カグラバチ
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コトコトと煮込んでいた鍋の火をとめる。
「父さん、ご飯できたよ」
「おーありがとなチヒロ。よし飯にするか!相変わらず美味そうだ流石!」
「大げさだって」
いつもは国重と二人で食事を囲んでいるが、今日は客が来ている。
呼びに行こうと千鉱はその人物の元に向かう。
妖刀の封印の確認としてみことが先ほど向かったのを覚えている。すぐ終わると言っていたが、千鉱は三人での食事が楽しみでつい早足になった。
やはり妖刀が保管されている場にみことはいた。
鍋の香りがまだ鼻に残るのに、妖刀の前ではその温もりが遠く感じられ、足取りがゆっくりになる。
遠くから見えるみことの後ろ姿が、千鉱にはどこか寂し気に映った。厳重に封じられている真打のしめ縄にみことは手を触れている。
みことさんと、声をかけようとした――その刹那。
「あけむら」
ポツリと落ちたその言葉に、千鉱は心臓が一瞬止まったような感覚になった。手のひらにじんわり汗が滲む。
全ての感情を押し込めたようなその声音。穏やかなのにどこか叫びにも祈りにも感じられた。
千鉱が固唾をのんだ。それと同時にみことの肩がピクリと揺れた。
勢いよく振り返ったみことが手を翳す。その瞬間、手首の綾紐が背後の千鉱へと鋭く空を切るように伸びる。
空気が裂けるように張りつめ、時間がわずかに止まったように感じた。千鉱は反射的に後ずさり、全身が緊張でこわばる。
「?!」
みことは千鉱を視界にとめ、目を見開き翳した手をひっこめた。千鉱に向かっていた綾紐はみことの元に引き戻る。
「みことさん……?」
「……チヒロ君!!ごめんよ、びっくりさせたね」
突然のことに驚いて扉の所で立ち尽くしている千鉱に向かいみことが焦ったように走り寄る。
焦燥を浮かべ、自身の手を胸の前で抑え込むように握っている。千鉱の目の前まで来ると、腰をかがめて目線を合わせた。
千鉱は先ほどとは打って変わって、いつもの柔らかい雰囲気となったみことに安堵の息をつく。
「すみません集中していたのに」
「いや……こちらこそ。ケガ、ない……よね?」
心配を滲ませながらみことが問うと、安心させるように千鉱は手を広げながら大丈夫と告げる。
ほう、と胸の奥から息を吐き出すと、みことは肩の力が抜け、緊張がふっと溶けた。立ち上がったみことの手首に綾紐がしゅるしゅると巻き付いていく。
何か話題を変えようと、その綾紐の動きに千鉱は目を向ける。その綾紐の様子はどこかで見たことがあるような気もした。
「みことさん、それは」
「ああ。これね。ただの綾紐なんだけれど、私の玄力を込めてあるんだよ。玄力をこめることで、こうやって自由に動かしているんだ」
そう告げながらみことの手に巻き付いていた綾紐は意思をもっているかのように動く。まるでヘビが千鉱に頭を下げて挨拶をするようにひょこひょこと動いた。面白くてつい目で追ってしまう。
「昔、チヒロ君が小さい頃はこれを使ってあやしたりもしたなぁ」
目をわずかに輝かせている千鉱の様子に、懐かしいというようにみことは目を細める。その発言をきき、だからどこかで見覚えがあったのかもしれないと千鉱は納得した。
「そうだ。みことさん、ごはんができたので呼びに来たんです」
「おっそうだったんだね。ありがとう。もうお腹ペコペコ。さっ行こうか」
いいにおいすると顔を綻ばせながら千鉱の手を繋ぎ、外に出て進む。
「……みことさん。そっちじゃないです」
千鉱が手を軽く引き、みことはピタリと止まった。
照れながら間違えたねと告げるみことに先ほど千鉱が見た陰りは見えない。
あの時の寂し気な背中が千鉱は気になっていた。
だが先ほど聞こえた「あけむら」が何かは、聞いてはいけない。そんな気がした。
あえてその話題にならないように、刀ではなく、料理といった当たり障りのない話題をしながら国重の待つ場に二人で戻った。
********
後日、千鉱はみことがこぼしていた「あけむら」は、剣聖の「曽我 明無良」なのではないかと思った。
千鉱の父である六平国重に妖刀真打の所持者に選ばれ、最も信頼されていたと言われる剣聖。斉廷戦争の英雄の一人。
みこととどのような縁があったのか、どのような人物だったのか、千鉱は剣聖について父にさり気なく聞いてみた。けれど、国重も剣聖については教科書に書かれていることが全てと告げた。
その時の国重の雰囲気は、みことが真打の箱に触れながら「あけむら」と溢していたときと酷似していた。
それ以上は聞いてはいけない。この話題は触れてはいけないのだろう。そう千鉱は思った。
