第六章
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柳から言われた病室のある階へ向かう。ナースステーションに、幸村のお見舞いであることと、差し入れは可能かどうか確認した。看護師さんが、「なら夕方の検温しちゃおうかしら。ちょっと待っていてね」と言われ、病室の外で待っている。差し入れはどうやら問題ないようだ。よかった。
幸村は個室で入院しているようだ。内容ははっきりとは聞こえないが、話をしているのが何となく分かる。私は幸村の病室の前に立ち、入院患者さんが看護師さんに連れられて歩いている様子や、看護師さんが忙しなく動いている姿、ナースコールをとっている様子をぼんやりと眺めている。どこの病院も同じような光景があるのだななんて思っていると、病室のドアが開き、幸村の部屋から看護師さんが出てくる。お待たせといった合図をされる。
「幸村君、お見舞いがまた来ているよ。今日はもう検温終えたし、夕食までゆっくりしていていいからね」
そう看護師さんがウインクをしながら去っていった。何か勘違いしていそうだが、私はありがとうございますと頭を下げ、看護師さんと入れ替わるように私は幸村の病室に入ろうとする。
「帰ってくれと言ったはずだ」
中途半端に扉が開けたまま、幸村の冷たい物言いに固まる。
幸村はこちらを見ずに、窓の方を見ている。確かに部屋に入ろうとした私に向かって言ったのには違いないだろうが、今一つ意味が掴めない。帰ってくれ、と前に言われたことがあったか考えるも思いあたる節はない。
ふと、先ほどの立海の皆の様子を思い出す。幸村のお見舞いを終えた後だと言っていた。あの皆の雰囲気からして、幸村とテニス部で何かあったのだろうか。
どうしようか悩んでいたが、とりあえず挨拶はしておこうと思い幸村の名前を呼ぶ。そしたら、幸村が驚いたようにこちらを見る。目と目が合う。
「……えーっと。こんにちは。あ、今はこんばんはに近いかな。久しぶり」
先ほどの氷点下の雰囲気をまとっていた幸村が少し暖かさが戻ったように見える。そうは言っても、以前とは雰囲気が違う。
挨拶をして、無言の空間が生まれる。え、気まずい。どうしよう。……もしかして忘れられてる?お見舞いの病室を間違えたヤバい奴だと思われている?確かに最後に会ったのは合同練習の時だし何ならその前にも1回しか会ってないし。先ほど会った立海の皆が気さくに話してくれたから忘れていたが、ほぼ初対面に近い奴だったことを思い出した。
「氷帝3年の松山まつです」
「知ってるよ」
「あ、そうでしたか」
自己紹介がてら名前を言うもバッサリ切られる。またも無言。知ってるんかい。把握しているんかい。じゃあなんだこの無言。やめてくれ辛い。まっすぐこっちを見ているのも怖いから。
「えっと、幸村。何か、あった?」
「何かあるからここにいるんだろ」
「そ、そうですよね」
き、気まずい。
以前会ったときの雰囲気とまるで違う幸村に戸惑う。ジャッカルが今日はやめた方が……と言っていたのはこうだと分かっていたから?けど、皆が頼んだって言ったのはどういうこと?
「真田たちに言われて来たの?」
「うーん。確かに真田たちには病院の入り口でばったり会ったけど、今日お見舞いに来たのは誰かに言われたからって訳ではないよ」
「……そう。真田たちから何か聞いた?」
「関東大会順調に勝ち進んでるって伝えたって」
「それだけ?」
「?なんか幸村のこと、頼んだとか言われたけど」
幸村は何を気にしているんだろう。何かを確かめるように探りを入れてくる。けど、この様子からしてテニス部の皆と何かあったのだろう。戸惑いながら答える私をまっすぐ見据える幸村がふと視線を逸らす。また無言の時間が流れる。私はとりあえずお見舞いの品を「看護師さんから許可は貰ったから、気が向いたら食べてね」といって机に置く。冷蔵庫にしまってもいいかと聞くと頷いたため、私は冷蔵庫にしまう。さて、何かいても迷惑そうだし退散しようと思い扉に向かう。
「どこに行くの?」
「?帰ろうかなって」
「来たばかりじゃないか」
「いや、いても迷惑そうだし」
「一言もそんなこと言っていないよ」
「無言だったもんね」
その無言から、全力で邪魔だと読み取ったんですが。違うんかい。
「ごめん。言ってもらわないと分からない」
「意外と言うね。けど、まあそうだよね。こっちこそごめん。まつさん、ずっと立ってるだろ。こっちに座りなよ」
少し幸村の雰囲気が柔らかくなった。そう言われ私は恐るおそる示された椅子に座る。そこでもまた無言の時間が続く。
どうしよう。
気まずいので、とりあえず買ってきたケーキの説明をしておいた。好みが分からなかったので何種類か用意したが、嫌いなものはなかったでようで安心した。ここのモンブランとマンゴータルトが美味しいことや、モンブランといえば今日会った厳つい人とモンブランの組み合わせが可愛いかったことや、このお店で偶然出会った男女が付き合っているといったことなど至極どうでもいいような内容を語った。
話していく内に、以前の幸村に戻ってきていた。会話をし、少し笑いあう。そんな中、ふと幸村が暗い顔をしてこちらを見る。
「まつさんは真田たちと何かあったのか、聞かないのかい?」
「え。まあ、そりゃあちょっと気にはなるけど、幸村が話したくなさそうだったから。そんな無理して聞く必要もないかなって」
「ふふ。やはりまつさんは面白いね」
「面白い?」
うんと頷く幸村は静かに語り始めた。先ほど部屋に入ったときに言われた「帰ってくれ」というのはやはり真田たちに向けた言葉だったらしい。
その理由を聞き、私も衝撃を受けた。
入院し精密検査結果が出そろい、免疫系の病気の診断がでた幸村。そんな中、医師と看護師の会話が聞こえてきたという。その内容は、二度とテニスができないだろうというものだった。
「俺からテニスを取ったら何も残らない。今まで、テニスが再びできると思って入院して検査を受けていた。皆もそれを信じていた。必ず戻ると。その結果が、これだ。そんな中でテニスの話をする真田たちに理不尽な怒りをぶつけてしまったんだよ」
希望が絶望に塗り替えられたこと、約束を守れないことへの自身への怒り、そういった様々な感情を抱えた幸村は八つ当たりのように真田たちに当たったのだろう。そんな自分にも嫌気がさしていそうだ。だが、言われた真田たちもきっと、その幸村の思いを分かっていた。だからこそ、今日は身を引いたのだろう。
苦し気に話す幸村をみて、頼んだと言われた意味が少し分かった。けれど、私には荷が重すぎる。こんな私に何ができるというのか。幸村を慰めるような気遣うような言葉を出せないでいる私は、布団を握りしめる幸村の手を掴んだ。
「幸村。……それで、医者と話したの?」
「何も考えたくなかった。何も聞きたくなかった。直接はまだ話していない」
「きっと、何か方法があるはず。まだ希望はある、と思う。ほら、夜明け前が一番暗いとか言うでしょ。きっと今は真っ暗だろうけれど、明けない夜はないはずだから」
「希望的観測だね」
「けど、諦めなかった人に勝利は来ると私は思うよ」
勝利という言葉に幸村が反応した。まだ可能性はゼロじゃない。それなら諦めたくない。そう言う私に幸村がほほ笑む。
「ありがとう、まつ」