過去拍手文(二十四節気)
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暦では秋になったのに、残暑は厳しく蒸し暑い。南の方に台風が来ていることもあってか、前まで全く降っていなかったのに、ここ最近はゲリラ豪雨が多い。
空を見上げると、僅かに黒い雲が遠くに見える。ああ、今日もかな。部活を引きあげて正解だったな。
「雨が降りそうだ、と言う確率90%」
自身がこぼそうとした言葉が背後から聞こえた。この言い回し、この声はと思い振り返る。
「残り10%は何でしょうかね、乾くん」
「部活中止は正解だったな、といったところだろうか」
「おお。あたりかも。流石だね」
当然とばかりに眼鏡を上げる彼。もう慣れたものだ。はじめは何で分かるの気持ち悪とか思ってたけど、彼なりに収集したデータを分析したことによる努力のたまものだというのが分かった。
あれ、けど冷静になって改めて考えると、それだけのデータをいつの間に取られていたんだろう。
うん、やはり気持ち悪いな。
そんなことを思っていると、乾くんが私が抱えていたボールの籠をひょいと手からかっさらった。私が両手で持つようなものを片手で軽々と持っている。
「別に平気だよ」
「俺も倉庫に用事がある。それに腕、痛めているだろう」
「え」
「動きで分かる。無理をして練習をし過ぎだ」
有無を言わさず、隣を歩く彼。私は小さくお礼を言い、何も持たないのは気が引けたので、籠に重ねていたネットだけを抱えた。
隣を歩く彼に、微かに目配せをする。何か話した方がいいのだろうか。
「今日、男子は休みなの?コートで見かけなかったけど」
「ああ。というのも、皆プロの試合が気になって練習にならなかったな。今日の部活はデータ分析と言ったところか」
「そっか。男子のプロの大会今日だったね。皆、見に行っているの?」
私の質問に全員は見に行っていないと彼は答えた。どうやらチケットはかなりの争奪戦だったらしく、多くのメンバーはテレビ観戦となったようだ。皆、テニスが大好きなんだなと改めて感じられて、私まで嬉しくなった。
「それに、今日は竜崎先生の誕生日。ささやかながら皆でお祝いもしようとなってな」
「えっ。竜崎先生、今日誕生日なの?!」
ああと首肯する乾くん。知らなかった。なんてこったい。
「女テニもお祝いしなきゃ。どうしよう、今から何かできることを、」
「そうだろうと思った」
軽くパニックになっている私に、乾くんが微かに声を上げて笑った。着いたぞと言って扉を開け、籠を置く。私も持っていたネットを定位置に戻す。どうしようか考えている私に向かい、軽く手を払いながら乾くんが声をかけてきた。
「という訳で、どうだみょうじ。この後、女テニも一緒に」
「え」
まさかの誘いに、思わず目を見張る。
「まさかその誘いのために、来てくれたの?」
「半分はな」
半分?という疑問が浮かんだが、その疑問を口にする前に乾くんが倉庫の出口に向かったため私もその背を追う。
出口で乾くんが鍵を閉め、部室の方へと戻る。その道すがら、僅かに空を見上げ呟いた。
「ちなみに、今日はこれから雨が降る確率は10%もない」
「え。じゃあ部活中止しなくてもよかったかな」
「だが、部のためを考えるなら、部活を中止にしたのは正解だ」
「なんで?」
「部員が皆、心配をしている。もっと自分を労わるんだな」
「?」
「関東大会、あれはみょうじのせいじゃない」
乾くんの言葉に、思わず足が止まる。私が立ち止まったことで、乾くんも歩みを止めた。
関東大会。ついこの間終えた大会に再び思いを馳せる。
「……いいえ。部長の私の責任よ」
「試合に出ていないのに?」
「私がシングルス3に出ていれば」
流れを変えられたかもしれない、と告げようと思った。けれど、それはシングルス3で出たメンバーに失礼だと気が付き口を噤んだ。
女テニはこの関東大会、全国への切符をかけた試合でストレート負けで全国を逃した。前まで、ずっと心に引っかかっていたことでもあった。部長として、あの時こうしていれば、と思うことが多くあった。
それに、男子テニス部は部長抜きの状態でも全国への切符を手にした上に、関東の覇者となった。それがさらに自分の不甲斐なさを強くさせたのもある。
「乾くんみたいに、私も、強ければ」
ポロリと零れた言葉は、ほぼ無意識に近かった。
「試合、見に来ていたのか?」
「当たり前でしょ」
データマンなのにそれに気が付かないの、なんて笑う私はきっとぎこちないだろう。
「あれは、五分五分だった」
「けど、すごかったよ。あれをみて、私も頑張らなくちゃって思えた。いつまでもグズグズしてられないやって」
本当にそれくらいすごい気迫だった。あのがむしゃらさ、勝利への執着。それに、彼の勝利が青学に流れを持っていき優勝をよんだといっても過言ではなかった。私も、彼のその試合のおかげで、再び立ち上がろうと思えた。
「そう言って貰えるのは光栄だが、君に無理をさせることになってしまったのは不名誉だな」
「無理してないよ」
「自身が不甲斐ないなどという抱くべきでない感情を抱えている」
「いや。それは、」
「違うか?」
「……事実だもの」
はあとため息を溢し、眼鏡をクイと指で押し当てている乾くん。ふと私の方に向き直って来た。
「一人が強いだけでは、団体戦は意味がない」
まっすぐに私の方を見つめ告げる乾くん。
「全力で駆け抜けるのもいいが、少し立ち止まり周りを見ることも時には大切だ。みょうじは、よくやっている」
有無を言わせないような雰囲気と、静かに告げられる言葉に思わず目を見開く。蝉しぐれが耳に届く。こんなに騒がしかったけなんてのんきな現実逃避をしようとしている自分に心で叱責する。
けど、どうしてこんなに真剣にまっすぐに告げてくるんだろう。突然の雰囲気に、倉庫の時から感じていた疑問が再び沸々と湧いてくる。
「どうしてそんなことを言うのか、と君は言う」
「えっ」
聞こうと思っていたことを彼の口から先に告げられ、思わず驚きが口からこぼれた。
「簡単なことだ。みょうじなまえ。俺は君をずっと見ていた。だから、」
蝉しぐれが響き渡る。
それに交え、どこからかうるさい音が響く。
その音のありかが、早鐘をうっている自分の心臓だと気が付くのは、彼の腕の中に閉じ込められてすぐのことだった。
二十四節気 「立秋」