
「……誰か足りない?」
「おお!何か思い出したか?!」
「真田は忘れようとしても忘れられなさそうだもんね」
そう言われ、そうだ真田さんがいないと気が付いた。
「真田は抽選会場に顔を出しているよ」
「もうそろそろ終わるんじゃないか?」
そう桑原くんが言い、私は跡部くんとの約束の時間が近いことに気が付いた。
「そろそろ行くね。お邪魔しました。ありがとう。全国大会、頑張ろうね」
手を振り、テニスコートを後にする。
跡部くんと約束した場所に向かう。それにしても広い学校だ。迷子にならないようにしなきゃと思いながら進む。抽選会が終わったのか様々な制服の人たちが歩いていた。氷帝はどうだったのだろうか。外国人のような人もいた。
その人の波の中、ふと、視線がぶつかった。向こうは驚いた表情をしている。私はその顔にどこか見覚えがあった。
こちらに来る彼の口から私の名前がこぼれる。
何か心がチクりと痛み、私は後ずさった。再び名前を呼ばれる。その優しい声に、また心に痛みが走る。私はそれを振り払うように逃げようと後ろを向く。
しかし、その先は階段だった。勢いのまま階段を踏み外してしまった。
落ちる。そう思ったら不意に手を掴まれ、身体が引っ張られた。
「今度は、ちゃんと掴めたわ」
その言葉と同時に、背中にぬくもりを感じた。この感じ、覚えがある。
視界が回る。
様々なものが浮かんでは消えていった。記憶の渦にふらつく私を、後ろで誰かが支えてくれている。
誰かが、私の名前を呼んでいる。
誰かが、守ってくれた。誰かが、頼ってくれと言ってくれた。
「……幸村。跡部」
「まつ?」
「白石」
私の後ろで支えてくれていた白石と、目が合う。
白石は驚いた表情をしている。
「思い、出したんか?」
「私が記憶喪失だって知ってたの?」
「さっき、跡部くんから聞いたんや」
白石に強く抱き寄せられる。
「心配した。すまんまつ」
それから白石は私を離し、向き合って今までのことを語った。あの時、私を傷つけたと何度も何度も謝ってきた。私も白石にもっと話をして頼るべきだったと伝えた。
だが、もう過去のことだ。過去を嘆くより、これからを見据えたい。そんなことを白石の手を取りながら言うと、白石は笑った。
「ほんま、あん時は寿命縮んだわ」
「800歳に?」
「俺はジェダイマスターか」
「色的には間違ってないと思う」
「そこは強さにしといてや」
「あんなクルックル動いてる白石、想像するだけで何か気持ち悪いかな」
「アホ」
そんなやり取りをしていると、咳払いが聞こえた。見ると頭をチョココルネみたいセットしている眼鏡の人がいた。
「そこのお二人。公衆の場で、いつまでひっついとるんですか」
「誰?」
「沖縄比嘉中の木手くんと平古場くんや。まつを海で助けてくれたんは彼らや」
「えっ。命の恩人!感謝永遠に!」
「……まつはあの緑のおもちゃかいな」
そんなことを言ってくる白石を小突いておいた。改めて木手と平古場にお礼を伝える。彼らを見かけたらこれから神様ーと言って近づいていこう。髪型も独特だし。神様と髪様でいい感じだと思う。
「ふん。いちゃりばちょーでーとも言いますからね」
去り際に二人から、二言三言何か言われた。沖縄弁だったからあまりよく分からなかったが、とりあえず私が無事で良かったといったことと、全国大会楽しみにしているといった内容を言われたと思う。
「まつ!ここにいたのか!」
そうしていると跡部の声がした。時計を見ると、約束の時刻をかなり過ぎていた。探していたらしい。すっかり忘れていた。申し訳ない。
「跡部。ごめん、記憶喪失してたわ」
「は?……お前、戻ったのか?!」
「おかげさまで」
素っ頓狂な顔をしているなかなか珍しい跡部の顔に、思わず白石と笑ってしまった。
手塚と大石も一緒に探してくれていたらしく、お礼を伝えた。立海にも顔を出し、白石と組んで真田に何かドッキリを仕掛けようとしたが跡部に止められた。皆が、安心した顔をしていた。
「記憶が戻ったなら、もう電車に乗らなくていいな。よし、ヘリで帰るぞまつ」
「一人でお帰りください」
記憶がないときはかっこよく気遣いをしてくれていたのに、私の記憶が戻った途端、相変わらずのアホ部になってしまい呆れた。
トーナメントの抽選結果、氷帝は四天宝寺と青学と同じブロックになったようだ。それぞれの部長が揃った。各校がベストメンバーで挑む全国大会。氷帝も負けていられない。
全国大会まで、あと2日だ。