第七章
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「今日は皆さんの偵察に来ました。たくさん情報をいただいていきますので、どうぞよろしく」
「確かにそういう話だったが……」
「ストレートに言われると何か変な感じッスね」
「まつらしいぜよ」
「やはりまつはデータ収集が下手そうだ」
そんなこんなで今日は木曜日。私は約束した通り、立海のテニス部に来ている。お手伝いという名の情報収集だ。
この前の日曜日、幸村から連絡があり電話に出ると立海の皆もその場にいたのか、かなり賑やかな電話越しだった。
そこで幸村たちから氷帝のテニス部がない日に、立海の練習に来ないかと誘われたのだ。はじめは他校のマネージャーである私が行くのはどうなのかとためらった。前から今更何を気にしているということは言われていたが、今回、立海の練習メニューなど参考にしてもいいといった話になり、それなら行こうかと思ったのだ。幸村が退院してから立海の皆に会っていないこともあり、楽しみなのもあった。電話を切るときに、切原から「まつ先輩が来てくれるなんて俺めっちゃ嬉しいッス」と元気に言われ嬉しかったのも事実だ。
しかし、電話が終わった後、跡部からクビの通告がされた。
突然過ぎてその時は戸惑うばかりだった。帰り際に追いかけてきた日吉やたけたちには気にする必要はないと言われたが、確かに立海の皆と近づきすぎているかもしれないと言う思いは拭えなかった。
あれから跡部とは会っていない。そもそも部活に行っていない。マネージャーをクビになったので、携帯も返そうと思いあれから使っていない。
クビと言われたため最初は落ち込んでいたが、次第に跡部に腹が立ってきた。3年のレギュラー陣だって宍戸以外は部活に顔をあまり出していない。今回、立海に行くのはむしろ氷帝のためと思って了承した。なのにお前はどこのマネージャーだなんて発言は心外だった。
火曜日の夕方にたけ、うめと忍足が家に来た。本当に辞める必要はない、跡部もあれは本心じゃないといった話だった。たけも自分も青学の手伝いに行っていると言い、私が立海に行くのは別に悪いことじゃないと言った。
そうはいっても、水曜日も部活に行こうか悩んだ末にやはり行く勇気が起きなかった。
我ながら頑固だとは思う。明日の金曜日は顔を出そうと思っていたが、やはりクビの通告が心にずっと引っかかっていた。かつて別の人物からマネージャーを辞めるように言われた、あの記憶と重なっていた。
「私。マネージャー向いてないのかな……」
「ええ?!どうしたんだよ」
「まつ、元気がないけど何かあったのかい?」
休憩の時に昨日までのことを思い返してポツリと呟いた言葉に、丸井が大きく反応する。傍にいた幸村が私を心配そうに見つめている。幸村のこの感じは答えるまで離さないのを私は知っている。
観念したように、跡部からマネージャーのクビ通告を受けたことを伝えた。マネージャーをクビになったのに情報収集をしようとしている私はいったい何をしているんだと話しながら自分にツッコんでいた。
「じゃあまつ先輩、もうこのまま立海のマネージャーになっちゃいましょうよ」
「あのね切原、何回も言うけど私氷帝生だからね」
「にしても、あの跡部が本当にお前にそんなことを言ったのか?」
「うん。まあ私も確かに立海の皆に近すぎるかなとは思ったから、仕方ないのかも」
「ですが、それはあくまでもまつさんのプライベートのことです。何か問題があるようには思えませんが」
「それに幸村君の最初のお見舞い以外はまつが自分から来ているっつーより、殆ど俺たちが呼んでるしな」
