第八章
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まつが救急車で運ばれた後、顧問から今回の合宿は中止と告げられた。もともと午後のメニューを終えたら解散だったため、中止というより切り上げに近かった。
どうなるかと気が気でなかったが、顧問からまつの意識は回復しており容態も安定していることを伝えられ、全員が安心した。
跡部が自分の施設の付近で起きた事故ということで、自分と関わりのある病院に搬送した。あの事故の時、榊に連絡をいれ、榊からまつの家族に連絡がいった。
合宿の帰りに、氷帝はまつの運ばれた病院に向かった。丁度、まつの父親が病院に到着して話を聞いていたタイミングだったらしく、会ったことのあるうめと日吉が気がついた。まつの父親も二人を覚えていたらしく、挨拶をする。
「心配してくれてありがとうね。けど、まつは大丈夫だから、今日はひとまず帰っておくれ」
そう言われ病院を後にした。
次の日、部活を行うも皆、まつがいないことに心配の色をにじませていた。
「まつ、大丈夫かな」
「意識は戻ってて容態も安定しているとか言ってたが」
「面会謝絶らしいですね」
そんな会話をしている。そんな皆に喝をいれるたけ。
「こらーお前ら!そんな情けねえ動きしてんじゃねえ。まつが戻ったときにしばかれっぞ!」
「せやな。ほな、やるで日吉」
「……はい」
それぞれが何とか気持ちを切り替え練習に励んでいた。
病院の特室と呼ばれる病室で、まつはベッドに腰かけながら窓の景色を眺めていた。
「まつ。気分はどうだい?」
「お父さん。大丈夫です」
お見舞いに来ていた父親が、まつに優しく微笑みかける。まつは戸惑いと不安を隠せない表情をしている。
「焦る必要はないよ。明日か明後日には退院できるみたいだ。家でじい様も皆待ってるからね。とにかく今は体を休めなさい」
「……はい」
いつもの明るさはなく、不安げに景色を見つめるまつ。
まつは救急外来で検査等を受けたときには意識は既に戻っていた。低体温や誤嚥のリスクはあったが、大きな異常なしと診断されていた。
しかし、問題は別にあった。
「あの。私は、誰なんですか」
意識の確認をしている時から、自分の名前が言えなかった。父親が現れても、いつもの心痛な表情でなくただ誰だろう?といった純粋な疑問の表情しか浮かべなかった。
まつは記憶を失っていた。
日常生活を行う上では問題ないが、自分の今までのことなどを忘れていた。入院し頭の検査等もしたが異常は見つけられなかった。身体所見は異常が見られないため、近く退院し今までの環境に身を置けば自然と思い出せるかもしれないとなった。
昨日の夜、父親と言われた人物から、まつは自分のことを話された。
母親は既に亡くなっていること。その母親は父親の側仕えのような身分だったらしく、祖母から結婚の反対を強くされたらしい。祖母から言われていた許嫁との婚約を破棄し、母親と暮らすことを選んだ。しかしそれが叶わず、母親は追放に近い形で父親と離された。それでもいつか必ずと互いに誓い、自分の地位を確立し迎えに行けるとなったときに母親は病で他界してしまったという話だった。
急な、そしてとんでもない話にまつは混乱した。忘れ形見である自分を必ず守りたいと思っており、一緒に暮らすことを提案したが、なかなか首を縦に振らなかった。そんな中で、今回の事故がおき、退院後は一緒に暮らそうと言われまつは更に混乱した。
まつは自分が何者なのか分からず、ただただ困惑していた。
こんな豪華な病室で、執事のいる父親。お嬢様と呼ばれ、自分は本当にそうなのだろうかと、どこか居心地の悪さを感じながら、まつは再び窓を眺めた。夕日に空は赤く染まっていた。
父親はまた明日来るよと言い、執事と共に病室を出ていった。
静寂が訪れ、広い部屋に落ち着かずまつは看護師に院内のお店で何か買いに行ってくると伝え病室をでた。
院内を歩き回り、どこか既視感のようなものを覚える。病院に最近行ったことがあるんだろうかと疑問に思いながらまつは当てもなく歩く。
「まつ?」
自分に投げかけられた声があった。まつは自分の名前だったと思い、立ち止まり声のした方を見る。
「ほんとだ、まつ先輩だ!仁王先輩、相変わらず見つけるの早いッスね!」
「赤也、ここは病院だ。どんなに嬉しくても、もう少し控えるんだ」
「まつー、面会謝絶とか言われたけどいんじゃん」
「体調はもう大丈夫なんですか」
「まつ。心配したぜ」
「患者がこんなところをほっつき歩いて何をしている」
「まつ。よかった」
びっくりサーカス団のような派手な人たちだと感想をもっていたらあっという間に囲まれ、戸惑うまつ。親し気に話しかけてくる彼らを見つめる。
「まつ。どうしたんだい?」
いつもの様子と違うまつに一人が話しかける。
「あの。どちら様でしょうか?」
その一言に、全員が固まった。
「まつ!病室にいないと思ったら。おや、君たちは?」
「お父さん」
何か用事があり戻って来たのか、父親がまつを見つけ声をかける。囲まれているまつを見て、どこか寂し気な顔をした。そして、何か決心をしたように、控えていた執事に、彼らを病室に案内してあげなさいと伝えていた。
病室に案内され、父親はお見舞いに来た彼らに今回のことを伝えていた。
面会謝絶の札は取り下げられていた。