テニスの王子様SS
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「ほらよ」
そのぶっきらぼうな言い方に反して、小さなお弁当はそっと私の机に置かれた。可愛らしい風呂敷で包まれたお弁当。その中身は今日も色彩豊かなのだろう。
いいと言っているのに今回もまただ。断っても強引に押し付けられるようにして渡され、今は完全に根負けして有難く受け取っている。色彩だけでなく味も極上のお弁当。
「あ、ありがとう海堂君」
なんでこんなことに。
そう。事の発端は、この前のことだったと思う。
本当に出来心だったのだ。習い事の帰り道に見つけたヘビイチゴ。赤々と実るその様子に、疲れていた私は何を思ったのか、なんかおいしそうだなと思い、何個か摘み取り洗って口に含んだ。食感はぼそぼそしていて、色のわりに甘くなく酸っぱかった。期待していた味と違ったことは少し残念だったが、その酸っぱさが逆に何だか疲労にきいた気がした。それから少し冷静になって、自分の食い意地っぷりに苦笑した。幼稚園の卒園文集の将来の夢の欄に、世界中のドーナツの穴を埋めることとか意味不明なことを書いていたくらい昔から食べ物は好きだった。相変わらず何やってんだ、なんて自分で自分のことを笑った。
さて行くか、と思ったその時。こちらを驚いたように食い入るように見ている人物がいた。
その人物こそ、クラスメイトの海堂薫君だった。寡黙で目つきの鋭い彼。今は席替えをしてしまったが、前は隣の席だった。彼はランニングでもしていたのか、黒のタンクトップに半ズボンだった。何かとストイックそうな雰囲気はしていたが、部活が終わった後のこの時間もこのようにトレーニングをしているのか、少しばかり汗をかいている彼に、思わず感服したものだ。
「こんにちは、海堂君」
「おう」
「お疲れ様」
「みょうじも……」
刺すような視線にいたたまれず挨拶をした。海堂君は何か申し訳なさそうな、気まずそうな顔をしていたのを覚えている。その視線に疑問を持ちつつ、その場は別れた。
隣の席になったことはあっても、そんなに話もすることなく次の席替えになってしまい、あまり親しくもないクラスメイト。その時は、挨拶をしてまた明日からただのクラスメイトとしてお互いに過ごしていくだろうと、さして気にせずいた。
しかし予想に反し、それ以降から海堂君と絡むことが多くなった。と言っても、今日みたいにお弁当を受け取るような形だ。
あの偶然出会った次の日、学校に着いたら海堂君が私の席にやって来た。その真剣な眼差しから何事かと思った。ただでさえ視線が鋭い海堂君。蛇ににらまれた蛙の如く私は、固まった。
何かやらかしたかと逡巡していた私の机に、そっと風呂敷に包まれたものが置かれた。何のブツだと思い驚き、固まる私に鋭い視線を送り続ける海堂君。開けろとばかりに見つめる視線に、恐るおそる風呂敷を開く。包まれていたのは上品な曲げわっぱ。
「……お弁当?」
「やる」
開くと色とりどりのものが入っていた。お弁当。その美味しそうという言葉がぴったりなお弁当に思わず息をのんだ。
「え、え?!でも」
「家で作りすぎたらしい。やる」
断るまでもなく彼は行ってしまった。返そうと思っても、やるの一点張りであった。私はありがたくいただいた。とても美味しくて頬が落ちそうだった。いつものただのおにぎりでなくお弁当を食べている私に驚いていた友人に、幸せそうに食べるねなまえなんて言われた。
その次の日、海堂君にお礼を言って洗ったお弁当箱を返した。毎日食べたいくらい美味しかったよと伝えたら、まさかのその日もお弁当が出てきた。また作りすぎたと。海堂家どうなっていると思った。食べ盛りの小学生や中学生がいたら多く作り過ぎちゃうものなのだろうかなんて一人納得した。
それからも、なぜか海堂君からお弁当を貰うことが多かった。はじめは家で作りすぎたからといった理由だったが、弟が弁当いらない日だったのに作ってしまったとか何とか言われたこともある。けど、弟さんは小学生だから給食があるんじゃないかなんて思ったものだ。
明らかにおかしいと思い、私は海堂君と同じテニス部である昨年同じクラスでそれなりに仲良くしてた桃城君にさり気なく聞いてみることにした。
「ああ?マムシのヤツ。そんなこと言ってたのか?」
「うん。お弁当、美味しいから普通に嬉しいんだけど、さすがに連日だと申し訳さが強くなりすぎて」
「あー……。みょうじは気にしなくていいと思うぜ。海堂もきっと好きでやっているだろうしな」
「ええ?!」
「素直にありがたく受け取ってやってくれよ」
いっちょよろしくななんて言いながら爽やかな笑顔で手をあげて去っていく桃城君。どういう意味かさっぱりだ。
海堂君は他人に施しをすることが好きなのだろうか?食い意地を張っている私からすると、食べ物を他人に譲るなんてなんていい人なんだろうと思ってしまう。
それからも海堂君からのお弁当攻撃は続いていた。
流石にこのままではいけないと思い、私も海堂君にお返しとしてお弁当を作ることを決めた。
「あら、なまえ。お弁当作るの?」
「うん。いつも言っているあのクラスメイトの子にお礼をしたくて」
「ごめんねなまえ。私たちが忙しくていつも自分でおにぎり握らせて。その子の親御さんにも本当にお礼を言わなくちゃね。お手紙書くから一緒に渡してちょうだい」
「うん」
