第七章
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関東大会決勝が終わった次の日。本格的な夏に突入し、灼熱の中でたけやうめと共に今日もマネージャーをしていた。その夏の暑さ以上に、日吉たちは練習に燃えていた。自分たちが負けた青学が無敗だった王者を倒し、優勝を決めた。そのことが日吉たちを奮い立たせていた。
幸村について心配していたので、手術が無事に終わり、全国大会では恐らく幸村もレギュラーとして参加できるだろうことを伝えた。氷帝が全国に参加できないことが残念でならなかった。
「にしても暑ぃな」
「溶けそうだよね」
「適度に休憩しないとやってらんないね」
「私プールとか海とか行きたくなってきたよ」
「ありあり!」
そんな会話をしながら、今度三人でお出かけしようという話になった。思い返すと、夏休みに入ってからまだ3人そろってどこかに遊びに行くことがなかった。今度の日曜日にせっかくなので3人でどこかに行こうとなった。お祭りや遊園地なども捨てがたいといった話をしながらマネージャー業を進めていく。どこに行こうか。今から楽しみだ。
皆が練習を終え、今日の部活は終了となった。たけたちと共に片づけをし、明日はフリーの日だから誰が行くか確認をして帰宅した。
私はそれから真田に向かうことの連絡を入れ、幸村のいる病院へ向かった。
この神奈川方面へ行く電車に乗るようになったのはつい先月のことのなのに、何回も使用しているからか、窓を流れる風景も見慣れるものになっていた。
連日、お見舞いで病院に行く。2年前のあの日々のようだ。この前父に会ったこともあり、母のお見舞いに行っていたあの日々を思い出す。
もともと病弱ではあったが、女手一つで私を育ててくれた母。笑顔を絶やさずにいた人だった。関東に住んでいたが、何かトラブルがあったのか、私が幼い頃に関西に引っ越した。いつも笑顔で明るく生きていたが、幼いながらも、母は私に心配をかけまいとしていることが何となく分かった。私が中学1年時の冬の訪れの季節、心労がたたり、母は倒れた。
昔から父の存在は聞いても曖昧に笑顔で私の頭をなでるだけ。父は勝手にいないと思っていたが、生きていることを知り、父を悪く言ったら母に厳しく叱責されたのを今でも覚えている。母は父を大切に思っているのだと思った。意味が分からなかった。なんで母がこんなに苦労しているのに父は会いに来ないのか。父に対し怒りばかり湧いてくる私に、母は恨んではいけないといつも諭していた。
そんな父が、冬の真っただ中、母が亡くなったと同時に私の前に現れた。そして、私を引き取ると言った。葬儀をささやかだが行ってくれたことは感謝している。
本当は父に恨み言を伝えたかった。なぜ今頃来るのか。何のために来たのか。ふざけるなと怒りたかった。けれど、母が今わの際に、あの人を信じてあげてなどと言っていたから、私は大人しく頷いた。それに、あの学校にそのまま居続けるのも辛かったから、丁度良かったとも思った。
それから私は父と東京に行き、無駄に広い豪邸と使用人のいる場が自分の家だと言われ、分かったのは、父は御曹司だったということ。庶民の母と御曹司では釣り合わないと、祖父を除き周囲から強く反対されていたのだという。祖母の私への態度で、何となく母がどんな扱いを受けたのか分かった。引き取ると言っておきながら、仕事が忙しいのか、父に会うこともほとんどなく、父の側近と話すことが多かった。
母は恨むなと言ったが、無理な話だった。肩書でしか人を見れない人物たちに嫌気がさしたのもあり、即行ここを出ていくと誓った。そうは言っても中学生という身分は、ままならない点が多すぎた。母から勉強は裏切らない自分の財産と厳しく教えられており勉強はしていたため、その力を使って入学予定の氷帝特待生をもぎ取り、そのまま寮生活に切り替えた。父には決定事項として、側近の人を通じて伝えた。今貰っている生活費も、自立したら突き返すつもりでいる。
そんな家族関係にため息が零れる。降りる駅の案内アナウンスが入り、私は静かに電車を降りる。
病院につき、幸村の病室に向かう際に、どこかの病棟で亡くなった方がいたのだろう。エレベーター付近に警備員さんがおり周囲を確認し、奥にいるストレッチャーを支える看護師さんとその近くにいる家族に何か合図を送っている。自分が経験したことがあるからこそ分かってしまうその様子。今日は嫌にその意識しなければ気が付かないような、そういった様子に目が行ってしまう。
あの冬の日、母が危篤だと伝えられ、焦る私は母の病室付近で思わず人にぶつかってしまうくらい冷静さを欠いていた。顔も見ず軽くお詫びを言い母の病室に飛び込んだ私は、冷たい母の手を握りしめた。泣きじゃくる私に母は父のことを静かに語り、信じてと伝えたのだ。そしてごめんねなど聞きたくもないお詫びを言われ、けど幸せだったと感謝を伝えられ母は息を引き取った。握った手はずっと冷たかった。そしてそれは二度と熱を持つこともなかった。
今日は嫌に過去のことばかり思い起こされる。思い出さないように意識すればするほど、湧き上がってくる記憶に頭を抱えたくなる。
どんな顔を今の私はしているのだろうか、しっかりしなくてはと奮起し幸村のお見舞いに来たことをナースステーションに声をかける。病室にいることを伝えられそのまま向かった。
病室の扉をノックをしても返事がなかった。私は恐るおそる扉を開ける。なかには、幸村がいた。ベッドに横になり眠っている。その様子に過去の母の様子と重なり、胸が痛くなる。
大丈夫、幸村の手術は成功した。そう思っても、今日の私はダメだった。視界が滲む。
幸村と声をかけ、思わず手を握る。
その手は、温かかった。
「生きてる。よかった。幸村……」
生きているに決まっている。勝手に幸村を死なすな私よ。そう自分に自分でツッコミを入れながら、当たり前のことなのに嬉しくてしょうがなかった。
手に握る幸村のぬくもりに、私はあふれてくる涙を止められなかった。