過去拍手文(二十四節気)
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休憩という部長の一言で各々が休憩に入る。
まだ5月だというのに、うだるような暑さが続いている。梅雨前でじめじめしていないのが幸いと言ったところだろうか。
世間一般ではゴールデンウイークだが、私たちの様な運動部は夏の大会に向けて練習の日々だ。
照りつける太陽の下で拭き出す汗をぬぐい、気分転換をするために水道に向かう。
校庭の水道に赴くと、ちょうどテニス部も休憩に入ったのか、夏がぴったりの彼が頭を水道の蛇口の下にかざし水を思いっきり浴びていた。
あの頭はダイレクトに水の冷たさがくるだろう。気持ちよさそうだな、なんて思いながら、私も水道で手のひらに集めた水で顔を洗う。
「おっ!みょうじじゃねーか。そっちも休憩か?」
「うん。桑原君もお疲れ様」
「はは、ありがとな」
にしても暑いななんて言いながら、こちらに微かに顔を向ける桑原君。急に話しかけられたのでびっくりしたが、水をかぶる体制のままでいるのがなんともシュールだ。口の中に水が入ったりしないのだろうか。
「ふう。さっぱりしたぜー」
「頭から水をかぶるの気持ちよさそうだね」
「ああ。練習の合間のクールダウンにぴったりだぜ」
タオルで頭や顔を拭う桑原君の顔には満面の笑みが浮かんでいた。全国優勝をかざっているテニス部は、今年度幸村君のこともあって練習は昨年以上にハードになっていると聞く。遠目で見たテニス部の練習の様子もただならぬ雰囲気だったのを思い出す。練習もどの部活よりも早くやって、遅く終わっている。強さの裏にある血のにじむような練習量を間近で見て、他の運動部も襟を正す思いだ。
私も頑張らないとな、なんて思いながら洗い終わった顔をタオルで拭い、持っていた制汗剤を首筋などにつけていく。うん、ひんやりしていて気持ちいい。そろそろ新しいの買わないとななんて思いながら、次はどれにしようか、使い勝手よかったしまたこれにしようか、けど新しいのを開拓するのもありだななんてぼんやりと考える。
「あ。それだったのか」
「?」
「いや。なんかにおいがするなと思ってちらりと見たらお前がいたんだよ。それで声かけたんだぜ」
「え、そんなにおう?!」
「ああ違えって!いい香りだなって」
焦ったように告げた後、頬を搔きながら俺は好きだぜと笑顔でいう桑原君。笑顔が似合う桑原君。その様子と好きだぜという言葉に微かに胸が高鳴る。本当に桑原君って優しいなって思う。クラスメイトからもとても慕われていて、何か困ったことがあった時や借りたいものがある時なんて他クラスの人も桑原君を尋ねてきたりすることあるくらいだ。
「ふふ。ありがとう桑原君。よかったら使ってみる?」
「お。いいのか?俺、気になっててもそういうの使ったことねえんだよな」
「かぶれたりしないかな?」
「俺の肌は強えから大丈夫」
私から制汗剤を受け取り、興味津々とばかりに微かにつけていく桑原君。
「冷んやりしていて気持ちいいな」
「そうでしょ。私にとってのクールダウンなんだ」
「確かにこれいいな。こういうのって、甘ったるい香りが多いイメージだったが、これなら全然ありだ」
「でしょでしょ!」
桑原君が自身の制汗剤をつけたところに鼻を当て綻んだ。
「同じ匂いがする。ははっ、お揃いだな!」
お揃い。
その単語にドキリとした。そっか、今私と桑原君、同じにおいを纏っているんだ。桑原君にとっては何気ないものでも、その事実は私にとってはソワソワして仕方ない。どこか嬉しいと思う私は変態だろうか、なんて俯瞰して自分を見ている私もいて不思議な気持ちになる。
ありがとななんて言いながら私に制汗剤を差し出す桑原君。
「よかったら、それ、全部あげるよ」
「いやいや!流石に悪ぃって」
「いいのいいの!ほらもう残り少ないし、丁度新しいの買わないとな、なんて思ってたからさ!」
まじか、じゃあそれならといい桑原君はおずおずと私の方に出していた腕をひっこめた。
その時、少し離れたところからテニス部の練習を再開するから各自戻るようにという声が聞こえてきた。それに気が付いた桑原君が微かにそちらを見て、そろそろ戻ると告げてくる。
「練習頑張ろうね」
「ああ!サンキューな!」
そう笑顔で走り去っていく桑原君。
私の渡した制汗剤を大切そうに握り、テニスコート付近で振り返り、その制汗剤を掲げるように手を振って来た。その様子がどこか嬉しくて、私も手を振り返す。
夏のはじまりの暑さを吹き飛ばすような爽やかさに思わず口元が緩む。
今日の帰り、同じ制汗剤を買って帰ろう。そうひそかに決意した。
二十四節気 「立夏」