禍祓いの影札
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ゆらりと炎が立ちのぼる。陽炎めいた揺らめきが空気を歪め、その向こうから二人の男が現れた。
「あらら。こりゃあまた、派手にやったねー」
腰に刀を帯びた男が、手を翳し呟く。その手の甲には、大小二つの三日月を背中合わせに繋いだような炎の紋章が刻まれていた。
「一人の妖術師による襲撃。有力家の違法取引の摘発。神奈備は、知らぬ存ぜぬ」
もう一人の男が被っている帽子を正しながら、独り言のように告げる。その者の手にも、同様の紋章が刻まれていた。
「こんなにド派手にやられているってのに、結局、情勢は大きな変化なしか」
「それが目的なのさ」
男は周囲を見回し、どこかに目星をつけたのか歩き出した。退屈そうな足取りで、もう一人が後を追う。
「律儀に遺体、何なら人形も処理して――影札ってのは、ずいぶんと甘ちゃんな奴なのか」
「死人に口なし、証拠もなし。手練れでもあるぞ」
「剣豪だったら、是非とも手合わせしたいものなんだがな」
剣豪に拘る男の発言に、帽子の男は、相変わらずだなとばかりに息をついた。
薄暗いここは、血や硝煙のにおいが立ち込め、静寂に包まれている。その異様さと裏腹に、淡々と会話をしながら、二人は歩を進めている。
先ほどの場所の更に奥。そこは、元々何か水槽等があったのか、ガラスは割れ、机のようなものもひしゃげている。そして、場違いの四本の巨大な松が鎮座していた。
目的の場所に着いたとばかりに、一本の松の前で、帽子の男が足を止めた。もう一人も、欠伸をして立ち止まる。ふと、地面に何か落ちているのに気がつき、拾いあげた。古びた写真だ。そこには、幸せそうな家族が映っていた。
「失った家族と、もう一度。健気だねえ」
「彼らは役目を全うした。研究は道半ばだったが。成果は、十二分なくらいだ」
帽子の男はそう告げながら、松についていた血痕の部位を切り取った。
「――で。それが、目的の?」
大事そうにそれを仕舞う帽子の男を横目で見ながら、男は不敵に笑い問いかける。
「ああ。鎺みことの血、だ」
その口元は、満足そうに緩んでいた。笑い出したいのを耐えるようにして、被っていた帽子を押さえた。そのまま流れるようにして紋章が刻まれている手で、印を結ぶ。示し合わせたように、もう一人も印を結んだ。
あたりが一瞬、燃え上がる炎で照らされ明るくなる。
二つの影は、陽炎のように揺らめき、静寂へと溶けていった――。
二つの影が静寂へと溶けていったと同じ頃。
神奈備本部内の、とある訓練場――。
狭い訓練室で、ヘッドホンを着けた男が一人佇んでいた。
どこかソワソワしている雰囲気を醸し出していたが、射出装置から飛来した木片を容赦なく斬り捨てた。
風切り音と刀身が収まる音が混ざり合い、一つの塊となって爆ぜる。雷のような緊迫感が、空間にはしった。
男――巳坂奈ツ基は、舌打ちをした。そして、何かを思い出したのか苦い表情を浮かべ、顔を覆った。
「いやマジで……俺、」
お前も脱げよ。男同士だろ遠慮すんなよ。かつて彼女に放った言葉が、頭の中で何度も響く。記憶を振り払うように音量を上げた。鼓膜が破れんばかりに上げた。だが、会話を思い出しては、顔を覆い、のたうち回る。
先ほどまで木片を一刀のもとに斬り伏せていた男とは思えないほど情けない姿だった。ヘッドホンから漏れ出る音と、顔を埋めた奈ツ基のうめき声が、最悪なハーモニーを奏でていた。
――落ち着け。冷静になる巳坂奈ツ基ィ!
そう己に言い聞かせ、立ち上がり訓練を再開しようとした。刀を構えようとしたその刹那、不意に誰かが叫んだ。
「――キさん!」
聞こえない。
「ナツキさん!!」
「……ああ?」
己を呼ぶ圧を感じ、奈ツ基は入り口に向き直り、ヘッドホンを外した。奈ツ基の部下が、何か言いたげに立っていた。十河隊隊長としての初任務か、と身構えた。
「ナツキさん!イブキさんが来ていますよ!!全く、そんな爆音で聴いていたら耳おかしくなりますよ!」
伊武基の名前に、奈ツ基は僅かに眉を上げた。伊武基が、わざわざ本部まで来るのは珍しい。すぐに準備するとばかりに、訓練を切り上げた。
隊長就任祝いと、何やら弟が挙動不審だと噂を耳にしてやって来た伊武基。そして、伊武基との会話の中で、奈ツ基はある事実を知る。かつて、みことと会っていたこと。
別れ際に勢いで呼び捨てをした己の大胆さと不敬さに気が付いて、奈ツ基が青ざめるまで――あと数分のことだった。
ーー完ーー
