第七章
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まつは携帯の画面を見つめる。先ほど真田から受け取ったメッセージ。これから幸村に連絡を入れること、もし来られそうなら来て欲しいというような内容だった。示された場所に向かうと、真田がいた。真田は電話をしていたが、まつが来たのに気が付き手招きをする。まつは静かに近づく。電話相手は幸村のようだ。
「ああ、予定通り勝ち進んでいる。心配無用だ」
ーこっちも予定通り手術を受けることになったよ。もう迷いはない。
「頑張れよ。手術前にはそっちへ向かう。関東優勝の土産をもってな」
ーああ。……まつはいるかい?
「今かわる」
そう言い真田が持っていた電話をまつに差し出す。まつはそれを受け取り、電話にでる。
「幸村?」
ーまつ。声が聞けて嬉しいよ。
「もうすぐ手術なんだね」
ーうん。予定通り受けるよ。
「頑張ってね」
ーありがとう。必ず勝つから。皆のことを見守っていて欲しい。
「うん。幸村も皆の思いで守られているから、大丈夫だよ」
ー俺は手術後に会えるの楽しみにしているからね。
「ん?それは、私も来いという意味ですかね?」
ー楽しみにしてるよ。
「ワカリマシタ」
ーふふ。また笑顔が引きつってたら頬をつついてあげるんだけどな。顔が見えないのが残念だよ。
「すぐ会えるよ」
ーそうだね。じゃあ真田にかわって。
それから真田に電話を戻し、まつは幸村とのやりとりを眺めている。まつは青学と立海、どちらを応援するかずっと悩んでいた。正直言ってどちらも勝って欲しいと今でも思っている。氷帝を負かした青学には勝って欲しい。そうは思う一方で、立海の試合にかける思い、幸村とのやり取りを通じて自分はどちらかと言ったら立海寄りかもしれないと何となく感じてもいる。たけやうめが青学を応援するならば、私は立海を応援してもいいのかもしれない。勝負というものは難しい。そんなことをまつが思っていると、後ろから名前を呼ばれる。振り向くと越前がいた。
「越前くん。この前ぶり……と、越前くんは知らないか。久しぶり」
「やっぱりまつさん、寝ていた俺を送ってくれたんですね」
「やっぱり?けど、私だけじゃないよ。あの真田と、それから切原も。最寄駅からは桃城が送ってくれたし」
越前は何かを言おうとしたが、電話が終わった真田がまつに声をかける。まつの隣に立ち話す真田を見て、越前はこの二人が知り合いであったこと、その様子から親し気なのも読み取った。また、まつの親しい人と戦わなければならないのかと越前は思った。
「ねえ。だいぶ試合、急いでいるみたいだね?」
「お前の知ったことではない。よしんばそうでなくとも、次の試合で立海大の優勝が決まる」
切り捨てるように言う真田に、越前は理由は答えてくれなさそうだと悟った。そして、先ほどまつに言われた真田が送ってくれたということを思い出し、軽く礼を言う。そんな越前を見ながら真田は切原に本当に勝ったのかと問い、負けていたところまでしか覚えていないと答える越前に、無我の境地かと小さく呟く。この一年は要注意だと思っていそうな目だった。
越前に対戦がないことが残念だと言った後、まつに戻ろうと声をかけ真田はその場から去っていく。
まつは頷き真田と共に行こうとするが、以前たけが言っていたことを思い出し越前の方に向き直る。
立海を応援はしている。けれど、試合がシングルス1に持ち込んだときに、越前が闘志を燃やしていない状態で勝つのは何か違う気がする。そう思ったまつは越前を鼓舞する。
「越前くん。そういえば、たけから聞いたけど、謝る必要なんてないからね。確かに氷帝が負けて少しは落ち込んだけど、あれは真剣勝負。寧ろ、勝った越前くんたちは、そういった負けた人たちの思いも抱えながら前進していかなきゃ。私が誰を応援していてもね」
