過去拍手文(二十四節気)
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ハードな内容、跡部君のワンマンで当初はテニス部に入るんじゃなかったかもなんて喚いていたのに。
今はそんなはじめの頃が嘘のように、幼馴染の彼らは楽しそうにしている。
「今年も調子良いよな!」
「ああ。ついに大会も始まるな」
「ワクワクだCー」
テニス部のことを楽しそうに語る3人の声を聞きながら、ぼんやりと窓を眺める。梅雨入りが近いのか、今日は雨がしずかに降り注いでいた。そんな雨が周囲の音を吸い取るからか、彼ら3人の声だけが響いているような感覚になる。
跡部君のカリスマ性もあって氷帝の男子テニス部は確実に強くなっていたし、氷帝学園自体がいい方向に変化したのも事実。そして何より、彼らにとってテニスをするということはどんなことよりも楽しいものなんだろうと、彼らの楽しそうな声の調子や表情に改めて思える。
「あーこうもどんよりしてちゃあ、やる気も出ねえよ。テニスもできねえし、早く中間終わんねえかな」
「だなー。今回は必ず小林にぎゃふんと言わせてやるぜ」
「テスト範囲どこだっけ?」
「おいジロー。それマジで言ってんのかよ」
鉛色の空を眺めながら岳人が手を頭の後ろに組み溢した言葉に、他の二人も反応をする。そう、まもなく中間考査。部活動も休止期間に入り、テスト勉強に各々力を注ぐようにと言われていた。
話の流れから自然と、いつものように4人で集まって今日の放課後、勉強会をしようとなった。
「んじゃあ、亮の家にその時間に」
「やべえ。即行帰って片付けとくぜ」
「片付け手伝おうか?」
「大丈夫だ!」
「見られるとまずいもんでもあるんだろー!」
「うっせえ!んなもんねえよ。おら帰っぞ!」
「皆でやるの楽しみー」
「ジローはぜってえ寝るだろ」
「そんなことないC」
それからは雑談をして、いったん解散となった。
放課後、外の雨も止んで、今にも落ちてきそうな重たい曇天が広がっている。亮が見事なライジングショットを打つときのような勢いで帰宅していた。あいつ何を隠す気だなんて、残った3人で笑い合い、またな、と挨拶を交わし、各々が一度帰路に就いた。
家に着き荷物を整理して、亮の家に向かう。私たち4人がつるむようになったのは幼稚舎部からだ。特に亮とは3人の中で一番家が近いこともあり、幼稚舎部に入る前から知り合いで付き合いが長い。
あの頃は男女なんて関係なく、皆でわちゃわちゃして遊んでいたものだ。
中学生になり、それぞれが成長した。特に、彼らは学園で有名なあの男子テニス部のレギュラーになり、学園でも有名な存在になった。男子テニス部に比べて、私の所属する女子テニス部はそんなに強くはない。平凡、普通を地で行くような私は、本来であれば、彼らと距離をおくべきなのだろう。
テニス部で活躍している彼ら。テニスに一生懸命な彼らの姿は眩しく、そして、自分はそこには入れない寂しさもどこか感じていた。
一度距離を置こうと思い行動したこともあったが、そんなの気にする必要はないと、ずかずかと踏み込んできて、勝手に輪の中に交わらせてくれる彼らの存在にありがたいのか何なのか。
そんなことを思いながら歩いていると、ふと、亮の家までの道にあるお店のポップが視界に飛び込んできた。『肉まん三つご購入で一つおまけします』と記されている。
「この季節に肉まん、ね」
暑くなっているなか、肉まんを食べながらの勉強会。腹は減っては戦はできぬ、という心のささやきが聞こえた気がした。肉まんなら片手で持てるし、いいかもしれない。
幼馴染たちを思い浮かべて購入した肉まんを片手に、どこか心弾ませながら亮の家に向かう。
インターフォンを押してこんにちはと挨拶をすると、相変わらずの元気いっぱいな明るい亮ママが出迎えてくれた。一緒に勉強してくれるなんて嬉しいわ。亮のテスト勉強、ビシバシ指導してあげて!と告げる後ろで、亮が呆れたような困ったような顔をしているのが面白かった。
どうやら私が一番乗りらしい。部屋に向かう途中に、亮が私の持つ袋を示した。
「なんだそれ?」
「ああ、これ?じゃーん!肉まんです!来る途中に見つけて。皆で食べよう!」
「おいおい。この時期に肉まんかよ」
「けど好きでしょ?」
「まあ腹が減っては戦はできねえしな」
あそれ私も思ったなんて言いながら、笑い合い部屋にあがる。部屋は綺麗に片付けられていた。小さい頃から見ていた部屋も、今ではすっかり男の子の部屋という形になっていた。その中でも変わらずに飾られている懐かしい写真に顔を綻ばせていると、騒がしい足音と共に扉が開いた。
「待たせたな!おい見ろよ、来る途中に肉まんセールやっててよ!買ってきたから皆で食おうぜ!」
「え」
「え」
「?なんだよ、嬉しくねえのかよー?」
楽しそうに入って来た岳人から発せられた言葉に、私も亮も目を点にしている。そんな私たちに不満げな顔をする岳人。違う違うと事情を説明する。
「ええ、なまえも買ってきたの?!」
私が購入したものと全く同じものを購入した岳人。季節外れの肉まん、まさか買う奴なんていないし、テスト勉強という戦に向けた準備に丁度いいと岳人は購入したらしい。なんてこったい。
「まさかかぶるなんてね」
「肉まんかぶりとか笑えるな」
「まあ、4つって書かれたらついつい俺も手を出しちまう気がする」
「ジローも買ってきたりしてね」
「寝ぼけ眼のアイツの目にはとまんねえだろ」
まさかの出来事に笑っていると、今度は軽快な足音が聞こえてきた。ジローが来たみたいだ。私が亮の部屋の扉を開けると、眩い笑顔をまとったジローがいた。そして、手に持っていたものをガサリという音と共に私の前にかざした。
「見てみて!来る途中で、肉まん見つけてさ。数的にもちょうどよかったし、皆でたべよ!」
「……」
「……お前もか」
「……流石っつーか、なんつーか。完全にシンクロしてる」
「Aー!どうしたのみんな?!」
岳人の時のように固まる私たち。まさかと思っていた事態が起き、3人で顔を合わせ失笑した。そんな私たちに疑問を浮かべるジローに、亮が事情を説明をした。
「まじまじ?!すっげえ!俺達仲良しすぎるC-!!」
「ある意味奇跡だね」
「けどどーすんだよ一人3つだぜ、これ」
「いけるだろ?」
「食べても頭使ったり、動けば問題ないはず」
「んじゃあ、雨も止んだし、テスト勉強のあと皆でテニスすっか!」
「おっ、ありあり!」
「よーしテスト勉強頑張るぞー!」
各々が持ってきた勉強ノートなどを開きながら、4人でやるならダブルスかな、シングルスかななんてテスト勉強後のテニスの話題で盛り上がる私たち。
ガサガサと買ってきた肉まんを開けて頬張りながら、この幼馴染たちの声に耳を傾ける。口に広がる味を噛みしめながら、この時間がどこまでも愛おしく感じた。
ちらりと部屋の窓から見えた空は、青と白が重なり合っていた。
二十四節気 「芒種」