過去拍手文(二十四節気)
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「このままではまずい!」
そう叫んだのは、ついこの間のこと。
新学期がスタートし、毎年恒例の健康診断の時期となった。身長、体重、視力、聴力、聴診……。それぞれの項目を無事に終え、私は結果が記された紙を握りしめた。
体重が、増えていた。
いや。まあ、身長の伸びているし?あ、それか筋肉ついたんじゃない?なんて思ったが、お腹を触ると昨年よりもぷにぷにしているような気がしてならなかった。
「よし!ダイエットしよう!」
そうしよう。
そう決意したのが先週のこと。決意している私に、標準だからいいじゃんと言ってくる親に、思春期の女子というものをまるで分っていないとぷんすかしたのも記憶に新しい。
食事を減らすのは成長期の時期によくないと言われ、それはそうだと私はとりあえず走ることにした。食べることを我慢するくらいなら走りまくる方が私にもあっている。
走る。ひたすら走る。それを誓い、運動部でもないのに近所の土手を走りこむようにした。
はじめの3日目でへばりそうになったが、ダイエット以外にもモチベーション維持の切っ掛けがあった。
そう。それは、土手で見かける彼の存在だ。
はじめは、何となく近所だし丁度いいかと思い走っていた。他にも老若男女問わず走っている人たちがいた。
そんな中、ずっと同じペースで、それも長い時間走っているバンダナを頭に巻いた彼。私が来る頃には走っていて、私が帰ろうと思った時にもまだ走っている。そのスタミナにそっくりな人物か何人もいるのかと勘違いしそうになったものだ。
年も近そうなのに、まっすぐに前を見つめて走っている彼。何かに一生懸命な姿というのはこうも美しさすら感じるのかと、帰り際に夕日に照らされ走っている横顔を見つめ思ったものだ。
そんな彼につられ私も頑張ろうと思えた。あんな風に私も一生懸命にできるだろうかと思いながら。
気がつけば走ることをはじめてから1週間が経とうとしていた。
人というのは不思議なもので、1週間近く欠かさず毎日続けていたら、逆にしないとソワソワしてしまう。これが習慣化というものかなんてしみじみ思った。
今日もいつものように、土手にやって来て、遠くに走っている彼の姿を見つける。今日は人も少ない感じだ。準備運動をして私も走る。
川沿いの道は風も心地よく吹いている。だが、今日はどこか寒さも混じっていた。
そんなことを思っていたら、顔に水滴が当たった。
「?」
何だと思い、立ち止まるとポツポツと頭上から降り注ぐものがあった。
「ええっ。雨?!」
昼間はあんなに晴れていたのに!
もう夕立とか始まる季節だっけ?!
そんなことを思いながら、突然の雨に、あまり意味がないが腕で頭を覆いながら河川敷にかかっている橋の下に逃げ込んだ。
もしかして今日、夕立がありますとかいう予報があったんだろうか?人が少ない理由が何となく分かった気がした。
橋の下から空を見ると、どんよりとした灰色の雲の先に、青空も見える。きっとちょっと待てば止むだろう。
「はやく止まないかな」
そう独り言ちていると、パシャリと走っているような足音がした。え。誰かこんな雨の中も走っているの?!
あたりを見回すと、あのバンダナの彼が雨の中でも走っていた。
「ちょ、ちょっと君!雨のなか走ったら風邪ひくよ!!」
「ああ?」
「ひいい」
ちょうど近くに来た時に、声をかけたら思いっきり睨まれた。こわ!けど声をかけてしまったものはしょうがない!行けわたしよ!
「もうすぐ止むだろうし、ちょっと休憩がてら雨宿りしたら?」
「問題ねえ」
「え?!そう?!」
これくらいは走り込みする人にとっては何てことない雨なんだろうか?!確かにこれくらいで走るのをやめなくてもいいか、なんて空から降りそそいでいる雨粒を見て思えてきた。海外の映画とかでこれくらいなら傘もささず歩いているシーンをよく見かける気もする。
「じゃ、じゃあ私も折角だし走ろうかな」
「おい。やめとけ」
「えっ」
「風邪、ひくだろ」
「その言葉思いっきりブーメランですって!」
「チッ」
「ひいい」
舌打ちした彼が、仕方ねえと言いながら橋の下に来た。持っていたタオルを使うかどうか聞きながら差し出す。彼は、お礼を言いながらもやんわりと断り、自分が首にかけているタオルで水を拭っていた。そのタオルまだ水吸ってくれるんだね。なんてぼんやり思っていた。
雨はまだやまない。空を眺めながら、隣に立つ彼をちらりと見る。近くで見ると、やはり思った通り年が近そうだ。それにしても筋肉質だな。
「何だ?」
「あ。いえ。よく見かけるなと思って。近所なの?」
「ああ。それなりにな。アンタもか?」
「うん」
意外と普通に会話できることに安心しつつ。自己紹介をした。
お互いに中学生。彼は私立に通っているようだ。それなりに近所と彼は言ったが、ここから彼の住むところは私からしたら離れている。ここまで毎日走り込みをしているなんてやはり体力オバケだ。
「てっきり陸上部か何かだと思ってた。海堂君はテニス部なんだね」
「ああ。俺の方こそ、みょうじは陸上部だと思っていた」
「残念。ただのダイエット目的でした」
「ダイエットだ?別にする必要ねえだろ」
「いやいや。健康診断の結果に打ちのめされたのよ」
「……まあ、みょうじがしたいならいいんじゃねえか。一応聞くが、食事は減らしてねえだろうな」
「当たり前です!食べないなんて無理!……あ。雨、止んできたね」
「そうだな」
当たり障りのない会話をしていたら、空が少しずつ明るくなってきた。
「無理するなよ」
またなと言い、彼はまたいつものペースで走り去っていた。
「またね海堂君」
またねという言葉にどこか嬉しくなりながら、去っていく背中に手を振り、家のある方に向かい走りだした。
その足取りはとても軽かった。
二十四節気 「穀雨」