真昼の裂け目
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静かで重い空気がこの場を覆っていた。
すすり泣く音、耐えるように心を抑え込む音が、離れた場所にいるみことの耳にも届く。その音に押しつぶされないようにと、強く拳を握った。
「君が鎺みことか」
「貴方は、」
「蓮水だ」
蓮水と名乗った男は、どこか疲れを滲ませていた。一人遠くから様子を見守っていたみことは、突然声をかけられたことに、些か驚いた。そして、「蓮水」という名を、みことは聞き覚えがあった。
「柴から、君のことはよく聞いていた」
「……貴方が、柴の上司の」
柴や真城がよく口にしていた上司だと思い出した。みことと蓮水が、直接面と向かって話をするのは初めてだ。このような人物だったのか、と思っていそうな顔をお互いに浮かべている。
柴や真城の話から、信頼している大人であることは何となく感じていたため、いつもお世話になっているとばかりに、みことは軽く頭を下げた。
畏まらなくていいと告げながら、蓮水は、みことの血塗れの服と、手についている血を見つめていた。その視線に気が付き、みことは僅かに気まずそうな顔をした。
「真城たちの遺体、君がしてくれたのか」
「抱えて帰って来たのは柴です。私は、せめて最期は綺麗な形で、と思っただけです」
そう告げながら、みことは掌を見つめた。自分ができたのは、欠損の激しかった彼らの身体をせめて少しでも元の姿に、といったことだけだった。悔しさを滲ませながら項垂れるみことに、蓮水は静かに言葉を紡いだ。
「それで、救われた人もいる」
みことが顔を上げると、蓮水は遠くを見つめていた。その視線の先を追うと、遺体の前で、別れを告げている彼らの家族の姿があった。
その中の一か所に、みことは嫌でも目が留まった。丁寧にかぶせられている布。その周りには、誰もいなかった。
「真城はな。妖術局で育ったんだ」
「……聞いています。柴と組んで、色々やんちゃしたとも」
「アイツはホントに。だが、まあ、真城が柴と組んでから、人らしくなった。それまではどこか、冷めていてな。純粋であるがゆえに、柴の奴と組んだらそれは、もう」
みことは、蓮水は自分に語っているようで、独り言のような話し方だと感じた。時折言葉に詰まらせる蓮水に、みことは、彼と真城の間にあった年月と情を痛いほど感じた。以前、真城が嬉しそうに蓮水のことを話していた姿が、脳裏に過った。
「それなら――」
みことが息を吸った。真城がいる場所を見つめる。
「貴方は真城の、家族のような方だったのですね」
横にいた蓮水が、小さく「家族」と言葉を繰り返した。それから、僅かに体を震わせて顔を覆った。みことは、見てはいけない気がして、背を向けた。
「――君が、柴の友人である理由が分かった気がする」
その言葉には、ただの労いや感謝以上の重みがあった。みことは、背を向けたままゆっくりと窓の外を見た。夜の帳は下りているはずなのに、周囲は惨禍の熱と血の匂いでひどく淀んでいる。
先ほど倒れた千晃も、今治療を受けている柴も心配だ。みことは曽我家に行くべきか、ここに留まるべきか、これから自身がどうするべきかを考えていた。
「鎺」
蓮水は顔を覆っていた手を下ろすと、どこか吹っ切れたような、しかしより深い哀しみを湛えた瞳を携えて、みことを呼び止めた。どこか念が籠っていた声掛けに、何かあるかと、みことは蓮水に向き直った。
「とりあえず、これを使ってくれ」
あり合わせで済まないが、と告げながら、蓮水はみことに真新しいシャツを差し出した。みことは礼を告げて受け取ろうとしたが、己の手の現状を思い出した。蓮水もみことの手を見て、すまないとばかりに傍らの椅子に置いた。蓮水はそのまま、時間と場所だけが書かれた紙をその上にのせた。
紙を確認しようとしたみことに、蓮水は意を決したように告げる。
「柴が告げた内容を、君たちに伝える」
「『君たち』ですか?」
「六平国重も呼んでいる」
六平の名前が出たことに、みことは驚きの色を示した。
全てを話す。そう告げた蓮水の目には強い意志が宿っていた。
「そして、これからのことも。協力をしてほしい」
蓮水の静かではあるが、真っ直ぐな目は、鋭利な刃物を彷彿とさせた。
みことは一度だけ、布に包まれた真城の場所を見つめる。それから蓮水に応えるように、深く頷いた。
