過去拍手文(二十四節気)
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空は紅に染まり、鈴のような澄んだ音が響いている。
激闘を繰り広げた全国大会が幕を下ろした。それも相まって、夕暮れ時に響くヒグラシの鳴き声が、どこかもの寂しさを募らせる。
手にしている準優勝の盾を撫でる。
立海大附属の三連覇。それを掲げてここまで来ていた。
けれど、今年、優勝旗をはためかせたのは青学だった。関東大会に続いて、無敗であった部長の幸村先輩たちに敗北という二文字を与えた青学。だが、先輩たちは悔しさももちろんある中でどこか納得したような、何か気付かされたような雰囲気だった。同い年の切原君は大号泣だったが。
先輩たちは来年は高校生。来年は残された私たちがリベンジを果たさなければならない。切原君や玉川君たちと共に。
「よし、頑張るぞ!」
マネージャーとして来年こそは!と自身に喝を入れる。一息ついて、持っていた盾を部室の棚に飾った。
さあ、これも置いたし、帰ろう。そう思って部室をでた。
出た瞬間、扉の横にいた人物に驚く。その人は壁に背中を預け、腕を組んでいた。その精悍な姿に微かに心臓の鼓動が早まった。彼の様子からしてまるで、何かを待っていたかのようだ。
「真田先輩?」
「……行くぞ。もうすぐ暗くなる」
はい、と返事をしてその背中を追う。相変わらずの迫力に思わず素直にはいと言ったが何故先輩がここにいるのか疑問がわく。
「もしかして、待っていてくださったんですか?」
「暗くなったら女子一人では危ないだろう」
ストレートに肯定の返事はなかったが、この返事からしてきっと待っていたんだろう。
全国大会が終わり、そのまま一度学校に戻って来た。各々が話をしながら、慰労会の日時を確認して解散した。私は部室に盾を置きに来たが、思い出に浸っていたからかそれなりに時間が経ってしまったのもまた事実。
心配してわざわざ待っていてくれたのか。その事実に、申し訳ない気持ちも抱きながら、どこか嬉しくも思えてしまう。
「先輩、ありがとうございます」
「気にするな」
前を見つめたまま告げる真田先輩。常に道をその背中で示していた部の大黒柱の先輩。部の皆へも厳しいことも多くあったが、己にはもっと厳しい。それを知っているからこそ、先輩についていく人が多い。
「足はもう大丈夫ですか」
「ああ、問題ない」
「そう言ってやせ我慢してません?」
「そんな訳がなかろう」
この通りしっかり歩いているだろうと、呆れたように告げてくる。あ、やっとこっち見た。
「先輩。私たちが来年、絶対に取り返しますから」
「ほう」
「だから先輩!まだまだ部活来てくださいね」
「当然だ」
その一言が嬉しかった。この日を境に、部活は2年生が中心となっていくだろう。どこか寂しさも覚えるが、こうしてまだ来ようとしてくれてる。あと残り半年、まだ一緒に過ごす時間があるということに思わず頬が緩くなる。
ふと連絡が届く。何だろうと確認すると切原君からだった。そういえば、こっそり切原君たちと3年生の先輩たちお疲れ様会を企画していた。それのいいお店でも見つかったんだろうか。
『真田副部長と上手くいったか?!』
「……は?」
「む。どうした?」
なんだこれ。どういうことか。送られてきた予想外の一文に、思わず素っ頓狂な声がでた。なぜ真田先輩のことなんだ。
「いや、切原君がなんか」
「赤也が?」
「……なんでもないです」
「気になるではないか。まさかまた下らんことを言ってみょうじを困らせているのか」
全くと腕を組む先輩の眉間には先ほどまでなかった深いしわが刻まれていた。ああ、すみません。先輩が勘違いしたままでは切原君に申し訳ない。それに何だといぶかし気にこちらを見ている先輩に、このまま隠し通すのも難しそうだ。
「その、先輩のことでした」
「俺の?」
猶更おかしなことを言っていそうだと、呆れたような顔をしている。ああ、違うんです。ごめん切原君。いや、そもそも君はどうしてこのタイミングでこんな内容を打って来たんだ。後で絶対に問いただそう。そうしよう。
「正確には、私と先輩のこと」
「?」
「上手くいったか、とか何とか」
ごにょごにょと話す私に真田先輩の眉間がまた深くなる。そして、顔を全力で逸らされた。何だろう?
「先輩、どうしましたか?」
私が先輩の顔を覗こうとすると、先輩は大きな手で私を制した。片方の手は顔を覆っている。柳たち、余計なことをなんてブツブツ言っている。本当に、どうしたのだろうか?
「大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
ゆっくりとだが返事をしてくれた。それから、どこか落ち着かないのか帽子を何度もかぶり直している。
お互いに無言で道を歩く。隣に広がる海に丁度太陽が溶け込んでいっていた。そんなことを思いながら、すぐ隣にいる真田先輩の方を見る。眉間に皺はないが、無言だ。
先ほどのは何だろうか、と考える。切原君のメッセージ。真田先輩の溢していた言葉。そして、今日真田先輩が待っていてくれたこと。
ふと、頭にもしかして、という思いがよぎる。
もしかして、真田先輩と私って両想い?
いやいやいや。
どんだけハッピーな頭をしているんだ私。だって真田先輩だよ?あのテニス一直線で、恋愛なんてまだ早いと恋バナを切り捨てそうな真田先輩だよ?そんな先輩を今まで影から見守るだけで幸せだったけど。
だったけど。もしかして、という思いも過る。違ったら、その時はその時で、ですよね、と話を切り替えればいいだろうか。
ちらりと真田先輩の方に目線を送る。ちょうど先輩もこちらを見たタイミングで、ばっちり目があってしまった。先輩は少し驚いたような表情を浮かべ、すまないと慌てて海の方を見た。こちらから見る耳が僅かばかりに赤いのは、夕暮れのせいだろうか。
「先輩、あの私」
もしかして、という思いを抱えつつも、もやもやするくらいならばと心を奮い立たせる。
真田先輩は海を見つめながら何かまたブツブツと言っている。その横顔に、今まで抱えていた思いを再認識する。
肺の中の空気を全て入れ替えるような気持ちで深呼吸をした。
それからほぼ同時に、どちらともなくお互いに見つめ合った。
「好きだ」
「好きです」
そして同時に、同じ言葉を発した。
二十四節気 「処暑」