硝子越しの世界
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「悪いヤツみっけ」
突然、頭上から声が降ってきた。
「おわっ、みこと」
見上げると、逆さまのみことの顔が目の前にあった。
「柴さんみたいな登場の仕方せんといてや」
心臓に悪いと胸を押さえて告げる。その様子を見て、おかしそうにみことが笑った。
「よっと」
掛け声とともに、ひらりと身を翻して真城の隣に座った。その軽やかさに呆れ交じりの感心を抱いていると、真城の顔を覗き込んできたみことが、そのままスッと指をさしてきた。
「タバコ」
「あー、これ? ちゃうちゃう」
ほら見て、と口にくわえていたものを取り出す。真城の手にあったのは、棒つき飴だった。
――まぁ、前に吸ってゲホゲホに咽て諦めた結果が、これなんやけど。
そんなことは口が裂けても言えない真城の横で、みことがしげしげと飴を見つめる。
「ほんとだ、ごめん。てっきり、また柴が真城を悪の道に」
「柴さんと俺のイメージどうなっとるん」
からからと笑う真城に、みことはため息をついた。
「その耳のピアスだって。開けたとき相当痛かったでしょうに」
「残念。これは、柴さん関係あらへん」
「そうなの?」
そう告げながら、みことはあっと気が付いたような顔をした。
「そっか。柴はピアス開けてないか」
独り言のようにポツリと告げたみことは、己の顎に指を当て、何か思案するように真城の方を見た。
「もしかして、柴から教わったもの以外をやってみようとか思った?」
「うっ……ちゃいますよ。俺は俺なりの、」
そこまで言葉にして、真城が口をつぐんだ。
「真城?」
みことが首をかしげる。
「……別に」
真城が、ぷいと視線を逸らした。
「図星なんだ」
「ちゃうわ」
即答だった。みことは小さく笑った。真城は居心地悪そうに飴の棒をくるりと回した。
「……柴さんの真似ばっかも、なんかちゃうなぁ思て」
視線を飴に向けたままポツリと呟いた真城に、みことは少し目を丸くした。
「だから、俺がこれええなって思ったモンくらい、自分でやってもええんちゃうかって」
真城が自身の耳についているピアスを指先でなぞった。
二人の間に、微かな沈黙が流れた。
「あっ、別に反抗とかやなくて」
真城が慌てたように手を振りながら、みことの方を向く。二人の視線がばっちりと重なった。
「うん」
みことは静かに目を細め、真城のピアスを眺めた。真城が、柴を尊敬していて大切に思っていることは、みことも分かっていた。
「――でも、全部一緒やったら、俺おらんやんって」
ゆっくりと紡がれる言葉を黙って聞いていたみことは、ふっと柔らかく笑った。
「真城らしいね」
「……笑わんの」
「なんで?」
「子どもっぽいとか」
「全然。むしろいいと思う」
「いい?」
「真城はちゃんと、自分の足で歩こうとしているんだなって」
空を見上げ、からりと笑ったみこと。その言葉と表情に、真城は一瞬心臓の鼓動が早くなった。みことの背後に広がる空の青さが、やけに眩しく映る。
「それも、似合ってるよ」
「? ――ああ。これ? これ、柴さんから、ええの持てって、この前」
みことが頬杖をついて、それと指さしたのは真城が背負っている刀だった。真城が僅かに刀に視線を向ける。
みことは、真城と刀を満足気に見つめた。――柴が渡した刀は、六平が打ったもの。それを意味することがいったい何か、みことは知っていた。
「みこと?」
みことの意味深な視線に、真城は疑問を持った。その意味を探ろうとした時、みことが徐に立ち上がった。
「はいポーズ決めて! ごー、よーん」
「ええ?! 急に」
くるりと振り返り、悪戯気に笑うみことの手にはカメラがあった。
「ほら撮るよ。にー」
「三が消えとる!」
座っている真城を、上から撮影するようにカメラを構えるみこと。どうやら刀が見えるように撮りたいらしい。そう察した真城は、とっさに飴を片手に、視線を送り印を施した。
「いち! あっ「亜空」使ってるでしょ!」
タバコの煙があるかのように妖術で空間を僅かに歪ませ、己の背負う刀を僅かに鞘から浮かせたのは、ちょっとした意趣返しだった。
――パシャリ。
「どう?」
「……いや、これ現像するまで分からないのよ」
「なんやねん」
「けど、記念すべき18歳の写真。いいに決まってる」
「まだ見てへんやろ。それにピンやなくて一緒に――」
「一緒に?」
「っ、なんでもあらへん!」
真城が慌てたように、ぷいっと顔をそむけた。
さて、とばかりにみことがカメラをしまった。真城と刀を再び見比べるように視線を動かし、背中を向けた。
「みこと」
真城も立ち上がり、みことを呼び止める。みことが肩だけ真城の方に振り向いた。
「さっきもやけど、なんかあるん?」
風が一段強く吹いて、二人の間にあった空気を少しだけ乱す。
「その刀さ」
みことは一度だけ、真城の背中の刀を見たまま口を開きかけた。言いかけて、みことはふっと笑った。
「アイツなら、まあ、そうするか」
独り言のように落とされた言葉に、真城はアイツとはだれを指すのか考え、問いかけるような視線を向けた。みことは、どこか、言葉を探しているようだった。
「……いや、やめとこう」
軽く笑って肩をすくめる。
「今それ言うと、真城がめんどくさい顔しそう。それに柴にも悪いかも」
「なんやそれ」
「その顔」
みことは、からかうみたいに目を細めるが、その視線は一瞬だけ刀の方に戻った。流れるように、背中を向けた。
みことは背を向けたまま、言葉を続けた。その声は、どこか明るい。
「柴が渡した意味、ちゃんとあるよ」
静寂が戻る。空の明るさが、やけに静かに二人の間へ落ちていた。
真城がとっさに息をのんだ。背負った刀の重さがやけに強く感じられた。柴が渡したことなのか、それとも、この刀に込められている思いなのか、真城は考えた。
「意味」
刀に視線を送り、柄にそっと触れる。その際に手の平にピアスがかすめた。ふと、誰かに頭を撫でられているような感覚がした。
あっ、とみことが声をあげる。
「一番大事なこと伝えてなかった!」
ポンと手をつき、こちらに向き直ってくる。
「真城! おめでとう!!」
ニカリと笑い告げる。じゃ! と手をあげ、みことは再び歩き出した。
「なんなん、ほんま……でもまあみことやしな」
片手をあげて去っていくみことの背中を見つめながら、何だったんだ、と、再び腰を下ろした。ふと手をついたときに、何かが指先に触れた。
「……?」
何だと思い見ると、「真城へ」とみことの字で書かれ、丁寧に包まれたものが置かれていた。いつの間に。
先ほどの会話と言い、みことが己に会いに来たのも、これが理由かと察した。柴に似て、肝心なことははぐらかす。どこかおかしくて、真城はつい、はっと声を上げ破顔した。
「ありがとさん、みこと」
呟いた言葉は、ゆらりと風にまじっていった。
