テニスの王子様SS
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「別れて欲しんだよね」
書類を顧問に届け部活に戻ろうとした時、ふと人気のない場所からその言葉が聞こえた。あまり聞いてはいけない内容だと思い、気配を消して隠れながら通り過ぎようとした。
「うん。分かった」
そう返事をした声には聞き覚えがあり、俺の足が止まった。この声は。そう思い、いけないと分かっていても出来心で少しばかり隠れて見てしまう。
そこにいたのは、やはりみょうじだった。
同じクラスで同じく学級委員をつとめている彼女。何事にも一生懸命で真面目で、共に学級委員をやっていて、何かと助けられることも多かった。そうか、付き合っている人がいたのか。その事実を今更ながら知って、少しばかり困惑する。
「理由、聞いてもいい?」
「いやー何というか、真面目すぎて。それに、俺のこと好きじゃなさそうだし。俺から誘っておいて悪いんだけどさ」
「いいよ。今までありがとう」
「ありがとな。じゃ!」
言葉を告げて、走り去っていく男。他のクラスの人だった。みょうじの声は至極冷静だった。去っていく背中を眺め、その背中が見えなくなったところで踵を返していった。
みょうじの背中はどこか寂し気だった。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感に駆られる。その思いを振り払うように、俺は部活に足早に戻った。部活中も、彼女のあの様子がよぎってが離れなかった。
「休憩だ」
部員に伝え、俺はどこか浮ついた気持ちを切り替えようと顔を洗いに水道に来た。
校舎から出てきた男女の声が聞こえた。騒がしいなと思い、見ると先ほどみょうじに別れを告げていた男子生徒がいた。隣には、見知らぬ女子生徒がいる。手を繋いで仲良さそうに話をしている。
「無事に別れられたの?」
「ああ。全く真面目過ぎてつまんなかったぜ。お試しで付き合ってよって伝えて始めたし。それに、いつまでたっても何もさせてくれねえし」
「んもう。今時あんな堅物女子いないって」
「けど、あっちも別に気まぐれで付き合っていただろうし。お互いにノーダメージ。寧ろ俺はお前と堂々と付き合えるしプラスだな」
そんな会話をしながら下品に笑いあっている。
俺は、何とも言えない気持ちになった。真面目、堅物。自分もよく言われる。確かにみょうじは真面目だ。だが、それがいけないことなのだろうか。笑われるような点ではないと思う。寧ろ美徳と俺は感じていた。
せっかく気持ちを切り替えようと顔を洗ったが、俺の心にはまた言いようのない靄がかかっていた。
部活が終わり、各自解散となった。俺は、教室に置いてきたものを思い出し、校舎に戻った。
3年の階に着き、自分のクラスに向かう。その途中、別のクラスにあった人影に、俺は足を止めた。
みょうじ。なぜ、自分のクラスでなくここに?
そう思いまた俺は息を殺して教室を眺める。今日はよく隠れる日だ。自分らしくないとは思うが、気になるものは仕方がない。
誰もいないクラスで、一つの机を撫でるように手を置いていた。まるで愛でるように。何をしているのだろうと思い、彼女の顔を見て俺は驚いた。
みょうじは泣いていた。静かに涙を流している。
このクラスの表示を見て、俺はあの男子生徒のクラスだと気が付いた。ならば、あの机はきっと……。
そう思うと俺は胸が痛んだ。
あの会話の内容から、あの男子生徒から告白して一方的に付き合ったのだと推測できる。そして、きっと彼女は、日々を重ねていくうちに彼を好いていったのだろう。
こんなに彼女に思われていたあの男子生徒が羨ましい。それと同時に、その彼女の想いを気が付かず無下にして笑っていたことに怒りもわいた。だが、それだけでなく、静かに涙を流す彼女が、綺麗だとも思った。
自分は何を思っているんだ。自分を叱責して、これ以上はいけないと思いその場を離れようとした。
しかし、冷静さを欠いていた俺は音を立ててしまった。
「誰かいるの?」
しまった。そう思ったが遅かった。みょうじがこちらを見ている。俺は、静かにさも今通ったように顔を出す。
「手塚君。部活終わり?お疲れ様」
「ああ。みょうじも」
「ふふ。私は部活じゃないけどね」
涙を急いで拭ったのか、今の顔には涙はなかった。だが、目元は赤い。無理して笑っているのが手に取るようにわかる。どう声をかけたらいいのか。なんと言えばいいのか分からない。
「今から、帰りか?」
「うん。もう帰るよ」
じゃあねと挨拶をし、足早に教室を出ようとするみょうじ。その手を俺は掴んだ。自分でも咄嗟の行動に驚く。
「どうしたの?」
「よければ、一緒に帰らないか?」
みょうじは目を白黒させるが、いいよと返事をしてくれた。共に自分のクラスに赴き、当たり障りのない会話をしながら荷物を持って校舎を出る。
隣を歩く彼女の横顔を見る。今は涙もなく、見つめていた俺に気が付き微笑みをくれた。だが、その顔はどこか暗い。
この曇った笑顔を振り払いたい。俺なら、お前を悲しませない。
自分の中に滾々とあふれ出る想いに戸惑う。今まで誰かにこんな想いを抱いたことはなかった。これから、どう彼女と距離を詰めていこうか。そんな積極的なことを考えている意外な自分に気が付いた。
4/22ページ