第七章
Name Change
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ちくしょう。どうして、どうしてこうなっちまったんだ。
俺は茫然とスコアボードを見る。
今日、幸村部長が今までの様子に戻った。いや、今までよりも気迫が増していた。部長は手術をする。しかも関東大会決勝の日に。テニスと病気、全然違うものだけど、当日同じように部長と戦えることが嬉しかった。何より、あの一昨日のような辛そうな部長はもう見たくなかった。
絶対に勝つ、改めて無敗を誓ったばかりなのに。なのに、俺は……。
そもそものことは昨日のことだ。
昨日、真田副部長だけが部長のお見舞いに行くとなった。けれど、なんやかんや俺たちはこっそり後から付いていった。
病室の外で、部長と副部長が話している内容に耳をすます。静かに語られた内容に、俺たちは息を殺して顔を見合わせた。そして、部長がまつ先輩のことを語った。あの日俺たちが帰るときに、病院の入り口で会ったまつ先輩。あの後、部長と話をし、部長を勇気づけたらしい。部長がまつ先輩を今までみたいにさん付けでなくまつと呼んでいることからも、信頼を寄せていることが分かった。
氷帝のマネージャーであるまつ先輩。俺が危険な目に合わせてしまったことがあり、はじめは怖がられたりするだろうと思っていたが、普通に接してくれた。明るくて話しやすいし何より優しい。一緒にいて楽しいので、氷帝じゃなくて立海のマネージャーでいてくれればと何度思ったか。その先輩が部長を支えてくれたことが本当に嬉しかった。
そんな先輩が落ち込んでいる様子を見たときは俺は苦しかった。関東大会初戦のあの日、慰めの言葉も見つからないし、ただただまつ先輩を悲しませた負けた氷帝と勝った青学に自分でも理不尽だとは思うが、怒りがわいた。俺たちなら負けない、絶対に全国大会の決勝まで行く、そういう思いを込めて言葉にしたら笑ってくれた。あの後、一緒にいた真田副部長と柳先輩がなかなか良かったと褒めてくれた。
そんなことを思いながら、ジャッカル先輩と今週ある関東大会の決勝の話をしていた。青学、正直言ってあの試合で手塚さんが外れたことからも、余裕で勝てると思っていた。あの人を潰すことも考えて大会に向けた準備をしていたが、それもなくなった。
そしたら突然、声をかけられた。見ると、青学のレギュラージャージを着たチビがいた。こいつは確か、氷帝と青学が戦ったとき、補欠の試合ででていた1年。こいつが日吉に勝ったことで、青学の勝ちが決定し、氷帝の大会が終わった。まつ先輩が悲しむことになった原因の一つ。生意気なことを言ってきたため、次の日に俺の通うテニスクラブでの試合を約束した。
そして今日。幸村部長が元気になって嬉しくなっている中、約束の時間が近づいたため俺はジャッカル先輩とテニスクラブに向かった。
青学のチビ、越前は約束通り来ていた。
はじめは余裕だと思った。公式戦前だしサクッと勝利して終わるつもりだったが、なかなか粘るあいつに、つい力が入っていつしか奴を潰すことに意識がいっていた。そんな中、突然奴の動きが変わった。
それからプレイスタイルが変幻自在になった越前に圧倒された。この感じ、あの時立海に来て3人の化け物と対峙した時と同じ。俺が今までやって来たテニスは、ここまでが限界なのかと思った。ちくしょう、限界を越えてえ。
結果は6-4で俺の負けだった。俺は再びスコアボードを睨みつける。いくら睨みつけても結果は変わらない。
「赤也っ!!」
真田副部長の声がする。立海の先輩たちが来たのか。ジャッカル先輩が連絡したのだろうか。
「すみません……負けちまいました」
