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「ちょっとぉ!それ絶対アカンやつだって!」
「寝込んでたお前のために、俺が丹精込めて作ったんだぞ。ほらもっと食え!」
「ありがとね!気持ちは嬉しいけれど、これ何?!食材の悲鳴が聞こえてくるんだけど。今すぐ農家に謝った方がいいって」
異様なにおいが鼻を刺激する中、何やら騒がしい声が響く。
扉を開けたら、布団から身を起こし、全力でのけ反っているみことの姿があった。何からそんなに逃げているのか。みことが指さす先には、六平がいた。片手に鍋。片手にスプーン。鍋からは湯気なのか何かが発せられているのか、僅かに空間がゆがんでいるような気配がした。
「何か黒いし!何入れたの?!イカ墨なんてあった?!しょっぱすぎるから普通に醤油?!醤油だとしても入れすぎなくらい――黒い!!」
「松炭」
「うっそでしょ。それ、まさか工房にあったやつ……?」
「安心しろ未使用だ!健康にいいと聞いた」
「ふざけんな。ちょっと食べちゃった自分が馬鹿すぎる」
ぺしりと己の頭を叩くようにして項垂れたみこと。顔色は病み上がりだからか、はたまた六平が丹精こめて作ったものを食べたからか。
扉を開けて繰り広げられていた一連のやりとりに、二人が呆れたようにため息を溢した。だが、それはどこか安堵の吐息も混じっていた。
「みことさん。気が付いたんですね」
「そないに騒がしかったら、大丈夫そうやな」
「おっ、チヒロ!柴!帰ったか」
「ご心配おかけしやした。六平の手によって、また寝込みそうだけど」
「柴、お前も食うか?」
「いらん。死ぬ」
「僕も来たよ――って、何この異臭」
「お、薊じゃん。ご無沙汰」
「やあみこと。柴とチヒロ君から寝込んだって聞いたけど、元気そうだね」
やれやれ、と千鉱が頭を抱えながら、部屋の窓を全開にする。流れ込んできた新鮮な風が、空間を歪ませていた謎の湯気を少しずつ薄めていった。
六平たちの側に戻って来た千鉱が、どこか労うような表情と共に告げた。
「みことさん。お粥、作り直します。普通の白いやつ」
「チヒロ君……!いい子すぎる!ありがとねぇ。六平、チヒロ君を嫁にください」
「やらん!」
六平が、ガバリと千鉱を守るように腕におさめた。
「そこを何とか!お父さーん!」
「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはありません!」
ふん、と分かりやすくそっぽを向いた。みことも六平も、口元が全力で緩んでいる。完全に悪ノリだ。
「はいはい、お二人さん。チヒロ君、困っとるから。おふざけもそれくらいで」
第一なんで嫁やねんと、柴はみことの頭をペシリとはたいた。
そんな和やかな空気を切り裂くように、背後から「うっ……」と短い絶叫が響く。
見れば、興味本位でスプーンの黒い物体を口に含んでしまった薊が、その場にガクリと崩れ落ちていた。
「薊?!」
「薊、何食べ物で膝ついとんねん!シャキッとせんか!処刑人やろ!」
確かに、あのダークマターは異様にしょっぱかった。涙が出るほどしょっぱかった。みことは、塩分濃度が死海を十回以上沸騰させたレベルであったあれを思い出し、自然と耳の下のあたりがキュッと熱くなった。内心、梅干しかとツッコミを入れた。
「ゲテモノ食いのみことでも引いたくらいや。俺らが手を出しちゃアカンかったんや」
「ちょっと柴。ゲテモノ食いって何よ」
「事実やん」
「好んで食べていませーん」
「おい、これがゲテモノだって言うのか?!」
「ごめん、それはダークマター」
とりあえず、これはもう危険物質だ。何とか処理しなくてはとみことは鍋を指さし柴に視線を送る。
「柴。妖術でこの黒い塊をどこか遠くに運んで。亥猿のじいさんの頭上とかでいいから」
「無茶言うな。こんな、この世の終わりみたいな物質に妖術使こうたら、俺の精神が汚染されて二度と妖術使えんなるわ」
「精神攻撃の一種なのこれ?!」
「くっ……まずい」
「薊?!それは二重の意味なんか? って、しっかりせえ薊ぃ!意識を保て!」
「見える……。川の向こうで、アフロヘアーの男がリーゼントの男に往復ビンタをかましながら手招きをしている……「そうちゃん、こっちおいで」と」
「それお迎えじゃなくてただの治安が悪い宴会!」
「戻ってこい薊ー!」
「?父さん。これ、よく見たら少しずつ増殖して……?」
「は?」「え?」「ほんま?」
ゴト……ゴトゴトゴト……と怪しげな音を奏でながら、鍋は更に気配を強く放っていた。その異様な光景に各々息をのんだ。
「……気のせいかな? 鍋の中で、黒い何かが」
千鉱が疑問を浮かべながら、改めて鍋を見る。すると六平がぽかんと口を開け、思い出したとばかりに声を出した。
「あ」
「あ、じゃないわよ、六平!何したの?!」
「すまん。松炭のほかに、工房の奥にあった砂鉄と藁灰を少々、それから俺のパッションを隠し味に入れた」
「それ料理の工程じゃなくて刀の工程でしょーが!」
「ドロドロに溶かすという点では、確かに共通しとるか」
「そうか――って納得できるか!」
みことがツッコむと同時に、ドパァン!と鍋から音が鳴った。
ついに意思を持ち始めたダークマターが、大気圏を突き破るのかという勢いで鍋から天井へと噴出したのだった。
六平国重は孤高の刀匠。そして、絶対に台所に立たせてはいけない人物だった。
