第八章
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たけはイライラしていた。
事の発端は、全体での練習が一区切りつき、それぞれの学校ごとに分かれて練習をしようとなったあの時だった。いやもっと前からかもしれないが。
ねずが一緒にマネージャーの仕事をしようとまつを引っ張っていってしまった。
ねずはことあるごとに、まつの傍にいてべったりに近かった。たけとうめとともにまつが話していても、お構いなしにまつを連れて行ってしまう。それに少し失礼だとたけや日吉が指摘した。まつもそんなねずの様子に少し困っていたようであった。
「折角4校が来ていて、マネージャーも4人なんだから、それぞれの学校に一人ずつ付こう。固まってやるより効率もいいと思うし」
そうまつが提案し、ねずは渋々頷きそれぞれの学校にマネージャーが一人ついた。たけは不二に連れられ、青学に向かった。まつは氷帝に付こうとしたが、うめと忍足をみて足を止めた隙に幸村が立海に引っ張っていった。
練習中はテニスに集中しているため大きな問題もなかった。しかし、練習が終わり休憩時間になると、ねずがまつの元に行き話をしてしまう。まるでまつをたけ達やレギュラー陣から引き離そうとしているようだった。
それから一日目の練習も終了し、それぞれが部屋に戻る。まつはねずに呼ばれ、どこかに向かった。
「ねえ。あのねずさんって人、まつさんにくっ付き過ぎじゃないッスか?」
「やっぱ越前もそう思うよな」
たけと越前がその様子をみて話をする。四天宝寺も仲は良かったけど、久しぶりに会ったからといってあそこまでくっ付く必要があるかな、なんて零しているメンバーもいた。白石は黙ってその様子を見ていた。
「あ。雨降ってる」
「ほんとだ。予報では曇りだったけど、明日の朝までには止むかな」
「今のところ明日の昼くらいからは晴れるっぽいな」
外の景色を眺めながら各々が明日の予定を話したり、他愛もない話をしたりして、それぞれ親睦を深めていた。
ねずと話が終わったのかまつがロビーに現れた。その面持ちはどこか陰りがあった。その様子に幸村が声をかける。
「まつ。体調が悪いのかい?」
「幸村。ううん、体調は問題ないよ。そういう幸村は今日あんなハードに動いていたけど大丈夫なの?」
「問題ないさ。体が軽くて嬉しいくらいだよ」
「手術したとは思えないくらいだね」
そう笑顔で話すまつはやはりどこか浮かばれない表情だ。まつに気が付いたたけとうめが傍に来る。その二人の隣には、不二と忍足がいた。まつはその4人を見つめている。
やはりどこか体調が悪いのか心配したたけたちは、部屋に戻って休んだ方がいいと声をかけまつを送る。
「ねえ、二人は今幸せ?」
「どうしたんだよ急に?」
「そうだよまつ、何か元気ないよ。どうしたの?」
「何となく、不二と忍足と一緒にいる二人をみて聞いてみたくなっただけ」
心配する二人にまつは笑いながら答える。
「なんだよそれ。まあ、周助といられることは幸せだと思うけど」
「私も侑士くんが隣にいるのは、やっぱり嬉しいかな」
「うん。それならいいんだ。不二と忍足と、仲良くね」
「まつ?」
そう言いまつは部屋に入っていってしまった。小さくごめんねという言葉が聞こえた。その様子にたけもうめも何事かと疑問を浮かべる。
次の日、朝の時点ではまだ小雨が降っていた。柳と乾が、この感じなら昼には止むだろうと話をしていた。室内でもトレーニングができるところがあるため、それぞれがトレーニングに励んだ。
午前の練習が終わり、乾たちの予想通り雨は上がった。昼の休憩に入り、午後の練習メニューを確認しあっていた。
そんな中、事件は起こった。
「まつ何をしているの!やめて!!」
「うめちゃんの声だ」
「あっちからだ、行こう」
