過去拍手文(二十四節気)
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
短い影が二つ。並んで帰り道を歩んでいる。
自分が歩くと影も動く。当たり前のことだが、それを眺めながら昔よく影踏みをしたななんて考える。
空を見上げると部活終わりだというのに、太陽はまだ高いところにある。日がずいぶんとのびた。あと一カ月くらいで夏休みがやってくる。まあそれまでに期末考査とかいろいろあるんだけど。そんなことを思いながら、無言だが隣を歩く彼に視線を向ける。
「仁王くんってさ、何を考えてるの?」
「ん?なんじゃいきなり」
「なんとなく。一緒に帰ろうって言っても、帰り道無言なこと多いし」
「無言の時間は嫌か?」
「別に。仁王くんが気にしてないないんならいいんだけど」
「そうか。なら心配しなさんな。だが、そうじゃの。今俺の考えていること、当ててみんしゃい」
同級生の仁王くんと共に帰る帰り道。ぼんやりと隣を歩いている詐欺師と呼ばれる彼。正直言って何を考えているか、いつも分からない。ここ最近にいたっては、一緒に帰ることも多い。お互い部活をして、へとへとな中、一緒に帰る。だが、先ほども彼に告げたように、一緒に帰ろうと誘ってくる割には彼は無言でいることが多い。
「……暑いから、アイスが食べたいとか?」
「違うぜよ」
「え。じゃあ、かき氷?あ、それともシュワシュワ系?」
「なんで食べ物なんじゃ。俺はブン太じゃないぜよ」
「うーん。じゃあ海に入りたいとか!」
違うぜよと再び彼は呟く。どこか呆れたような顔をしつつ、こちらに微笑んできた。何だろうか。
「テニス部のこと?」
「まあいつも頭の隅にはあるから間違いではないな。けど、今は違うぜよ」
「えー」
もうわかりません。降参とばかりに手をあげる。そんな私に仁王くんは微かに声を上げて笑った。
私は彼みたいにミステリアスとは程遠い人種だと思う。どちらかと言えば単純な奴だ。よく仁王くんの悪戯にもひっかかるし。そんな不思議な関係でいる私たち。
「なまえ。そういうお前さんは、何を考えちょる?」
「え。私?」
考えていたこと。空を見上げながら、つい先ほどまで考えていたことについて思いを巡らせる。
「影踏みのこと、かな」
予想外の答えだったのか、視界の端でいぶかしむような表情をしている仁王くんがいた。
「そんな事思っちょったんか」
「意外だった?」
「まさかそんなことだとは思わんかった」
やったね勝利ーなんてどこに勝敗が付くのかも分からないまま笑う。あ、けどさっきの仁王くんの考え分からなかったから、結局引き分け?
「影を見ててさ。何となく懐かしいなって。あ、せっかくだしちょっとやろうよ」
「影踏みをか?」
「うん。ちょっとだけ!」
ちょっとだけなら、と微かに笑った仁王くん。私は、よーしじゃあいくよー!なんて言いながら気合いを入れる。
「影踏んだ!」
そうジャンプして彼の影を踏む。
「おー捕まったの」
「全くやる気なくて草」
「ピヨ」
全く逃げる気のないまま、立っていた彼はどんだけやる気ないんですかー。ちょっとって本当にちょっとじゃないか。もはや無だよ。あっという間に終わった影踏みに少しばかりむくれる。
ジャンプした勢いのまま、トンと身体にあたる。影が短い分、彼との距離も近い。
「なんじゃ大胆じゃの」
「……太陽高度が高くて影が短いから、仕方ないね」
「急に参謀みたいなインテリ台詞言うんじゃなか」
だって近いんだもん!恥ずかしいんだもん!そんな心の叫びを飲み込んだ。
「仁王くん、いつまでそこにいるの?」
「プリ。影踏みは踏まれてる間は動けんきに」
「あ、そうか」
至極真っ当な返答に、何やかんやで影踏みしてくれてたんだと頭の隅で思う。
御免と言って彼の影からどこうとする。だが、仁王くんの大きな手がそれを許さなかった。
「あのー仁王さん?」
「さっき、お前さん。俺が何を考えているか分からんって言っちょったな」
じっと見つめてくる仁王くん。私の腕を掴む手に微かに力がこもった。先ほどまでと打って変わって真面目な表情にどうしたのかとうろたえる。
「ちょっと。ど、どうしたの?!」
「ほたえなや。俺はいつも、いたって簡単なことばかり考えとるぜよ」
お前が隣にいるときは特に、と告げると同時に、視界いっぱいにひろがる仁王くんの顔。
唇に何か温かいものが当たった気がする。突然の出来事に完全に理解が追い付かない。思考が停止する。
目の前の仁王くんがふっと笑った。
「好いとうよ、なまえ」
優しい声音と共にふわりと抱き寄せられる。地面映る影が見える。
短い影が一つ。夏空の下で揺らめいた。
二十四節気 「夏至」