第二章
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都大会での不動峰戦での敗退後、私たちは5位決定戦で聖ルドルフ学院と戦うことになった。
今までずっとシングルス1で出ていた跡部がシングルス2に出たことが、相手選手の予想と外れたのか、最後に跡部が勝利し関東大会への切符を手にした。
小川と近林は前回の不動峰戦に続いて負けたとこに相当悔しかったのか、練習にも気合がいつも以上に入っていそうだった。
皆の練習風景を見ながら、今までいた人物がいないことに寂しさを覚える。
宍戸はあれからいつもの場所とは違うところで練習をしているのか、みかけなくなった。
練習後、不動峰に挨拶してくるとか意味不明なことを言ってレギュラー陣はどこかに向かっていった。よほど悔しかったのだろう、どうせ跡部のことだ、関東で待ってろとかそんなことを言いに行ったんじゃないだろうか。恥ずかしくて泣ける。
私はたけたちと片付けをしながら他愛もない会話をしていた。宍戸の話題はあれから何となく皆避けている。
完全実力主義の氷帝テニス部。一度の負けでも、容赦なくレギュラーから外されることもある。ましてやあの負けで、氷帝全体の負けが決定してしまったのだ。準レギュラーが試合にでるとき、正レギュラーは絶対に負けてはいけない。あの跡部の思いも、正レギュラーが絶対の実力があってこそ成り立っていたものだった。そんなことを思いながら、やるせなさも抱えていると片付けも終わりあとは着替えて帰るだけとなった。
ふと部室椅子のところに宍戸の荷物があることに気が付いた。まだどこかにいるのだろうか。
「まつー。最近おいしいケーキ屋ができたみたいで、これから、うめと寄り道して帰るけど一緒に行かね?なんでも今日夕方から限定で発売されるお菓子があるらしい」
「限定のお菓子以外にも、モンブランがとっても美味しいんだって」
モンブラン好きの私にとって、二人の誘いは是非とも行きたいものだ。けれど、宍戸のことが気になって仕方がない。今日は財布も持ってきていないし。
「めっちゃ行きたいんだけど、今日財布持ってきていないからまた今度にする。感想教えて」
「えー残念。まあまつ、奢られるのも嫌がるしなぁ。仕方ないか。おっし、任せとけ!何が美味しかったかレポ書いて渡してやる」
「どんだけ食べる気なのたけ」
「糖尿まっしぐらー」
「うるせー!」
そんなやりとりをしながら、二人は先に帰っていった。すれ違い様、たけはよろしく頼んだとでもいうように私の肩を叩いた。
「さてと」と声をだし、私は再びコートの方へ向かう。
テニスコートは無人だった。どこにいるのだろうか。困った、と思っているとどこからかボールを打つ音が聞こえた。
音のしたもとに行くとそこには、壁打ちをしている宍戸がいた。その表情は見たことがないほど必死だった。がむしゃらといった言葉がぴったりだ。けれど、どこか心ここにあらずだ。
「宍戸」
「……!!」
声をかけると驚き振り向く。手を止め、こちらを見るが、すぐに目をそらし、舌打ちをしてまた壁打ちをはじめた。雑念を払うかのように、一心不乱に壁打ちをしている。
宍戸を探し、声をかけたが、自分は何をしにきたのだろう。実際に宍戸を見て、なんと声をかけたらいいか分からず、ただ、必死に壁打ちをしている姿を見つめるしかできなかった。
それから少しして、凹凸部分にでもあたったのか、低めに変な方向に跳ね返ったボールを拾おうと宍戸が走る。しかし僅かに届かず、宍戸はスライディングするように転んだ。
宍戸と声をかけ、彼の元に行く。近くにいき彼が傷だらけなのが分かった。倒れている宍戸に大丈夫かと声をかける。
「うっせぇ!」
伸ばした手を跳ね除け、宍戸が起き上がる。聞いたことのない宍戸の怒鳴り声に少し驚く。起き上がった宍戸の膝からは血がにじんでいた。
「宍戸……」
「邪魔だ!あっち行ってろ!」
「けど、そのケガでやるのは……」
「お前には関係ないだろ!どけ!」
「こんの頑固者!!」
すべての言葉を拒絶するように声を荒げる宍戸に、さすがの私もつい大声で言い返してしまった。それに驚いたのか宍戸が一瞬言葉に詰まる。
とりあえず、足のそれは手当てして冷やした方がいい、そう言い問答無用で宍戸を部室へと引っ張っていった。
部室に向かう道のりも、離せだのなんだの言っている宍戸に、私は立ち止まり向き直る。
「今の宍戸。はっきりいって、激ダサ」
「なんだと」
「悔しいのは分かる。努力してたのも知ってる。……けど、やけくそにならないでよ」
はじめは怒りの表情をしていた宍戸は、押し黙って聞いている。
「宍戸の努力家なところさ、皆買ってるんだよ。後輩とかからよく、宍戸を目標にしているって声も聴く。私は、宍戸にその努力を、自分を否定してほしくない」
「……まつ」
驚いたような表情をして静かになった宍戸に笑いかけ、私はまた前を向いて部室に向かう。もう引っ張らなくても宍戸は後ろからついてきていた。
「かっこ悪いところ見せたな」
部室につき、絆創膏を足に張っているときに宍戸がつぶやく。
「小川たちが負けたとき言った言葉、まさか自分にそのまま帰ってくることになるとはな。油断していたのは俺だった。けど、それ以上に悔しかったのは圧倒的な実力差だ。俺は、他の奴らと違って天才肌って感じじゃねぇからな。努力でそいつらを見返すことができると信じていたし、今までもそれで何とかしてきた。だがあの試合で、やはりどんなに努力しても敵わない奴がいる、それを痛感して……。お前の言ったとおりだ。やけくそになってた」
ぽつりぽつりと語る宍戸。はじめてきく宍戸の本音に静かに耳を傾ける。お前に気が付かされた、俺って激ダサだなという彼は普段の宍戸に戻っていた。
「まだまだ努力できるよ宍戸。敵わないなら今以上にまた努力すればいい。私は宍戸ならできるって信じてる」
ははと笑いながらお礼を口にする宍戸の膝に氷を当てる。冷た!と声を上げる宍戸にぐりぐりと氷を押し当てる。
「それに、宍戸。アンタは一人じゃないよ。宍戸のことを信じている人はいっぱいいる」
ね。と部室のドアに向かって声をかけると、ドアが開き申し訳なさそうに入って来る人物に宍戸が驚く。
「長太郎」
「宍戸さん!一緒にまた試合出ましょう。やりましょう!」
「おう!ちょっと練習付き合ってもらうぜ、長太郎」
「はい!」
鳳と宍戸のやりとりに自然と笑みが零れる。彼はきっとまたレギュラーに戻るだろう。そう思わざるを得ない。
以前跡部にノートを見られた時、私が努力家だと思うと記載していた上に、努力の天才と跡部は記していた。
「そういえば、不動峰へのご挨拶は終わったの?」
「はい!宍戸さんの仇と思って行ってきましたよ!」
鳳がここにいることは、と思い疑問をくちにしたが、キラキラとし瞳で握りこぶしをつくりながら言う彼に思わず苦笑した。そんな後輩の姿に宍戸は頭を抱えている。恥ずかしい連中だ、ときっと宍戸も思っていそうだ。
「なにやってんだよ跡部のヤツ……」
「アホ部だから仕方ないよ」
それから宍戸は鳳と血の滲むような特訓の日々を送っていた。