第八章
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
白石の話を聞き、俺はまつを探した。先ほどまつが地面に叩きつけたノートは、大事にしまっておくように伝え樺地に一旦預けた。
あの日、立海との電話に不満を持った俺は、まつに思ってもいないことを言い放ってしまった。その次の日の部活で、自然と「まつはどこだ」と聞いたら日吉に「跡部さんがあんなこと言ったんで来てませんよ」と恨みがましく言われた。電話をしても電源が入っていないといった無機質なアナウンスばかり。弁明を伝えようにも伝えられないことや、無視をするまつに次第に腹が立ってきた。
直接家に行くかとも思ったが、変に意地を張ってしまい会いにいけないままだった。部活が終わった頃にひっそりと日誌を見に行ってもまつの名前は火曜日も水曜日もなかった。カレンダーを見て木曜日であると気が付き、まつが立海に行く約束をしていたことを思い出した。まつはやはり強い立海の方がいいのか。氷帝より立海に行きたいのだろうか。
そう考えると、相変わらず面白くない気分になった。走ると集中でき自分の考えを整理できるからよく走っていた、と前にまつが言っていたことを思い出し、持久力に自信もあった俺はそんな思いを振り払うように走った。はじめは目的地は決めていなかった。けれど、走っているうちにまつの顔を見たいと思った。そして、立海には負けたくないとも。
立海に着いた俺はそのまま勝負を挑んだ。丁度まつが来ていると真田が言っていた。はじめは特にまつと親しそうな幸村と試合することも考えたが、手術後だと聞いていたため、俺は真田と試合をした。極限状態にならなければ前からあと少しで掴めそうであった技は掴めない。そして、それはやはり真田と試合をすることで完成した。
これから反撃だと思ったところで幸村が介入し、試合は引き分けとなった。思ったよりも元気そうな幸村に勝負を挑むが断られた。
それから、幸村と真田は練習しているコートの方へ俺を案内した。そこには、柳と話をしているまつがいた。久しぶりに見るまつ。その姿を見たとき、腹立たしさなど消え去り、胸に温かさが広がる。二人は何か練習メニューが書かれている紙を見ている。
まつを見つめていた俺に、幸村が静かに語りかけた。
「あれ何しているか分かるかい?立海の練習メニューを学んでいるんだよ。氷帝の練習に何か生かせるものはないかってね。そもそも今日、はじめまつは来るのを断ったんだよ。けど、皆がまつに会いたいのもあってね、立海の練習の様子を見に来たらいいって伝えて誘ったんだ。まつはどんなときも氷帝を最優先にしているよ。羨ましいくらいにね」
そう幸村から告げられ、俺は勘違いしていたことに気が付いた。それを、お前はどこのマネージャーだなどと言ってしまった。
「けどね跡部、まつを悲しませるなら、本当に俺たちはまつを立海のマネージャーにする」
そう釘をさされた。幸村は、本気の眼差しだった。
「あいつは今までも、これからも氷帝のマネージャーだ」
そう幸村と真田に言い、俺はまつに声をかけた。白石の話を聞いたとき、来なくていいと言われたまつの表情がかつてないほど曇った理由が分かった。本当にあの時の自分は何回殴り飛ばしても足りないくらいバカなことをしたと思う。
それからまつとは和解し、共に神社に寄った後、電車という慣れないものを使い帰宅した。
別れ際に言われた「あのユニフォーム好きだからさ」という発言の「好き」という言葉に俺は心臓が跳ねた。ユニフォームのことを言っているのは分かっている。けれど、まつの口から「好き」という言葉がでたことに、俺は戸惑った。冷静を装い、また明日という挨拶をしその場は終わったが、家に帰った後も心臓がうるさかった。氷帝のユニフォームを眺めながらため息を溢す俺に、ミカエルはまるで恋煩いのようですねなどと微笑ましそうに言っていた。
次の日、忍足に恋愛についてさり気なく聞いた。そしたら無駄に熱く語られ、更にうめと忍足が付き合っていたという事実を知り俺は驚いた。それに畳みかけるように、不二とたけが付き合っていることも知り俺は絶句した。確かに何か様子が気にかかっていたが、まさか身近にそのようなことが起きていたとは。
「それで、結局どういうのが恋ってやつなんだ」
「せやな、気が付けば目で追っていたり、一緒にいて胸が温かくなったり、自分以外の誰かと親しくしとったらモヤモヤしたりする感じやな。あとは……」
そう長々と忍足が指折り数えながら特徴を挙げていく。
すべて、まつが当てはまった。
「萩之介。今まつに彼氏はいるのか?」
「なに急に。そんな話は耳にしてないけど」
「そうか。ならいい」
「景吾君。やっと気が付いたの?」
「あーん?」
それから俺は、新しい練習メニューの話合いをまつとしていた。どれも的確で、それぞれの部員の特徴を把握した上での発言だった。俺と対等に話せるまつ 。今までこのような存在はいただろうか。
自分の感情に、やっと答えが見つかった。
俺は、まつ が好きだ。
あの場から去ったまつの態度は、自暴自棄そのものだった。あのようなまつを前に見たときも雨の日だったと思い返す。あの時は雨が降っている中テニスコート横に立っていたなと思い、俺は自然とテニスコートに向かっていた。
テニスコートに着くと、そこには予想通り探しているまつがいた。声をかけると静かにこちらを見た。涙はなかったが、泣いているようだった。
俺の隣を通り去ろうとしたまつの腕を引き、どこかに消えてしまいそうなその姿に、逃がさないというように後ろから抱き留めた。
固まったように大人しくしているまつに、前に伝えたことを再び言う。そして、静かに言葉を告げる。
「俺たちを頼っていい」
要所要所から、苦労が絶えない生い立ちだったと分かった。そのせいもあり、まつは頼られるのはいいが、頼るのは苦手そうだ。 もっと俺たちを、俺を、必要としてほしい。
沈黙が訪れたが、まつが小さく何かを言う。耳を傾けるように、安心させるように腕に力を籠める。
「跡部。……どうしたらいいのか、分からないよ。助けて」
俺の腕を掴みながら、まつは泣いていた。