過去拍手文(二十四節気)
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穏やかな陽気が増えてきたと思ったら急に寒が戻ったりして、三寒四温の日々が続く。今朝は微かに雨が降っていたが、それからは快晴だ。昨日の夜、今日の約束が延期にならないか不安だったが、頭上に広がるどこまでも青い空に安堵する。
「疲れていないか?」
「平気だよ」
「無理しなくていい」
「本当に大丈夫だって。寧ろ国光にとっては物足りないんじゃない?そっちの方が心配よ」
「そんなことはない。このような低い山は、この時期に登るのがちょうどいいんだ」
それから嬉々として、この山のことを説明する国光。国光をあまり知らない人からしたら、普段と変わらないように見えるだろうが、それなりに多くの時間を共に過ごしてきた自分からすると、今の国光はとても楽しそうだ。少しばかりはしゃいでいるのも感じられる。本当に山が大好きなんだな。
「ドイツの山は順調に制覇できそうなの?」
「今のところはまだテニスの日々だからな。来年あたりには登りたいものだ」
「頂上での写真見せてね」
「ああ」
今日は今週に控える卒業式に向けて、国光がドイツから帰国している。4月からはまたドイツに留学してしまうだろう。山と同じくらい、いや、何よりもテニスが大好きな彼が夢に向かって進んでいる。その姿は本当に眩しい。
今日は素人の私に合わせて、この時期に雪もない低い山を一緒に登っている。国光からしたら登山というよりもハイキングみたいなものだろう。
久しぶりに隣に並んで歩く存在にどこか安心感を覚える。
ふと、道の先に珍しい花があるのに気が付いた。それを国光に伝えようと国光の方を見た。
「見て国光。あそこに咲いている花、珍し……っうわあ!」
「なまえ!」
花に夢中になっていた私は、先のところにぬかるみがあるのに気が付かなった。国光の方を向く勢いで思わず足を滑らせてしまった。
国光が私の名前を呼び、咄嗟に腕を掴んできた。
「大丈夫か?」
「う、うん。びっくりしたあ。ありがとう。朝雨降ってたね、そういえば」
「ああ。ここら辺は特に滑りやすくなっている。油断せずに行こう」
「そうだね」
持ち前の反射神経の良さで咄嗟に手を掴んでくれた彼のおかげで、泥まみれにならずにすんだ。一瞬の足を採られたあの時は思わず心臓がきゅっと縮んだ。今もバクバク言っている。
さあ、山頂までもうすぐだと国光が声をかけ足を進める。
うんと返事をして私も足を進めるも、どこか先ほどまでと違った感じを覚える。何だと思っていると、ふと自分の片手に意識がいく。
「あのー国光。その……。手、のことなんですけど」
「ああ。また足を滑らせるといけないからな」
「えっ?!いや、けど。もし滑ったら国光も泥だらけだよ!」
「そんなやわな鍛え方はしていない」
「た、たしかに」
ってそうじゃないでしょ!
私の手は私よりも一回り以上も大きな手に包まれていた。私が指摘しても離すことはなく、寧ろもっとぎゅっと握ってきた。ひいい。
「せっかく一緒にいるんだ。今日は、いいだろう」
「そう、だね。ありがとう」
「ああ。俺こそ礼を言う」
微かに笑みを浮かべる国光。
うるさく鳴り響く心臓は、さっき転びそうになったから。きっと、そうだ。
二十四節気 「啓蟄」