術玄談義
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気だるげな昼下がり。神奈備管轄の訓練場の裏では、二人の人物が並んで縁側に座っていた。
一人は剣術の特別講師として、一人は玄力操作の特別講師として、神奈備に招かれた者たちだ。
「まさかここで講師として会うとはなぁ、鎺」
「それは、こっちのセリフでもありますよ」
座村さんと声をかけ、みことが横を見る。座村と呼ばれた男は、苦笑を浮かべた。
「俺ァ今日だけだ。剣術を見せてやってくれてって頼まれてな。やりはするが、全体指導は向いてねえってつくづく思うもんだ」
「……同感です」
「お前は普段から、鎺として、ちったぁやってんだろ」
「座村さんだって、白禊流の師範やっているじゃないですか」
座村と同じように苦笑を浮かべ、みことは空を見上げた。青空に一つの雲がゆったりと流れている。
講義を終え、各自が自主練へ移る頃だった。偶然鉢合わせた二人は、いつの間にか訓練場裏の縁側へ腰を下ろしていた。みことたちがいる反対側からは、賑やかな声が響いてきている。
その声を背景に、座村とみことは、二人してくだらない世間話をしていた。――俗に言うサボりである。
「そういえば、座村さん。以前から聞きたかったんですが、あの空間把握のやつ、どうやっているんですか?」
「あー? 企業秘密」
「教えてくださいよ」
「ンなこと言われても、感覚だ感覚」
「えー。そこを何とか。ココアシガレットあげますから」
「いらねえ」
「グラビア雑誌」
「……いらねえ」
「ちょっと悩みましたよね?」
「お前舐めてんな」
座村はおもむろに煙草を取り出し、口にくわえる。それを見て、あっとみことは声を上げた。
「ココは禁煙ですよ。それに、辞めたのでは?」
「火ぃつけてねえからセーフだ」
「セーフってなんですか?!」
うるせえと言いながら、火のついていない煙草を摘まみ、座村は遠くを見つめるような雰囲気を纏った。
「――鎺。お前だって、その紐を動かしているのも、どうやってんだ、って言われて上手く説明できるか?」
みことは座村の言葉に、己の手首に巻きついている綾紐を見つめる。玄力でしゅるりと動かし、少しばかり遊ばせてからまた手首に巻き付けた。
「……己の感覚、というか手足を動かす感じですね」
ポツリと呟いて、みことは、手を握ったり開いたりした。
「あー……、なるほど。息を吸うのを、どうやるんです?って聞かれる感じですか」
「ま。そういうこった」
ふむ、と顎に手を当てて考え込むみこと。座村は、みことがなにやらごちゃごちゃと考えを巡らせている気配を感じた。座村は、みことの繊細さを誰より知る男でもある。
――ま。こいつは、そう遠くないうちに、勝手に解釈して勝手に自分の形で身につけそうだな。
ほくそ笑むように、座村は煙草をくわえた。
「ああー!見つけましたよ!梶さん!!こんなところでサボって!座村さんも!!」
「おー、お疲れさん」
「皆さんの自主練の時間だったんですよ。で、どうです進捗は?」
やって来た教育職員とみことが、現状について言葉を交わしている。座村は、真横で繰り広げられる会話を、まるで音楽のような心地で聞いていた。いつもとは違ったみことの声だが、その根底にある雰囲気はいつもと変わらない。変わらない友の気配に、座村は無意識のうちに口角をあげていた。
みことが、おもむろに立ち上がった。
「では、また。座村さん」
「おう。お前もまあ、何だ。ほどほどにな、梶先生」
梶先生、とぎこちなく呼ばれ、みことは笑った。
「ほら早く!行きますよ、梶さん!」
職員に連れられ、みことが背中を向けた。去り際に、黙ってこちらに頭を下げた気配を、座村は感じた。
「俺も、そろそろ戻るとするか」
そう言い腰を上げ、刀を握る。火をつけないまま終わった煙草を、静かにしまった。
座村清市は、閉ざした目で、人の玄力の揺らぎを誰よりも敏感に察知する剣士。みことが「梶」の姿をしていようが、どんな姿をしていても彼には関係なかった。
そして、その内側にある「鎺」としての繊細な玄力のコントロールもすべて察してしまう。
その研ぎ澄まされた感覚は、みことが心に抱えている澱みも、見逃さない。
座村の耳に届く足音は、軽い。
だが、その玄力の揺らぎだけは、どこか張り詰めた糸のようだった。
「張りすぎた糸は切れるぞ、鎺」
誰に告げるわけでもなく、座村は言葉を空に落とした。雲が去り、広がる青に向かい、座村は小さく笑った。
――このあとみことが、座村の反響定位のやり方をこっそり観察し、ひっそり玄力で実践をするのはまた別の話。
