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「井上さんも同じ場所で他の取材しているから、何かあったらいつでも声かけてね。大丈夫よ」
「ベテランのお二人と一緒に取材に行けて光栄です。色々と学ばせてください」
学生テニスに力を入れている雑誌「月刊プロテニス」の記者であった井上さんたち。10年に一度の逸材が揃っていたと言われる私の学生時代。その時にその雑誌の担当だったらしい。
今その時取材をしていた学生たちが、世界の第一線で活躍している。今まで日本ではあまり話題にのぼらなかったテニスも、日本選手のその活躍に一躍時のスポーツとして特集が多く組まれている。
今回入社して4年目となる私が、新たなテニス雑誌担当として声がかかった。元からスポーツ誌を希望していたため、今回の配属は有難かった。
頑張ってと背中を押され、意気込んで取材部屋に向かう。取材選手である手塚さんはまだ来ていない。選手を待たせるなどあってはいけないと井上んさんたちに記者としての心得を叩き込まれていたため、先に到着したことに安堵した。これからもこれを当たり前にしなくては。
今日取材するのは、ドイツから一時帰国中のプロテニス選手である手塚国光さん。井上さんたちはどうやら知り合いらしい。
息をついていると、扉が控えめに叩かれた。私は返事をして扉をあける。扉の先には眼鏡姿の精悍な男性が立っていた。テレビや雑誌ではみていたが、実際に対面するのはこれが初めてだ。その整った顔立ちと雰囲気に私は思わず息をのんだ。
「手塚国光です」
私が固まっているのに少しばかり疑問を浮かべながら、名前を言われる。いけないと思い、姿勢を正して手塚さんに向き合う。
「はじめまして。桜木なまえです。本日はよろしくお願いします」
「ああ」
取材が始まりやり取りを重ねていく。
はじめは厳格な雰囲気に少し戸惑ったが、同い年と分かり少しだけ肩の力が抜けた。手塚さんも気を回してくれているのが分かった。いかんいかんと思いながら、取材をする。
取材の中で、ケガの話題になった。どうやら手塚さんは、学生時代に肘のケガで一度は第一線を退いたらしい。選手生命を絶たれる一歩手前までいき、スランプも得て復帰し、今は世界トッププロ。
ケガの話題になったとき、ふと兄のことが浮かんだ。ケガをしても試合を無理して続けた兄。そんな姿が、手塚さんの話と重なった。
私が何か思っているのが分かったのか、途中の簡単な休憩の時に聞かれた。
「兄がいまして。といっても、両親が別れて別々に引き取られたので一緒に暮らしていなかったんですけど。高校に入学してバスケットに熱を入れたみたいで。兄もケガで第一線を退いた時がありました。必死にリハビリして、今は日本代表として活躍しています。辛いときもリハビリ王とか自分のことを言って、豪快に笑ってて。昔から私に色々気を遣ってくれていて。私も、そんな兄を支えたいんです」
こんな話手塚さんにする内容じゃありませんね、と言葉を続ける。つい長話をしてしまった。思い返せば、自分が雑誌の編集者を志した理由。それは兄だった。
「お兄さんが、大切なんだな」
「今では、たった一人の家族ですから」
自身の手元を眺めながら呟く。手塚さんがふっと息を吐いたのを感じ、そちらを見ると、手塚さんと目が合った。その真っ直ぐで優しい眼差しに思わず心臓がどきりとした。
手塚さんが聞き上手であるためつい自分の話をしてしまった。記者が、インタビューをする人より話してしまってどうするんだなんて自省をしながら、手塚さんへのインタビューを続けていく。
その見た目や雰囲気に反してお笑いが好きなギャップや、休日の過ごし方などプライベートなことも色々と話をしてくださった。だが、何より印象深かったのはこれからの夢を語る時の姿だった。真っ直ぐとこれからを見据えている。そして、それに向かってストイックに努力を重ねている。
「何かに一生懸命な姿は、やはり素敵ですね」
スポーツが人に感動を与えるのは、きっとそういったひた向きな姿が人の琴線に触れるからなのだろう。
手塚さんとの話は学ぶことがたくさんだった。楽しい時間はあっという間で、取材の終了時刻が迫っていた。
「手塚さん、今日はありがとうございました。取材の中で、私も日々成長していけるように襟を正す思いです。とても勉強になりました」
「俺も勉強になった。礼を言う。それと、あの時、貴女が言った言葉、それはそっくりそのまま貴女にも言えることだ」
「え?」
「一生懸命な姿はやはりよいものだな」
「?ありがとう、ございます」
突然の言葉に驚きつつ、一生懸命な姿だったのだろうかと自身の振り返りをしていると手塚さんが微かに口元で笑った。
席を立ち、手塚さんを出口まで見送る中で、次に控えている試合のことなど当たり障りのないことを話す。
「またな。あまり無理はするなよ」
「手塚さんも」
「ああ。お互いに油断せずに行こう」
「はい!」
ではと挨拶をして手塚さんが去っていく。世界を背負う逞しい背中を見つめながら、手塚さんが歩む道に祝福があることを心から願った。
井上さんたちの元に戻るとお疲れ様と眩い笑顔で告げられた。しかもとても上機嫌だ。何かあったのだろうかという顔をしていると、芝さんが飛びついてきた。
「なんでも、またいつでも取材してくださいですって!すごいわなまえちゃん!次も手塚くんの取材よろしくね!」
「すごいことなんですか?」
「初回なのに手塚くんがあんな話してくれるなんてなかなかないわよー。しかも名指し!きっと相性がいいのね」
「ええっ。そんなことないですって」
たまたま同い年だからなだけでは、なんて思いながらも、わざわざ名指しで次の取材も、と手塚さんが言ってくれたという事実が嬉しかった。
その日の夜、兄に私が上機嫌であることが即行バレてニヤニヤされた。
「なまえにもついに春が……!お兄ちゃん嬉しいぞー!」
「ちょっとなんか色々とすっ飛ばしてるから!」
「恋愛ならこの天才に何でも相談しなさい」
「いや振られまくってるでしょ」
「ぐぬぬ。それは昔の話だ!」
「今も大して変わらないでしょ」