「……跡部の考えてることは、私にはよく分からないから。氷帝の情報を流しているとか思われてるのかも」
「それはないナリ」
各々の感想が飛び交う中、幸村と真田、柳は何か考えるように皆の話を聞いていたが、柳は徐に口を開く。
「まつはこれからどうするんだ?本当に辞めるのか?」
「うーん。日吉たちには気にするなって言われた。クビ通告を受けておいて何だけど、もともと全国大会終わりまでいるって約束はしていたし、明日は顔を出そうかななんて思ってる」
「そうか。それがいい」
「もし改めてクビ通告されたらどうしよう」
「そうならないように、今日情報をしっかり集めて氷帝に貢献するんだな」
「柳、敵に塩を送るなんて君は本当にいいひと!」
「まつは敵じゃないだろう」
「今年は全国ないからそうだけど、来年の氷帝は敵ですー」
そう言い、柳に是非情報をとりますと意気込む私に、幸村が微笑み皆に練習に戻るように伝え練習が再開した。
立海の皆には本当に元気を貰える。理由は何であれ、今日立海に来たのは間違いじゃなかったと思える。柳にアドバイスを貰う傍らで、マネージャー業も少し行う。途中、真田とすれ違う時に「お前はよくやっている」と頭を撫でられた。「ありがとう、お父さん」と言ったら軽く小突かれた。それから、立海の選手が真田に何か耳打ちし、真田は驚いた様子を一瞬見せ、どこかに行ってしまった。去り際に私の方を見たけど、何かあったのかな。
マネージャーの仕事が一区切りつき、体力オバケのジャッカルの練習メニュー表を見る。その内容に王者立海の王者たる所以が分かった気がした。何やら先ほどまで向こうの方が騒がしかったが、さして気にせず柳と話をしていた。
「持久力が課題の選手がいるのか」
「うん。何かいい方法ないかななんて思ってたんだよね」
「それなら、これはどうだろうか」
そう言い柳が他の選手の練習メニューを提示する。なるほどなんて感心していると、切原がこちらにやって来る。
「柳先輩、まつ先輩。真田副部長見ませんでしたか?」
「弦一郎はさきほどまであっちにいたが」
「さっきコートの横ですれ違ってどこかに行ってたけど、それ以降見てないかな。幸村といるんじゃない?」
「幸村部長もいないんですよ」
折角打ち合いの練習しようと思ったのにどこ行っちゃったんだろうと呟く切原。どこに行ったんだろうねなんて3人で話していると、ここにいるはずのない人物の声が後ろから聞こえた。
「まつ。帰るぞ」
私は幻聴かと思い、無視していたが名前をまた呼ばれながら腕を引かれる。そちらを向くと、そこには試合後のような汗をかいた跡部がいた。
「え。……本物?まさか、仁王??」
「お前な」
「俺はここにいるぜよ」
そう言い仁王が、呆れ顔の跡部の後ろから顔を出す。ということはこの跡部は本当の跡部。なんでここにいるんだ。まさか、氷帝マネージャーをクビになったから今度は本格的に立海マネージャーにでもなる気かあーん?みたいなことを言われるのか。明日戻ろうと思ってたのに、ここで再びクビ通告はやめてくれ。跡部が何か発言しようとしている。先手必勝だと思い私は跡部に向かう。
「ちょ、ちょっと!クビ再通告はいらないから!第一、マネージャー全国大会までなんだから、あと2週間ちょっと位いいでしょう!」
「……あーん?何言ってんだ」
助命嘆願も聞かず即行クビというのか。そんなことを思っていると、幸村と真田が跡部の後ろからやって来た。
「まつ。跡部がさっきまつになんて言ってたか思い出してあげて」
そう幸村に言われ、先ほどの跡部の発言を思い出す。呆れられる前、後ろから声をかけられた時。確か、帰るとかいってた?
