テニスの王子様
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「実はね、私。ずっと、気になってる人がいて」
「ふーん。良かったね」
「興味皆無で泣けるわ」
「そうかい。ああ、そういえばなまえの泣き顔は久しく見てないね」
「そこは慰めるところでしょうよ!」
昼下がりの穏やかな時間。幸村の席に向かい合う形で座り、腕に顎を乗せていたなまえはため息を溢した。
目の前に座り本を読んでいる幼馴染に、絵になることだと感心しながらちらりと目線を送る。
「そろそろさ、告白しようと思うんだ」
「お相手さん可哀想に」
「ひどい!」
微かに恥じらいを浮かべながら告げたなまえの言葉に、幸村は本に視線を落としたまま、鼻で笑うように言葉を返してきた。
なまえがそんな幸村の態度に頬を膨らませ、私の恋路より本が大事かい!と心で全力でツッコミながら、幸村の机に突っ伏した。
そんななまえの耳に、パタリと本を閉じる音と、ため息を溢すような声が届いた。なまえと名前を呼ばれ、なんだろうと顔を上げると幸村とばっちり目が合った。
「で、誰?」
顔は穏やかな笑みを浮かべているのに、眼差しは鋭い。挙句、凍り付くような声音で告げられ、なまえは死刑宣告でも受けたような気分になった。その雰囲気に思わず「ひいい」となまえは小さく悲鳴をあげた。
「まさか、真田とか言わないよね?やめなよ。真田が哀れだ」
「だから哀れとか言わない!そもそも!弦一郎じゃないし!」
「じゃあ誰?」
「そ、そそれは……」
顔を上げ幸村の圧から逃れようと体をわずかに逸らす。誰?と告げた後の無言の笑顔の圧になまえはたじろぐ。
「秘密」
「ふーん。ま、せいぜい頑張りなよ」
「全く応援する気なくて笑えてきた。もう行くね」
見事な棒読みになまえは苦笑を浮かべる。幸村が興味が失せたとでも言うように、本を再び開いて読み始めたのもあり、なまえは幸村の前から立ち去った。
「蓮二君。無理でした。やっぱり脈ないよ」
その日の放課後。自身の恋愛相談所であるテニス部の参謀こと柳の元になまえは訪れていた。
「そんなはずはないと思うが。どう切り出したんだ」
「気になる人がいるって言って、そのまま伝えようとしたんだけど、全く動揺もしないし。挙句、鼻で笑われるし。告白する前にフラれたようなもんで死ねたわ」
そう、なまえの気になる相手。それは幼馴染の幸村であった。本来は、テニス部の練習がたまたまなくなったこの日に告白して、そのまま一緒に帰りつつデートをしようとなまえは考えていたようだ。
なまえの作戦は、気になる人がいると告げ、動揺した幸村にそれはふふふ、貴方です!と告げるつもりだったようだ。柳のデータで、きっとなまえからの告白ならば精市は了承するだろうと告げられていたのが、なまえの謎の自信につながっていた様だ。
まさかそんな作戦にでていたとは思いもせず、柳は無言でなまえの方を見る。と言っても、目は閉じているが。
「どうしたらいいの蓮二君!!」
本日二度目の他人からの無言の圧を受けるなまえ。どうしてこうなるの!なんて心で叫びながら柳に助言を乞う。
「やはり精市にはストレートに行くのが一番いいんじゃないのか?」
「ストレートにって?」
「好きだと告げるだけだ」
「なんか蓮二君からその言葉がでるとドキドキしちゃう」
「……」
「ちょっと蓮二君開眼しないで!怖いから!大丈夫大丈夫。私は精市一筋だから!幸村教の信者だから!精市マンセーだから安心してください!蓮二君には全くそういった邪な思いはありませんから!」
「精市への思いは邪なのか?」
「愛は呪いだってかっこいい人が言ってた」
「漫画の読み過ぎだな」
「え、ネタ分かるんだ。流石蓮二君」
そんなやり取りをしていたら、ふと柳が何かに気が付いたのか微かに顔を上げた。何だろうと思い柳の視線の先を追うも、何もなかった。
「どうしたの?」
「いや。何でもない。そうだな。どうだ、ストレートに言う練習でもしてみるか?」
「え、練習?」
「俺には全くそういう感情はないのだろう?練習台としてどうだろうか」
「う……すみません。ありがとう。よし、練習。練習」
なまえは胸に手を当て目を閉じて息を吸う。
「テニスをしている貴方が好き。優しいし頭いいし、努力家だし。幼馴染の二人が強烈過ぎて、私なんてミジンコみたいな存在感だけど……あれ、けど食物連鎖の最初にいるミジンコってめちゃくちゃ大切じゃない?ってことは、ミジンコ以下の何かだけど!だけど!私の愛は無限大ですから!だれよりも大きいと自負しております!」
ノンブレスで愛を告げるなまえの言葉に、柳は微かに笑った。
「ずっと好きでした。その、私と付き合ってください!」