母と父は共働きで、朝も早い。私自身も少し遠い青学に通っているため、家を出る時間も早く、お弁当を作る余裕がなかった。入学してはじめはがんばって作ってくれていたが、忙しそうでもあり遠慮した。朝と夕はしっかりしたものを食べているため、昼はおにぎりと簡単な夕食の余りなどをタッパーに詰めたもので十分だった。
さてと声をあげ、メニューを考える。海堂君は和食が好きらしいと桃城君から聞いた。どれがいいだろうか、なんて真剣に考える私を母が微笑ましく見守っていた。
次の日の朝、いつもより早く起きて考えたメニューをもとにお弁当を作っていく。
そうして出来上がったお弁当。海堂君から受け取った曲げわっぱのお弁当箱につめさせてもらった。風呂敷は綺麗に洗濯して折りたたんだ。せめてものお礼にと思って、新しく購入した彼っぽいバンダナでお弁当を包んだ。
お弁当を鞄に入れ、浮つく気分のまま家を出る。教室についてもどこか心は落ち着かなかった。受け取ってもらえるだろうか。
朝練を終えたらしい彼が教室に入ってきた。お互いがお互いの視線に同時にぶつかった。
「おはよう海堂君」
「おう」
「はい!これ!いつもありがとう」
「?」
私が両手で海堂君に差し出すも、彼は頭上に疑問符を浮かべている。
「いつもお弁当、私に渡してくれるでしょう?お礼を込めて今日は私から海堂君にお渡しします!」
頭を下げて海堂君にずいっと出す。味や彩りは海堂君のお弁当に劣るとは思うけれど、受け取ってくださいと願いを込めて。
なかなか受け取らない彼に、どうしたのかと不安に思い、顔をあげる。海堂君は驚いたような顔をしている。そして、少し目を逸らし、呟いた。
「いらねえ」
その一言に固まった。
やはり、迷惑だったのだろうか。頑張って作ったのだが。
確かに、そもそも他人のお弁当箱に詰めて返すとか変かもしれない。ましてやクラスメイトとはいえ、他人の手作りなんて、あのお弁当をいつも食べている彼からしたら迷惑だろう。
どこか浮かれていた自分に情けなくなる。涙が滲みそうになり、ダメだと自分に叱咤する。
「ご、ごめん。そう、だよね。迷惑かけてごめん。これ、明日洗って返すね」
差し出していたお弁当を自分の方に寄せる。彼を思い選んだバンダナに目が付く。少し鼻声になっている自分に惨めさがより募った。
「お、おい!待てみょうじ!」
これ以上彼の前にいると涙が零れそうだった。彼に背を向けようとして、呼び止められる。その声には焦りがあった。クラスメイトも海堂君の少し大きな声に何事だと注目した。
「食い物に困っているお前から貰うほど俺は困ってねえ!」
「え?」
海堂君の発言に再び固まる。クラスメイトも、何?みょうじって食べ物に困っているの?、などという声が聞こえる。
固まる私に海堂君が気まずそうに語り掛けてくる。
「前に俺の隣の時、俺の弁当を食い入るように眺めていたじゃねえか」
「豪華で美味しそうだなぁって思ってはいたけど、そんな食い入るように見てた?!ごめん!」
「いつも昼飯少ねえし」
「おにぎりと簡単なおかずもあるよ!朝夕はしっかり食べているし」
「それに、この前。公園の満足そうに食ってたろ」
「うっ。あれは、つい出来心で……」
「ああ?」
「ひいい!ご、ごめんなさい」
まさか。私は貧困少女と勘違いされていたらしい。この前の公園のヘビイチゴがやはり決定打になったようだ。
海堂君も自分が勘違いしていたと分かったのか、驚いたような顔をしている。それから、少し顔を赤らめていた。
一連の流れに、クラスメイトが笑っている。なんてこったい。
誤解が解けた海堂君は私からのお弁当を受け取ってくれた。どうやら、今日も彼は私に向けてお弁当を持ってきてくれていたらしい。海堂家にあらぬ誤解を招いていたことを申し訳なく思いつつ、母からの手紙も海堂君は受け取ってくれた。
それぞれがお弁当を余分に持つ状況になってしまった。食べ盛りの中学生の胃袋にかかれば余裕であったが。
昼休み。海堂君にお弁当のお礼を言われた。味は自分ではそれなりに美味しいと言えるものだったが、彼に合うか不安だったが、問題なかったようだ。思わず頬が緩む。
「ねえねえ、よかったら今度少しおかずを交換したりしない?」
「いいぜ」
「やったー!」
「美味そうに食うお前を見ているのは悪くねえ」
「完全に餌付けしている飼育員の感想でしょそれ」
ぼそりと呟いた彼の一言にツッコミを入れる。貧困と勘違いされたとは言え、それほど親しくなくても困っていそうな人に手を差し伸べる彼。目つきや雰囲気から怖い印象を持ってしまうが、その心根はとてもやさしいと知った。
クラスからみょうじと海堂の勘違い珍事件とか何とか言われる話も落ち着いてきたころ。海堂君は今も時々食べ物を差し入れしてくれる。私もそれに対し何かお礼をするなどと、やり取りを重ねていた。
テニス部の練習風景が見えたとき、私が渡したバンダナを頭に巻いてテニスをしている彼を見かけた。
そんな私に気が付いた桃城君が海堂君に何か言っている。何か驚いたように言い返している。桃城君がそんな海堂君の肩を叩き、相変わらず爽やかに笑いながら去っていた。
海堂君がこちらをみる。そして、少しばかり手をあげて微かに挨拶をしてきた。それに嬉しくなってつい顔がほころんでしまう。手を軽く振り返す私に、海堂君は顔を隠すように片手をバンダナに当て去っていった。
そんな他愛のないやりとりでも、私は心が浮き立ってしかたがなかった。
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