突然のうめの悲痛な声に、それを聞いた者が反応する。たけも聞きつけ、うめの元に向かう。
駆けつけるとそこにはうめとまつがいた。うめは手を抑えてまつを見ている。まつはやって来たたけたちを一瞥する。その見たことのない冷たい目に、駆けつけた皆が驚く。
「まつ、うめに何したんだよ」
まつが何かうめにしたのは明白だった。やって来た人々がうめに大丈夫か訪ねる傍らで、たけはそんなまつに近づき何があったのか肩を掴み問い詰める。しかし、まつは黙ったままだ。
「こんなことなんか気にしてないで、はやく戻りなよ。関わる必要なんてないから」
そう言い、たけの手を振り払い、まつは手に持っていたものを地面に叩きつけ踏みつける。それを見て跡部が驚く。まつが踏みつけたのはノートだった。
「まつ。どうしたんだよ。何があったんだよ」
「関わるなって言ってるのが分からない訳?」
たけがなおも声をかけるも返ってくる言葉は同じだった。言葉と表情が乖離している。泣きそうな顔をしているまつに皆が何事かと思う。まつはその場を出て行ってしまった。追いかけようとした数人を、まつは来ないでと振り向くこともないまま強く言いはなった。
「うめ。まつと何があった?」
跡部が静かに落ちたノートを拾い、うめに声をかける。
うめは先ほどのやりとりを語りはじめた。
昨日の様子からも普段と違うまつを気にかけ、今朝も声をかけた。その時、うめは無視をされた。何かあったのかと心配したうめは仕事の区切りがついたタイミングでまつを探し、見つけたとき、そのノートを悲し気に眺めていたという。
うめが声をかけると、驚いた反応をし、冷たく何しに来たのかと返した。
「まつが心配で。どうしたの?私に何かできることがあったら」
「何もないから、あっち行って」
「まつ。私、まつにいつも支えてもらってた。私だってまつを支えたい。ねえ何があったのか話して」
そう会話をし、まつは苦し気に何か考え込むような表情をした。そして、突然持っていたノートを破こうとしたのだ。そのノートが何か知っているうめは、それを止めようと手を掴んだ。あの時聞こえた声はこの時のだった。「うるさい」と言って掴まれているうめの手を叩いた後、たけたちが部屋に駆けつけたとのことだった。
「まつ。いったいどうしちゃったんだよい」
丸井が皆の気持ちを代弁するように呟く。跡部は黙ってくしゃくしゃになったノートを見つめている。ノートは少し破けていた。
「……きっと、ねずや」
「白石?」
沈黙を破るように白石が言葉を紡ぐ。全員が白石の方を見る。
白石は「俺のあの時と同じやと思う」と言い、静かに語り始める。それは2年前のこと。彼らが1年の時のことだった。
白石と同じクラスであったねず。はじめはそんなに印象に残らない人物であったが、まつと仲良くしていたため知り合った。そして、まつがマネージャーを一緒にやることについて相談してきたため、信頼しているまつが是非に言うならと思い二つ返事で了承した。それから二人で問題なくマネージャーをしていたが、何となくねずから敵視のような目線を白石は感じていた。そんなある日、ねずが白石に対し囁きかけたのだ。
「ねえ白石くん。まつってさ、モテるって知ってる?」
「なんや急に」
「先輩たちがさ、今度まつを襲うとかなんとか言ってるの聞いちゃったんだ」
「アホらしい。いくらあの先輩達でもそないなことせえへんやろ」
突然の内容に驚いたが、先輩たちがそんなことをするはずがないだろうと、何かの聞き違いだろうと、そうその時はあしらっていた。しかし、それからまつは部活を休みがちになっていった。家庭の事情とのことだったが、白石たちが大丈夫か心配すると、大丈夫だよと笑顔で告げられた。まるであまり深く聞かないで欲しいと言った様子に皆が深く追求するのは遠慮した。