ガタッという音がして、何事かと思ったなまえはその音がした方を見る。廊下からだろうか?なまえが疑問を浮かべていると、柳が微かに笑った。
「行ってやれ」
「え?」
「行けば分かるさ」
どういうことかと聞く前に、柳はうまくいくといいななど意味深な言葉を告げ、去っていった。
何がだろうかと全く理解が追い付かないなまえ。行けというのは音がした方という事だろうかと思いつつ、廊下に出る。廊下には誰もいない。そう思ったが、微かに廊下の途中にある階段のところに見覚えのある背中が見えた。
あれは、と思いなまえは急いでその背中を追いかけた。なまえが廊下から階段に着いた時、踊り場のところで壁にもたれながら額に手を当てている幸村の姿が目に飛び込んできた。
「精市?!何して、」
幸村に近付きつつ、なまえは声をかける。一瞬、体調が悪いのかと、かつてのあの冬の日を思い出し心臓が縮み上がったが、どうやらそうではないようだ。
「そう、だったんだ」
「え?」
「まあ、いいんじゃない」
ポツリと呟いた言葉に思わず聞き返すなまえだったが、幸村の意図が読めなかった。額に手を当てていたため、表情は見えなかったが、微かにその隙間から目が合った。鋭い眼差しには、どこか哀愁、憎悪とも言える何とも言えない心情が見て取れた。幸村の見たことのない様子になまえは息をのんだ。
「で、蓮二はなんて返事してきたの?」
突然告げられた言葉になまえは呆気にとられた。だが、そのなまえの様子は幸村にとって、先ほどの柳への告白現場を見られたことによるものだろうと思わせるには十分だった。
「えっ。ちょっと。ちょっと待ってよ!」
なまえは焦るように幸村の元へ更に近付く。幸村は自身の額から手を離し、なまえに背を向ける。
「私が好きなのは!」
「いいよ。聞きたくもないね」
「だーかーらー!話聴いてよ精市!」
背を向け去ろうとする幸村の腕をなまえは掴む。間違いなく勘違いしていると確信したなまえは、幸村の誤解を解くのに必死だった。
「私が好きなのは、精市!貴方!」
とっさに口から飛び出した言葉に、なまえ自身も驚く。
「え?」
「あー!もう。ロマンも何もあったもんじゃないわ」
幸村の腕を離し、頭を抱えながらあれは練習だったのだと小さく告げるなまえ。
幸村は立ち止まり、静かになまえの方に身体を向けた。
暫しの静寂にどこか気まずさを覚えたなまえに静かに幸村は言葉を紡いだ。
「……俺もさ、ずっと好きな人がいるんだ」
「ええ?!」
「その人はね、」
突然の幸村の衝撃発言になまえは固まる。なにこれ?これは好きな人いるから御免というやつでしょうか。などど考え、その想い人のことまで語り始めようとした幸村に驚く。
「ほんと、どうしようもないくらいろくでなしで」
「え」
まさかの悪評にさらに開いた口が塞がらない。
「美人でもないし、頭も別に普通だし。俺に比べて運動神経も良い方じゃない」
「ぼろくそですね」
幸村と比べられたら運動神経とか超人しか並べられないでしょうなんて内心ツッコミを入れるが、それはなんとか喉に抑え込んだなまえ。
ふと、幸村が「けど、」とどこか愛おしむような表情で真剣な声音で言葉を溢した。
「どこまでもまっすぐで、笑った顔が頭から離れないんだ。その笑顔を思い返すと元気も貰えるし」
微笑みながら語る幸村の表情は、これもまた今まで見たことのない顔だとなまえは頭の隅で思う。こんな表情させる相手がいるんだ。そう思うと、どこか寂しさも感じるが、本当にその人のことが好きなんだと思えてきて、なまえは純粋に幼馴染の恋路を応援したくなっていた。
「深く考える頭がないからか、どこまでも鈍感で。想いの告げ方も下手くそだし、分かり難い鎌かけをするし、挙句練習とか称して下心がありそうな人に向かって好きですとか言っているし」
「んん?」
「俺が何か行動して他人からも分かるようなアプローチをして外堀を埋めようとしても、周囲には幼馴染だからだよ、なんてへらへら言ってる姿にいっそ五感奪ってやろうかなんて思ったこともあったな」
「何か、物騒なワードが聞こえた」
「しかも、好きな相手が自分より先に告白するとかいうダサいことを俺にさせた人」
幸村が指折りあげていく出来事。なまえにとって、それらはどれも身に覚えがありすぎた。それもそのはず、全部が全部、今まで自分がしたことだから。
「え。ええ、それってさ……」
「まだ分からない?」
困惑するなまえに笑いかける幸村。そしてそのまま、本当になんでだろうね、とどこか呆れるような顔をして告げる。
「好きだよ、なまえ」
その真っ直ぐな言葉に、なまえは人生で一番の驚きの声を上げたのだった。
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