術玄談議
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「この前、銭湯に行ってさ」
何気なくみことが、そう切り出した。薊は読んでいた資料から顔を上げ、みことの方を見る。
「戦闘に?」
「うん」
即答だった。緊張が走った薊とは対照的に、みことはあっけらかんとしている。
「薊の妖術みたいなのに遭遇したわ」
「……僕の? それは興味深いね」
薊は目を細めた。自分の知らないところで、自分の妖術によく似たものが使われていたらしい。少しばかり興味をそそられた。資料を閉じ、視線だけでなく体もみことの方に向けた。
薊が興味を示したことにみことも気をよくしたのか、身振りを交えて言葉を続けた。
「うん。ビリビリって。弱と強があって選べたんだけどね」
「成程ね。何か不思議だね」
「まあ、段階ってものがあるだろうし。親切設計ってやつかな」
「……? それは、親切なのか?」
「まあ、好きな人は好きだろうし」
「は?」
薊は眉を寄せた。
どうにも話が噛み合っていない気がする。
「それでさ、」
しかしみことは気にした様子もなく、話を続けた。
「弱でも『痛てて』ってなって、おっかなびっくり入っているのにさ、」
「ちょっと待って」
薊はとうとう話を遮った。
「自分から浴びに行ったの?!」
「え? まあ、うん」
きょとん、とした顔を向けるみことに対し、薊は頭痛がするとばかりに、己の額に手をあてている。
「興味あったし」
「……戦闘狂だった」
「?」
ますます話が分からない。困惑する薊をよそに、みことは楽しそうに続けた。
「それでね! 隣にいたおばあちゃんが、『そっち弱いでしょ!こっちにしな!』って、にっこにこで、教えてくれたんだけど」
「え?……は?」
薊の顔から、すっと表情が消えた。
「それが、とんでもなくてさあ。親切心でもあるから、申し訳なくて。とりあえず強のままにしたけど」
「いや、待って」
「痛すぎたわ」
「えええ。いやそもそも、そのおばあちゃんさん何者?!」
思わず声が大きくなる。驚きのあまり立ち上がりそうになる己を押さえるように、薊は腕を組んだ。みことは、けろりとしていた。そして笑顔で言葉を告げる。
「今度、薊もぜひ体験してみてよ」
「は?僕も?」
「うん。自分の妖術くらう感じで面白いかもよ」
「え」
薊は固まった。
「え、まだいるの?!……そ、そうか。まあ。興味は、ある……かも?」
「おっ。じゃあ今度行こうよ」
「え」
薊が顔を上げる。そんな危険な奴をのさばらせておく訳にはいかないと、神奈備としても似た術を使う一人の妖術師としても看過はできない。
「早い方がいいに決まっているじゃないか。今すぐ行かない?」
「今すぐ?!」
「うん」
驚くみことに、なんでこんなに暢気なんだとツッコミをいれながら薊は、迷いのない返事をする。そんな薊に、珍しいなと思いながらもみことは何かを考えるような表情をした。
「……まあ、そんな遠くないから、いいか」
みことは少し考えてから頷いた。
だが、ふと何かに気が付いたのか「あ」と声をあげた。
「けど、男性の方にもあるかな?」
「え?」
今度は薊が首を傾げた。
「男女別なの?」
「はあ?!」
薊の疑問に、みことは目を見開いた。
「当たり前でしょ?!」
「?」
「??」
二人の間に、妙な沈黙が落ちる。
やがて薊が、おそるおそる尋ねた。
「……みこと、さっきから何の話してるの?」
「何って、銭湯だけど」
「銭湯?」
「うん」
「……戦闘?」
「?」
「??」
そこでようやく、二人は同時に気づいた。
――銭湯。――戦闘。
これらは同じ音でも、まったく別の世界。
暫しの沈黙が広がった。薊が身を乗り出すように言葉を落とした。
「最初から言ってくれよ!」
「最初に『銭湯』って言ったでしょ?!」
「僕には『戦闘』って聞こえたんだよ!」
「それでずっと話を聞いてたの?!」
「だって君が、僕の妖術に似てるって……!」
「それで戦闘狂扱いしてたわけ?! やめてよ!」
こうして薊が受け取っていたみことの戦闘体験の話は、銭湯の話だったという事実にようやく決着した。
「――で、男湯にもあるの?」
「何が?」
「そのビリビリするやつ」
「……いや、知らんわ。けど、まだ気になってはいるんだね」
「ちょっと興味はある」
「じゃあ、行こうか」
そうだね、と薊が告げると同時に、二人は席を立った。
