過去拍手文(二十四節気)
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「なるほど、そうきましたか」
そう呟きながら、小ぶりな花瓶に生けられた花を見つめる。ふむ、と疑問に思いながらも洗練されたその作品を食い入るように見つめる。確かに、この枝はあちらにあった方が全体のバランスがいい。
「よーし!次こそ、あっと言わせてみせるんだから」
待っていてください師匠!と会ったこともない相手に対して意気込み、次の剪定業者が来る日を待った。
いつの頃からであろうか。校内美化委員でたまたま居合わせただけであった際に、剪定業者から切り落とした草花をいただいた。いただいた草花を抱え、それを見つめていた私に、これまたたまたま通った先生から折角だし校舎入り口が少し寂しいから飾っておいては、と言って小ぶりな花瓶を渡されたのが始まりだ。
それから、定期的に来校する剪定業者の方から花を受け取り簡単に飾るということをしている。
そして最近の私のブーム。ブームと言っていいのかは難しいところであるが、その生けた花の添削をしてくれる先生の存在である。勝手に師匠と心で呼んでいる。
はじめて花瓶に草花をさしたときは、全くそんなことも考えず、適当に持っていた草花をさした。その数日後に、誰かが手を加えたのか、一種の作品に仕上がっていた。ささっている物は全く同じなのに、長さや向き、それらが違うだけでこんなにも違うのかと目を見張った。
草花が輝いて見えた。廃棄となるものであった草花が、まるでその作品のために手折られたとさえ感じさせる気品があった。そして、適当にさしてしまった自分を恥じた。
それから少しばかり意識して花瓶に生けるようにした。その数日後に師匠がアレンジをする。そんな日々を過ごしていた。
生け花なんてしたことがないから分からないが、誰かがアレンジして生けてくれている作品から、成る程こうしたら確かに綺麗だななんて学びを得ている。まるで赤ペン先生が付いてくれているみたいだった。
ここは枝が見えた方がいいか、なんてあれこれ思いながら花瓶にさした。図書室で華道の本を借りたりして華道の奥深さに興味を持ったのもまた事実。
そして当然として疑問に思うのが、その師匠の正体だ。はじめは私に花を飾ることを提案した先生かと思い、聞いてみたが違った。それらしい人を探すも、今もまだ見つからない状況だ。この花の作品からして、気品のある人だろうと思うが、氷帝生にはそんな人が多くいる。
いったい誰なのか、そんな疑問も持ちながら今日を迎えている。
華道の本を眺めながら朝のHRが始まるのを待つ。
「みょうじさんは華道に興味があるの?」
ふと、隣の席に座る彼が声をかけてきた。あまり接点がないため、急に声をかけられドキリとする。
「え。あ、うん。最近ちょっと気になってる」
「そうなんだね。華道は奥深いよね。生命の神秘を感じるし」
「そうそう!草花があんなに輝いて見えるなんて思わなかったの。もちろん自然に咲いているのも素敵なんだけど、人の手が加わることで草花の生命を更に強く感じるというか。それに、生けてる時とか、それに集中しているときの感覚が何とも言えず好きで」
今まで華道のことを話す人なんていなかったから、ついつい色々と話してしまった。滝君が微笑んでいる姿に、自分に熱が入っているのに気が付いた。
「まだまだ素人だけど、もっと華道のこと知りたい」
そう思ったの、と告げると滝君も嬉しそうな表情をしていた。氷帝男子テニス部の滝君。それにその艶やかな雰囲気もあって何となく近寄りがたい感じがあったが、こうして実際に話してみると何てことないただの同級生だと思える。かっこいいのに気取ったところがなくて、テニス部が人気なのも頷ける。
それから月日がたち、剪定業者の方から草花をいただいた。今回は桜など春を感じる草花が多い。それら一輪一輪を見つめ、これらをどう生ければこの子たちをより輝かせられるだろうかと考えながら、草花と向かい合う。
一通り生け終え、草花を眺める。それなりにいいのではないか、と我ながら思えてきた。
「やっと、捕まえた」
ふと、背後から声をかけられる。その言葉と共に、私は心臓が跳ねた。
「草花が笑っているね」
私の生けたものを微笑みながら見つめ、やあ、と声をかけてくる麗しい人。
「やっぱり君だったんだね。みょうじさん」
まさか、この状況は。
「滝君が、私の師匠だったの……?!」
ふふと優雅に微笑む彼に、私は目が点になった。そんな私を笑うように生けた草花が風に揺れていた。
二十四節気 「春分」