真昼の裂け目
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ふらりと歩き出した柴の足取りは、どこか覚束ない。
柴の背中越しに、物言わぬ姿となっている彼らが、目に留まった。穏やかな波の音と、吹きぬけた潮風に揺らぐ梢の音、柴が浜辺を踏みしめる足音だけが、この世界にあった。
受け止め難い光景が、眼前に広がっていた。震えて崩れそうになる膝を叱咤して、足跡と共に血痕を残す柴の背中を追いかけ、肩を掴む。
「柴」
「……」
足を止め、静かにこちらに顔を向けた柴の表情に、息をのんだ。こんな表情の柴は、見たことがなかった。悲しみも憎しみも、すべてを押し込め、凪いでいる。まるで、この世ではないところにいるみたいだ。このまま彼らと同じところに、いってしまうのではないかと一瞬恐怖を覚えた。
「無事とは、言わない。けど、その傷、」
「……こんなん」
柴は、流れる血を見て初めて自分の傷を思い出したように、忌々しいとばかりに顔をしかめた。私はとっさに柴の背中に手を添えて、術を施した。
「……今の俺一人じゃ、できひん。――せやから、みこと」
「分かった」
柴の言葉に、二つ返事で告げた。満身創痍ではあるが、柴一人だけであれば、きっと問題なく戻れただろう。だが、目の前の彼らも共に、だ――。
柴が、再び歩き出した。
浜辺に整然と並べられた亡骸が目に留まる。私を連れてくる前に、一人無茶をして六人全員を抱えここに集めていたのか。柴の赤く染まったシャツが物語っていた。柴がしゃがみ込み、静かに、真城の目を閉ざしていた。無言で淡々と進めている柴に、どうしようもない思いがこみ上げた。
いつものお喋りはどうしたと、心の中でそう呟いた瞬間、潮風が私の頬を掠め、何とも言えない鉄錆のにおいが鼻腔の奥深くまで焼き付いた。
私は亡骸を囲うように、陣を描こうと手を伸ばした。慣れたはずの手つきが、今日は鉛のように重い。
一瞬消えた柴が、刀を抱えて戻って来た。真城の隣に、そっとその刀を添えていた。僅かに指先が震えていた。柴の顔には、今の私には到底測れないほどの激情と、それをねじ伏せる冷徹な責任感が宿っていた。
「いけるか」
「――うん」
頷いた私に、柴が俯く。自身の手のひらを見つめ、「俺の術」と呟いた。吐き捨てるような言い方だった。
「柴?」
「……なんで、俺が」
ぐらりと柴の身体が傾いた。とっさに手を伸ばすが、体格差もあり、肩で支える形になった。柴は、自分の足で立っている。縋りつくように腕を掴まれた。
名を呼ぶと、「俺がもっと」「ほんまに」「なんで」とポツリ、ポツリと単語が耳元で聞こえた。私の肩に額を押し付けている柴の表情は見えない。だが、生きていることを確認するように回された腕が、痛いくらい柴の心を物語っていた。
背中に手を置くか一拍悩み、力が籠っている柴の腕にそっと触れた。
「私も背負う」
呟くように告げた言葉に、柴の言葉が止まった。
波の音が耳に響く。海のにおいか、血のにおいか。塩辛い風が引き抜けた。一瞬だったが、長く感じた。
柴が呼吸を整えて、私の肩から顔を離した。何事もなかった顔をして告げる。
「俺の術で、妖術局に飛ぶ。サポート頼むわ。妖術局やから、みことを知っとる奴もおる」
この緊急事態では、私のことなど細事だ。今更どうこうにもならないだろう。口では「仕方ない」と言いつつ、そのつもりで、柴の妖術を増強できるような陣を描いていた。
「帰ろう。皆で」
目の前で眠る彼らを見つめ、互いに頷き合う。しゃがみ込み手をつく。私の手を覆うように、柴が片手を乗せてきた。その手は血の気がないように、ひやりと冷たかった。
頼むから気を失わないでくれよ、と額に脂汗を滲ませている柴へ、祈るような思いを込めて術を発動させる。
柴が印を結ぶ。
「着いたら、『伝言』と」
その一言と、先ほどまでの柴の様子から、彼が今生きている理由を察した。――何と残酷な事実なのだろう。