「……帰る、ってどこに?」
「氷帝に決まってるだろ」
「クビじゃないの?」
「俺様がいつそんなことを言った」
「この前の日曜日」
「……あれは。確かに、悪かった。あんなことは思っていない。それに誤解をしていた」
そう気まずそうに話す跡部。そういえば前にも跡部にこんな風に謝られたことあったな。
「俺は、まつにマネージャーでいてほしい」
この発言も2回目だ。今回は名指しだが。いつもの俺様な跡部がこのように気まずそうにしていることに、何だか可笑しくなってしまい思わず笑ってしまった。跡部も微かに笑っていた。
何でも、話を聞くと跡部は立海までトレーニングがてら走ってきて真田に勝負を挑んだらしい。試合は幸村の介入により引き分けとなったが、跡部は何か新しい技を身に着けたようだ。相変わらずやることがぶっ飛んでいる。
立海の部活も終了時刻に迫っていた。私はマネージャーの仕事を片付けていたら、幸村から声をかけられた。練習に加わり、テニスをしている幸村をみることができて安心したことを伝える。そんな幸村と話をしていると、しれっと立海の練習に交じっていた跡部がこちらに来た。
「まつ。俺達立海はいつでも君を歓迎するからね」
「幸村。悪いがまつは氷帝のマネージャーだ」
幸村と跡部の間に、いや、何なら立海レギュラーと跡部の間に火花が散っている気がするが、先ほどの真田との試合の時にでも何かあったのだろうか。
挨拶を交わし、立海の皆と別れる。
私は跡部の着ているシャツの金持ち独特のセンスにツッコミをいれながら、跡部と共に帰宅することにした。ヘリコプターを呼ばないように釘を刺しておいたため、帰るときは電車を使うことになった。
跡部は電車を使ったことがないようで、切符の買い方が分からないという発言に驚いた。
「もしかしてトレーニングとか言ってたけど、切符の買い方が分からなかったとか?」
「そんな訳ないだろう」
そんなやりとりをしながら、せっかくなので少し歩くが必勝祈願ができる神社があるから行こうとなり、向かった。海沿いの道からまっすぐに神社まで伸びる参道を二人で歩く。社殿が階段の上にあり、登り切った後に振り返ると下にある神楽殿と参道の明かりが幻想的に映った。
跡部と並んでお参りをする。
「何願ったの?」
「まつと一緒だ」
「え、滝にも親衛隊がつきますようにって?」
「お前、そんなこと祈ったのか」
「どうでしょうねー」
いつもの跡部とのやりとりだ。
帰りの電車では、今日の立海の練習の様子をみて氷帝でも取れ入れてもいいかもしれない練習内容などを跡部と話していた。ああでもない、こうでもないといった話をしているうちに最寄り駅に着いた。
家まで送ると言われ、一緒に歩いた。その道すがら、また跡部に謝られた。
「本当にいいって。私も立海と親しくしていたのも事実だし。必要とされて、つい嬉しくなっちゃってさ」
「必要としているのは、氷帝もだ」
跡部のあのまっすぐな瞳で言われ、私は思わず息をのみ、小さくお礼を言う。
家の前に着き、去り際に跡部のシャツが再び目に付く。最近跡部を見ると違和感を覚えていたが、その正体に気が付いた。
「跡部さ、もう氷帝のユニフォームは着ないの?」
跡部が関東大会の初戦の日以降、氷帝のユニフォームを身に着けていなかった。
「もう引退な上に、特に試合もないしな。まあ高校になればまた着るさ」
「……そう。何かちょっと残念かも」
あのユニフォーム好きだからさと伝えると、跡部が目を見開くように驚いていた。え、そんな驚く?跡部はあまり好きではないのだろうか。あのデザインカッコいいと思うけど。今日の立海をみていても、やっぱり氷帝のユニフォームいいなって思ったんだけど。
そう思っていると、跡部がまた明日なと言って去っていく。それと携帯をちゃんと見ろと言われた。なんだったんだ。部屋で放置していた携帯の電源を付けると、あの日から今日まで跡部からの着信履歴がたくさんあった。どうやらいらぬ心配をかけたらしい。
次の日、普通に跡部と共に部活に現れいつも通りな私たちに氷帝テニス部の皆が安心していたという。跡部は相変わらず氷帝のユニフォームではなかった。