言うと同時に激しい衝撃がきて俺は倒れこんだ。真田副部長の鉄拳。真田副部長や先輩たちに、負けたこと、公式戦前に対戦予定である相手選手を潰そうとしたと、それらを指摘される。冷静になれば、明らかに俺が悪いため返す言葉もなかった。
「切原。立てる?」
「まつ先輩。どうして」
「幸村のお見舞いに行ったら、皆もいて。帰ろうとしたときにジャッカルから連絡が来たから」
「……俺、先輩の仇をとりたくて」
「私は越前くんを仇なんて思っていないよ。切原、もうすぐ決勝でしょう。相手を大切にして。それから自分もね」
「はい。すみません、でした」
「全く、普通の時は素直なのに、興奮すると本当に周りが見えなくなるんだから。けど、ありがとね」
そう言い、俺に手を差し伸べる先輩。素直に手をとり、起き上がる。改めて謝罪を口にし、対戦相手であった越前はどうしたか聞く。どうやら、入り口のところで真田副部長と会った時に気を失うように倒れこんだらしい。大丈夫か心配したが、どうやら疲労で眠っているだけのようだった。
まつ先輩が誰かに連絡をしていた。たけ先輩と話しているようだ。
電話が終わり戻ってきたまつ先輩に柳先輩が声をかける。
「どうだまつ」
「うん。たけが青学の人と仲良いから聞いてみた。桃城が越前くんの家は知ってるみたいだから、あっちの最寄駅まで迎えに来てくれるって」
「そうか。手間を取らせてすまない」
「大丈夫よ。さ、電車乗っちゃえばすぐだし」
まつ先輩が越前を支えながら歩き始めようとする。真田副部長がそれを止め、まつ先輩から越前をとり、背中に抱える。
「真田がおんぶすると、ほんとに保護者みたいだね」
「下らんことを言うな」
「はいはい。もしかして、一緒に駅まで来てくれるの?」
「当然だ。こやつがこうなった原因は俺達だ」
「さすがお父さん。ありがとう」
「おい誰がお父さんだ!」
そう言いながら、真田副部長は送って来ると皆に伝える。それをみて柳先輩が「赤也。お前もだ。一緒に行って、無事に駅に届けるんだ。それで反省をしろ」と言い、俺も付いていく。付いていきたかったからありがたかった。
それから一緒に電車に乗り、越前を挟むように俺達は座った。電車に揺られながら、真田副部長と普通に会話をしているまつ先輩。真田副部長の横顔はどこか穏やかだった。
「またジャッカル殴られてたね。いくらジャッカルが心臓4つあると言われているからって……ちゃんとメンタルケアしてあげてね」
「心臓が4つある訳なかろう。4つの肺を持つ男とは言われているが」
「あれ、心臓じゃなくて肺だったか」
話している内容はこんな内容だが。ちょっと先輩って天然入ってそう。
駅につき、改札をでて越前を駅前のベンチに座らせる。越前はまだ寝ている。よほど体力を使ったのだろう。少し申し訳ない気持ちももちながら、絶対に次の決勝で勝ってやると心で宣戦布告した。
「わざわざここまでありがとう。助かった。桃城ももうすぐ着くかな。明日も早いだろうし、決勝近いんだから、もう大丈夫だよ」
俺達としては引き渡すまで残ろうと思っていたが、まつ先輩が全く折れなかったので、言葉に甘えて帰ることになった。無事に引き渡せたことを伝えられるように、真田副部長とまつ先輩が連絡先を交換していた。ズルいと言って、どさくさに紛れて俺も連絡先を交換させてもらった。
「決勝、頑張ってね!」
そう言い手を振るまつ先輩。俺は手を振り、真田副部長と一緒に帰りの電車に向かう。
行くときは穏やかだった真田副部長の顔が俺と二人きりになり、いつもの険しい顔に、いや、今回は俺がやらかした後というのもあり、いつも以上に怖い顔をしていた。そして、お説教された。
柳先輩。俺、「反省しろ」という言葉、ちゃんと守りました。
それから無事に越前を引き渡せたという連絡が入り、俺たちは安心した。最後まで一緒でなく済まないといった内容を真田副部長が送っていた。
関東大会決勝、幸村部長の手術まで、あと3日。