「まつさん。俺、勝ちます!絶対に」
そう返す越前に微笑みまつは真田のもとに向かう。越前は真田の背中に向かい、「青学をあまりナメないほうがいいよ」と伝えていた。その様子に、まつは真田に「だってさ」と微笑みかけていた。小さく「たわけが」と返していた。
まつは他の試合コートも眺めながら決勝のコートに戻る。柳と乾の試合は既に始まっていた。
かつてのダブルスパートナー同士、データテニス同士の戦い。まつはあの二人の様子から似ていると思っていたが、そうだったのかと試合を見ていたたけたちから聞き納得する。
自分のデータに疑念を抱いた乾が、データを捨てたようながむしゃらさを見せる。しかし、それはかつて4年と2か月と15日前の試合展開になるようにわざと乾がゲームメイクをしていた。それに気が付いた柳。そこから、乾の今までにない奮闘に青学が初の勝利を飾った。
「乾。あいつ意味分かんない汁を作ってるようなヤバいやつかと思ってたけど、なかなかやるな」
「すごい気迫だったね」
それから立海のベンチで幸村の手術の話題があがる。その内容が聞こえた他校もざわついた。
「手術?幸村くん、入院するとは言ってたけど、手術を受けるの?」
「うん」
まつが静かに語り、時計を見る。もうすぐ幸村の手術。この場を去り幸村の元に行くことも考えたが、皆を見守ってほしいという言葉を思い出し、コートに視線を戻す。立海のベンチに戻った柳が真田の鉄拳をまさに受ける瞬間、切原がその鉄拳をラケットで受け止めた。13分で終わらせると話し、コートに向かっていた。
「青学は首の皮一枚つながった感じやな。次は切原と不二か」
忍足が呟き、テニスコートに切原と不二が立つ。切原が不二を挑発している。たけは普段と少し違う不二の様子に何か嫌な予感がし、胸がざわつく。
第4試合が始まった。
今まで勝敗への執着を持てなかった不二は、あの時の氷帝での手塚の戦いを思い出していた。本当の自分はどこにいるのか。勝ちに拘る手塚の姿勢から、自分も本気になれるだろうかと自問自答していた。ふと、自分の試合を見ているたけと目が合う。今まで恋愛にも淡白であまり興味を持たなかった不二が本気になった相手。自分も本気に何かを思えることを教えてくれたたけ。今度は、僕も彼女も好きなテニスでも、本気なれるだろうか、そう手塚とたけに問いかける不二。その一瞬の隙を、切原は見逃さなかった。
「隙、見っけ」
「周助!」「不二!」「不二先輩!」
たけや青学の皆の声が響く。切原のボールを受け倒れこむ不二。起き上がるも、どこかぎこちない動きで切原に押されている。どうやらボールを頭に受け、目が見えない状態で試合をしてるとのことだった。微かに震えるたけを、まつとうめが支える。
「たけ。無理して見なくても」
「大丈夫。本当に、大丈夫だから。ありがとな。私は、何があっても周助の試合を見届けたいんだ」
目が見えない中、すさまじい集中力を見せ勝利に固執する不二の姿を、たけは固唾をのんで見守っていた。押されはじめた切原から目の充血の消え、プレイスタイルが変わった。その様子に何事かと驚くまつとうめ。
「あれは、無我の境地?」
「たけはやはり知っていたか」
己の限界を超えたものだけがたどり着けるという境地。たけは跡部と共に皆に解説をする。切原の怒涛の攻撃が続き、すさまじいスマッシュに不二のガットが破れる。返せる確率3%と呟かれる中、越前のとっさのアドバイスで返球を決める。またあのスマッシュが決まると思ったが、握力が追い付いていない切原の手に、ラケットはなかった。
極限まで集中力が高まっていた不二の勝利で試合は幕を閉じた。
試合後の握手をしたとたん、切原が不二に倒れこみ、まつはその様子がこの前の越前と似ていると思った。まさか、真田がつぶやいていたように越前もさっきの無我の境地になっていたのだろうかと思い、越前を見ると何かを思い出したかのような顔をしていた。
