第八章
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まつがねずを追いかけて去っていく。その姿を見つめていたら、財前に声をかけられた。
「白石部長。いつまでまつと話さんつもりなんスか。アイツ、えらい勘違いしとるままですよ」
俺を非難するように、けれどどこか慰めるように言い放つ。
「俺、あん時、アイツに信頼しとる奴に相談したらええって伝えたんです。アイツにとってあん時四天宝寺では、一番信頼しとったのは間違いなく部長やったんスよ」
そう財前に言われ、俺は驚いた。その信頼を勘違いで裏切ってしまった自分に心底呆れた。何がMr完璧や。大切な人一人も守れないで、よく言ったものだ。
「俺。やっぱり殴られなアカンな」
「ご希望でしたらいつでも殴りますわ。なんなら真田さんでも召喚しましょか」
そう言い財前は去っていった。去り際に、四天宝寺は午後は小石川副部長が張り切ってメニューを組んでいると言っていた。遠回しに部長は遅れてきても問題ないと伝えられているのが分かった。財前もまつと似て、不器用ながらもよく相手を気遣っている。
四天宝寺の皆に感謝をしながら俺はまつを探した。
施設内にはいなさそうだった。外かと思い、出る。雨上がりで地面には水たまりができていた。
「あい!永四郎ー見てみ、女の子が二人で海で黄昏てるさー」
「あれ、四天宝寺と氷帝のユニフォームやさ?」
「たしかかぁ」
「はぁやぁ」
「静かにしなさい。さっさと練習しますよ」
外に出ると癖の強い集団が、そんな会話をしているのが聞こえた。四天宝寺と氷帝のユニフォームの女の子二人。きっとあの二人だ。
俺はその集団を避けるようにして海辺の方に向かった。
海辺に行くと、話の通りまつとねずがいた。和解したのか、まつとねずが笑い合っていた。そして、こちらを向いていたねずが俺に気が付く。
二人は何か言葉を交わし、まつがこちらに振り向いた。久しぶりに見るまつの顔。思えばこの合宿でやっと会えたのに、しっかりと目を合わすことがなかった。
合宿の案内が来た日、部長である俺は顧問とそのリストを見ていた。「そういえば氷帝に3人のマネージャーがおるらしいで。女の子やって」と言われ、リストには苗字のみであったがオサムちゃんからは3人の氏名を聞いた。はじめは特に気にせず聞いていたが、まつという名前に思わず反応した。「まつって。どんな子です?」「なんや白石が女の子に興味持つなんて珍しいな」そんなことを言いながら、オサムちゃんは今年からマネージャーをしていること、1年の冬に氷帝に編入した子くらいしか分からんと言っていた。「そういえば、俺が来る前に四天宝寺でマネージャーしとった子の一人がまつちゃん言うんやったっけか」そんなことをオサムちゃんが溢す横で、俺は、そのまつじゃないかと強く思った。
そして合宿の日、バスを降りるときに謙也が俺を叩きながらまつを指さす。本当にまつだった。背も伸び、少し大人っぽくなったまつ。一瞬目が合うも、気恥ずかしく目を逸らしてしまった。
久しぶりだというのに、四天宝寺の皆と昨日まで会っていたかのようなノリで会話をしているまつ。俺は、ずっと後悔していたこと、会えて嬉しいことを伝えようとまつに声をかけた。しかし、まつは俺の方を見ず「関わらないから安心して」と言い去っていった。違うと誤解をとこうとしても、俺の手は届かなかった。過去の自分を殴りたかった。
さざ波の音が響く中、まつと視線がぶつかる。まっすぐにこちらを見ている。まっすぐに前を見ている、あの目が好きだった。
そして、懐かしい笑顔を浮かべ俺に手を振った。春の日差しのような笑顔に、俺の心に温かいものが広がる。ずっとその笑顔が見たかった。俺はうるさく鳴り響く心臓に落ち着けと叱咤しながら手を振り返した。
そしてまつは立ち上がり、戻ろうと声をかけねずに手を伸ばす。二人の元に俺も行こうとした。しっかりまつと話をしたかった。しっかり話をして、また一からやり直していこうそう思った。
次の瞬間、ねずが立ち上がると同時に滑った。雨上がりで足元はぬかるんでいたことを思い出した。まつがとっさに掴んでいた手を思いっきり引き寄せるように手前に引く。
その勢いで場所が入れ替わり、まつが海に、ねずは地面に投げ出された。
全てがゆっくりに見えた。まつと視線がぶつかる。俺は手を伸ばす。まつも俺に手を伸ばした。
わずかに届かず、俺の手は空気を掴んだ。
「まつ!!」
俺は迷わずまつを追うように海に飛び込もうとした。それを誰かに掴まれる。
見ると先ほど会話をしていた集団だった。田仁志と呼ばれた人物が海に飛び込む。
俺の腕を掴んだ眼鏡の人物が、冷静にどこかに連絡を入れていた。女の子が海に落ちたことや場所を伝えている。
「こんな荒れた海では危険です」
「わったーに任せるさ」
そう言いながら彼らは救急車を呼んだことを伝えてきた。彼らの纏う紫のユニフォームには、比嘉中と書かれている。確か、九州地区大会を制し、沖縄で初の全国大会に駒を進めた学校が、比嘉中というところだったと思い出した。俺は冷静に対応してくれた彼らにお礼を述べた。まだ安心するのは早いと返された。
俺はこの状況を合宿所に連絡した。
それからすぐ海に飛び込んだ人物が上がってきた。その腕にはまつがいた。
「まつ!やだよ!まつ!!」
「揺り動かしてはいけませんよ。息はしていますね」
息はしているがその目は固く閉じられている。まつに泣きつくねずを先ほどの眼鏡の人物が止める。
まつの手を握る。その手は氷のように冷たかった。俺は血の気が引いた。
救急車のサイレンが近づいてきている。
テニス部の皆が話を聞きつけ来た。
かけつけたまつの友人である氷帝マネージャーの二人が、まつは突き落とされたと勘違いしたのか、泣いているねずに掴みかかる。俺は誤解をとく。二人は謝罪を口にした。皆冷静さを欠いていた。
跡部君や幸村君たちが必死の形相でまつに名前を呼びかけている。
「白石部長。なんで、こないなことに」
財前が茫然としている。
救急車が到着した。跡部君が救急隊に何か伝えている。救急隊の人たちは頷きまつを運んでいった。
跡部君はどこかに連絡を入れていた。
まつ。無事でいてくれ。俺はひたすらに祈った。