第五章
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関東大会初戦。激しい攻防が繰り広げられ、青学がリーチをかけた状態でシングルス1に持ち込むこととなった。
声援が鳴り響く中、跡部がジャージの上着を脱ぎながらベンチからコートに向かおうと立ち上がる。声援を全身に浴びながら手を挙げる。
「勝つのは」のところで跡部が指をならし、コールが止まる。先ほどまでの歓声が嘘のように、静寂がコートに訪れる。
「俺だ」
そう言い、片手に持っていた上着を私に投げ、私はとっさにそれをキャッチする。
「まつ。俺様の試合、しっかり見とけ」
そう言いコートに入り、跡部は手塚と握手を交わしていた。この前の合宿の時と同じ挨拶をしている。
跡部と手塚。どうやら初対決らしい。
試合が始まる。激しい打ち合いの中、跡部が手塚に「ケガはもういいのか」といい、青学側のベンチがどよめく。聞こえてきた内容では、手塚は1年の時にとんでもない先輩からラケットで肘を思いっきり殴られたらしい。
「その先輩、スポーツマンシップもあったもんじゃねぇな」
そう吐き捨てるたけ。
跡部が押され気味であったが、榊がそろそろ主導権を握れと跡部に言う。それに「もう握っていますよ」と自信あり気に跡部は言う。
どうやら手塚の肘は完治したようだが、その肘を庇いその負担は肩へと向かっていた。普通の試合であれば何てことなくても、長期戦そして跡部のような全国区レベルの選手との試合では肩の限界を迎えるリスクがある。それを跡部は見透かしていた。あえてスマッシュを決めず、持久戦を持ち込む跡部。
「そんな、手塚さん」
「真剣勝負ってもんはこういうものだ」
うめが手塚の姿を見ながら呟く、そんなうめにたけが言い聞かせるように伝える。
自身の腕より青学の勝利を選ぶ手塚。跡部の挑戦を真っ向から受ける手塚。先ほどの河村と言い、青学の選手も勝利のみを見据えている。
「破滅への輪舞曲」と言い、跡部がスマッシュを放つ。ラケットを握る手をあて、相手選手がラケットを落としたところでスマッシュを確実に決める技だと以前に教えてもらった。しかし、手塚は一瞬でラケットの面に当てていた。とんでもない人だ。
あと一球。あと一球で手塚の勝ちが決まる。
跡部と内心で呟き、私は手塚のサーブ姿を見つめる。しかし、手塚はサーブを放つことはできず、その場で肩を抑え蹲る。
「手塚部長」「手塚」そう青学の選手たちがコートに入ろうとするが、手塚が止める。あんな声を荒げる手塚をみて、彼の青学への思い、勝利への思いを痛いほど感じた。跡部は黙ってその様子を見つめていた。
「跡部のヤツ、全く嬉しそうじゃない」
そう氷帝のテニス部から呟きが聞こえる。
試合はタイブレークに突入した。
「なんてタイブレークなんだ」
こんな長いのは今までみたことないと皆が口々に呟く。テニス経験のあるたけも驚きをあらわにしながら試合にくぎ付けになっている。跡部も手塚のみせた執念に賞賛を送るように、一球一球に全力をぶつけポイントを重ねていく。
手塚の放った零色ドロップを執念で返した跡部。それをこの状況下でも自身の元に戻るように回転をかけており、リターンした手塚。跡部の体勢から、万事休すかと思ったが、ボールはネットにかかった。
「ゲームセット」
コートにその言葉が鳴り響き、跡部の勝利が決まった。氷帝コールが再び大きく響きわたる。
そのような中、握手を交わした跡部が手塚の手を掴み、空に掲げる。いつもはお喋りな、派手好きな跡部が言葉もなく手塚の栄誉を讃えている。
なんて試合だったんだろう。皆がその試合に魅せられていた。
ベンチに戻ってきた跡部は「タオルだ」とだけ呟き座る。樺地にタオルを手渡し、樺地がかけた。
あんな跡部と手塚、はじめて見た。
私は黙って跡部の傍に立った。言葉は何もかけられなかった。いや必要なかった。ただただ跡部から受け取っていた上着を握りしめていた。
シングルス1が氷帝の勝利となったことで、控え選手同士の試合となった。控えは今回から正レギュラーとなった日吉だ。正直言って日吉まで試合は回らないと思っていた。
相手は青学1年生レギュラーの越前くん。
日吉の方をみると、日吉は黙って私を見て頷く。日吉の初試合が、部長の跡部が必死にもぎ取った控えの試合、全国大会行の切符をかけたこんな重圧の試合になってしまった。頑張れ、頼んだ、どの言葉も日吉への負担になってしまうと思うとなんと言っていいのかわからなかった。「行ってらっしゃい」それだけだ。
座っている跡部に預かっていた上着をかける。跡部は顔を上げ、日吉に「何としても勝て日吉」と呟く。
試合は白熱していた。日吉の独自のスタイルで相手を押すも、日吉の勝利は叶わなかった。
敗北に泣きじゃくる日吉に氷帝の皆が近づく。
「日吉。頑張ったね。お疲れ様」
「まつさん、俺。……すみませんでした」
それから絶えず謝罪を口にする日吉に、謝るなと皆が伝える。
関東大会初戦。氷帝対青学は氷帝の敗退、全国行きの切符を争う権利を手にしたのは青学という結果で終わった。