「ねえ白石くん。まつが最近なんで来ないか知ってる?テニス部が嫌いになったんじゃない?」
「何言っとるんや」
「先輩たちから告白されてるの見たの。きっと休んでるのも、先輩たちにちょっかいだされているからじゃない?まつも困ってるって言ってたよ」
そんなことはないだろうと、その時もそんな返事をした。しかし、確かにあの先輩たちはまつにテニスと関係ないようなちょっかいを練習中でもしていたのも事実だった。いじりや漫才披露が主だったが、仕事の支障になりそうなときは見かける度に注意をし、最近はないようにみられていたが、陰で何かされていたのだろうかと疑問に思った。次の日に部活を休んだ理由をまつに聞いたら、気まずそうに家庭の事情で、と話していた。話しにくいことなんだろうか。ねずには話せて、自分には話せないのだろうかと白石は少し寂しさを抱いていた。
「ねえ、あの先輩たちといたら、まつが危ないと思わない?テニス部にまつはいない方がいいよ」
再びねずに言われ、白石は顧問に相談した。しかし、顧問は先輩と仲良しなのはいいことだとか言って、全く取り合わなかった。いい加減な顧問に担任に相談したら、まつ本人からその相談はないから平気だろうということや、顧問が嫌でも来年は異動だろうからもう少し我慢しろと言われた。日に日に表情に陰りがさしていくまつに白石は決心した。テニス部のせいだとその時はもう信じ込んでいた。
そして、まつをせめて今年だけでも、テニス部から距離を取らせようと決めた。まつから話があると丁度言われたため、白石も放課後に話す約束を取り付けた。
まつの口からテニス部を辞めたいという言葉を聞きたくなかった白石は、先に告げた。テニス部に関わらないで欲しいと。まつは泣き笑いで自分もそう思っていたことを告げてきた。やはりやめたいと思っていたのかと、気が付かずまつを苦しめてい自分の不甲斐なさに情けなく思ったものだった。
しかし、それからまつは学校も休みがちになった。テニス部を辞めたのになぜと白石は疑問だった。そして、突然転校するという話になった。別のクラスだった白石は挨拶もできず、まつは四天宝寺から去っていった。
ねずも焦ったような表情をしていた。そしてまつが転校すると同時に、テニス部をねずも辞めた。
まつが本当に家庭の都合だったのだと知った時、白石はねずを問い詰め、ねずの話は全くの出鱈目だったと知った。白石は激しく後悔した。なぜ、もっとまつと話さなかったのか。
白石の口から語られた内容に、当時四天宝寺にいた者も驚く。
「まつがうめちゃんたちに突然そない態度をとったんは、きっと昨日、何かねずに言われたんやと思う。俺がかつてアホなことをしでかした時みたいに」
話を終えた白石に財前が殴りかかろうとし、忍足たち四天宝寺の皆がそれを止める。白石も財前にすまんと謝罪を述べている。
「落ち着き財前。白石を殴っても何も変わらん」
小石川に諭される財前もそれは分かっていた。それに、殴りたいのは自分自身だった。当時、てっきりテニス部と話をした上でマネージャーを辞めたと思っていた。しかし、まさか助けを求めようとした相手に、どのような理由であれ、切り捨てられていたなんて思わなかった。それに気が付かなかった自分にも財前は腹が立って仕方がなかった。
財前は舌打ちをし、どこかに行った。先ほどまでいた跡部もその場から姿を消していた。
「けど、なんでねずはそんなことしたんやろう?」
「まつをテニス部に関わらせたくなかったようだが、その理由が今一つ見えないな」
白石の話を聞き皆が同じ疑問を持つ。
何はともあれ、まつとはしっかり話をした方がいいとなった。
「まつさん、勝手にごちゃごちゃ考えて勘違いしてそうなこと多いですもんね」
「お喋りなのに肝心なことは話さないから」
「この際、腹を割って話してやる」
「それがええ」