今までここまで王者立海を追い詰めたチームがあっただろうかと皆が思う。
立海と青学の最終試合が始まる。真田がコートに立つと同時刻、幸村も手術室へと向かった。
「この試合でどちらが優勝か決まる」
固唾をのみ、全員が試合を見守る。序盤は無我の境地で対抗していた越前が、無我の境地の副作用で疲労を重ねていく。王者の風格をみせ、徹底的につぶしにかかる真田だったが、粘る越前に風林火山を攻略される。そして、試合はタイブレークに突入し、越前が一か八かの賭けにでた勝負に勝ち、青学が勝利を収めた。
ゲームセット。ウォンバイ青学。
青学関東制覇のアナウンスが鳴り響く。
王者奪還を誓い、立海は円陣をくむ。全国でのリベンジを青学に語っていた。王者の敗北。あってはならない事態に、立海は更なる結束を誓っていた。
試合後の挨拶が終わり、たけは青学の元に向かい不二たちと喜びを分かち合っていた。たけに続くようにうめも忍足や芥川、向日、鳳、宍戸たちと共に青学に向かった。
「青学の奴ら、やりやがったな。で、まつはいかないのか?」
「跡部。……うん。氷帝に勝った青学が勝ってもちろん嬉しい。けど、私は、いろいろ訳があって立海をどちらかというと応援していたから」
「そうか」
「それに、今は不二とたけを二人にしてあげたいし」
「あの二人、かなり親しそうだったが何かあったのか」
「跡部さん、気が付かないんですか」
「日吉。景吾君って意外とそういうの鈍感なんだよ。ね樺地」
「ウス」
「あーん?」
跡部はたけと不二、うめと忍足が以前より距離感が近い様子が気なっていた。それに、自分の知らないところで、想像以上に立海と親しくなっていたまつにも少し驚いた。素直に疑問を口にしたが、日吉や滝や樺地に有耶無耶にされた。
離れたところにいるまつに気が付いた越前、海堂、乾が、手を振ったり挨拶をしていた。まつも控えめではあったが笑顔で振り返していた。そして、後ろから大きくまつの名を呼ぶ声がする。まつと跡部たちが見ると、そこには立海のレギュラー陣がいた。まつの名前を呼んだのは切原だった。
「ちょっと立海の方に行ってくるね」
「……ああ」
行くなと言おうとした自分に、跡部は少し驚いた。立海の元に行き、囲まれながら話しをしているまつ。先ほどのやりとりから、立海だけでなく青学にも親しそうな人物がいるまつ。真田と話している様子を誰かが「あの真田が今まであんな風に女の子と話していることあったか」「珍しい」など零している。跡部は、その様子、まつの口から立海という言葉がでる度に、胸に何かが閊えるような思いを抱える。その思いを拭うように、跡部は徐に携帯をとりだし、どこかに連絡を入れていた。
そのまま関東大会表彰式が行われた。
全国大会に出場する6校が発表されたが、もちろん氷帝はいない。まつは表彰式を見つめていた。準優勝のトロフィーを、真田たちは優勝以外は無価値と言い放ち受け取りを拒否した。
表彰式の前に、立海の皆と終了次第すぐに幸村の元に向かう約束をした。たけとうめにはそのこと伝えていたため、式が終わり、また明日と挨拶をして立海の元に向かう。二人と共に見送る氷帝と青学のレギュラー陣も、幸村の手術が無事に成功するようにと祈っていた。
そんな中、跡部がまつを呼び止める。
「バスを外に待たせておいた。それで立海の奴らと共に行け」
「跡部」
「幸村にここでくたばるのは許さねえと伝えておけ」
そう言い、跡部は行くぞ樺地と言って去っていく。その背中にまつはお礼を言い、立海の皆と共に幸村の病院へと向かった。
跡部がヘリコプターでなくバスにしていたことを褒めた忍足は跡部に「ヘリじゃ全員乗れねぇだろ」と軽くどつかれていたとか。それに対し、その場にいた者はそういう問題じゃないとツッコミを入れていた。