テニスの王子様SS
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今日は三月十四日。ホワイトデー当日だ。
放課後の校門前。どこか落ち着かない心に、腕時計を何度も確認してしまう。胸がそわそわと波打つのを感じながら、私は手をぎゅっと握り、空を見上げた。
今日は雲一つなく晴れ渡っている。「寒の戻りがありましたが、週末は春の陽気になるでしょう」と朝の天気予報で言っていたのを思い返した。その言葉どおり、冷たいはずの風も今日はどこか柔らかい気がした。
ふと、校舎の時計が目に入った。約束の時間まで、まだある。
先月のバレンタインデー。勇気を出してチョコを渡したとき、謙也は目を丸くして叫んだ。
「俺に?!ホンマ?!」
ドッキリじゃないかと周りをきょろきょろ見回して、最後には満面の笑みでこう言った。
「三倍返しや!」
あの勢いのままなら、きっと今日も大騒ぎで来るんだろうな。そう思うと思わず口元が緩んだ。
「なまえ――!」
聞き慣れた声が遠くから飛んできた。
声の方に振り向くと、全力でこちらへ走ってくる謙也の姿。相変わらずのスピードだ。風を切りながら勢いよく現れた彼は、私の目の前でぴたりっと止まった。全速力なのに全く息を切らさず、涼やかな顔をしている。
「待たせた?!」
「全然」
返事をすると、謙也は明らかにほっとしたように肩の力を抜いた。
けれど、次の瞬間からそわそわが止まらない。
ポケットに片手を突っ込んでは出しを繰り返している。ついでに頭をがしがしとかいたりしている。落ち着きのない仕草に、思わず笑いそうになるのを堪える。
「えーと、その……」
いつものスピードスターの勢いはどこへやら。少し小さくなった声が、逆に可愛らしく感じた。
「ほら、覚えとる?」
「何を?」
わざとらしく知らぬ顔をして首を傾げると、謙也は背筋を伸ばしてドンッと胸を叩いた。
「三倍返しや!」
そう言って、背中に隠していた袋をずいっと勢いよく差し出してきた。
思わず受け取る。紙袋のざらりとした感触と、中身のずしっとした重みが伝わる。紙袋は思っていたより、ずっと大きかった。
「……え?」
思わず声が漏れる。
「三倍どころか、もっとあるんじゃない?」
袋の中には、クッキー、チョコ、キャンディ。綺麗に包まれた小さな箱まで入っている。どれも丁寧に包まれている。包み紙の色が目に映り、思わず微笑んでしまう自分がいた。
謙也は恥ずかしそうに頭をかき、視線をそらした。
「いやぁ……どれくらいが三倍か分からんくなってな」
「それで?」
私の問いかけに、彼は少し間を置き、ぽつりと告げた。
「足りひん足りひん思ってたら、気づいたらこんな。白石に『袋デカすぎやろ』って笑われたわ」
思わず吹き出すと、謙也もつられて笑った。その笑顔に、胸がぎゅっと温かくなる。
そして、少しだけ真面目な顔つきになった。
「せやけど」
その声は、いつもより静かに柔らかく耳に届く。まっすぐ私を見つめている。
「ほんまは、三倍とか関係ないねん」
言葉に少し躊躇したあと、瞳が輝きを増した。
「バレンタイン、めっちゃ嬉しかったから」
一瞬、言葉を探す様子を見せた。
「ありがとう」
そう言って、謙也はにかっと笑った。先月と同じ。太陽みたいに、まぶしい笑顔だ。
胸の奥がくすぐったくて、でも同時にぽかぽかと温かい。
春の風が通り過ぎたあと、心にそっと笑みが残った。
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