真昼の裂け目
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千晃がお茶を運ぼうと、手を伸ばした。ほぼ同時に伸ばしていた私の手が、それを遮る。
「私が運ぶよ」
「いいよ、私が」
「……チアキ」
「うっ……分かった。分かったよ」
私がまっすぐに見つめると、降参だとばかりに、千晃が目を瞑って両手を挙げた。手を降ろし、全てを察したように、わずかにシュンとした千晃。本当に彼女は、もう2年も経っているのに、こういったところは変わらない。
「ありがとう」
「みこと。それはこっちの台詞だって」
そう言い、行こうと告げてくる。その背中は、曽我の姫にふさわしい凛とした雰囲気を纏っており、思わず感嘆のため息が零れた。
ふと、2年前のことを思い出した。
柴と出会い、千晃と六平と出会い、薊と出会った。
出会ってすぐの頃は、これからをどうするか悩んでいた。妖術局に来いと当初から柴から誘われていたが、市勢を見て回りたかった思いもあり、六平たちのところに居候をしながら過ごしていた。
2年前に、対妖術戦略陸軍が発足され、薊がそこに所属することになった。そろそろ己も、どこかに本格的に属そうと本腰を入れて、柴や真城のいる妖術局か、薊と共に新しく発足された陸軍か選択をしようとした。
そんな最中だった。青天の霹靂と言うにふさわしい、千晃の「曽我の姫」として覚醒――。
曽我家本家に入ることになった千晃。
ありがたいことに、千晃の母にいたく気に入られていた私は、ひっそりと傍にいることが許された。
口には直接出さずとも馴染の者が誰か傍にいて欲しいと願う娘に対する、母の思いやりもあったのだろう。かつて己が、名家にいたこともあるかもしれない。――まあ選択肢が、柴に薊に私、となったら、女でもある自分は及第点だったのだろう。
「お母さんが……みことなら、一緒に行ってもいいって。だから……」
俯きながら、もじもじして告げてきた千晃を前に、迷う余地などなかった。
私自身も、いくら明無良がいるとはいえ、千晃を一人で本家に行かせたくなかった。嫡流と庶流。高名な家柄であるほどその溝が大きいのは、身をもって経験している。少しでも千晃の力になれればと思った。
あれから2年――。
縁側を歩く私たちの左上に広がる空の真ん中に、太陽が輝いている。先ほど時計を見た時は12時を少し過ぎたところだった。
先日千晃が見た杁島での会談が、現在行われている。先ほど、湯呑にひびが入った。それに真城の声の空耳。杁島会談の行方に思いを飛ばしていたら、千晃から声がかかった。
「みことは、その。好きな人とか、いないの?」
「え。私?」
「うん」
好きな人。考えたこともなかったかもしれない。うーんと悩んでいると、千晃が「ほらこの人とか」といいながら前髪を一つに集めて横に垂らしたり、片目を隠したり。どう考えても、あの二人をさしている。
「ない」
「えー……って、その顔何よ」
即答した私の顔を見て、笑う千晃。だって彼らは友人。人として好ましく思っているが、恋愛となるとそれはまた別の話だ。あり得ない。向こうも絶対そう思っている。実際、この前人助けのときに、「女性はこちらで先に退避を」とか言っておきながら、退避しようとした私を普通に戦力に加えていて「なんでみことがそっちに行くんだ」と真顔で薊が言ったときは殴ろうかと思った。横で爆笑していた柴は殴ったけど。――とまあ、そんなことはどうでもいい。
千晃は、まだ何か聞きたそうな顔をしている。だが聞くべきかどうか悩んでいる、そんな様子だった。これはまさか。
「まさか、私が六平のこと好きだって思ってる?」
「えっ、いや。その」
頬を赤く染めてにあたふたしている千晃。図星かな。
「それは、絶っ対ないから安心して」
だって私、千晃と六平をくっつけたい同盟の一人だもの。その言葉は大人しく飲み込んだ。
私も柴も薊も、六平と千晃が結ばれたら嬉しいと思っている。特に柴とは、千晃の母にばれないように、何かと共に画策してきた。手違いがあったとはいえ、派手にやった柴はバレたけれど。
「ええ、そんな言い切る?!何で?!」
「……」
私からしたら何でこんないい子が、あの生活力皆無男にぞっこんなんだ。明無良が知ったら卒倒するよ、きっと。
「いや確かに底抜けにいい奴だし、人として好ましいと思うよ。私にとっては恩人でもあるし。けど、まあ、恋愛対象かってなると……ねえ。それに、」
「な、何?」
じっと見つめる私の視線にたじろぐ千晃。だって、どう考えてもこの二人両想いだもの。はよくっつかんかい。
「――文通再開する?届けるよ」
「ちょっと、やめてよー!私と国重関連で何かして、もしバレてお母さんの怒りを買っちゃったら、みことまで私の側からいなくなっちゃうじゃない!」
ダメ!と耳まで赤く染めて己の両頬を両手で押さえて言う千晃。
いや、実は結構もう色々やってます。ごめんなさい千晃のお母さん。そう心の中で、全力で謝罪した。
「曽我の姫として、本家に来て、痛いほど味わっている。国重とは……」
先ほどまでの明るさとは打って変わり、肩を落とした千晃は、言葉を止めた。
「分かってはいるんだよ。けど、前の夢で国重がいた気がして……。国重が東京に来ているかもって言ったら、お母さんが煩悩だってカンカンに怒っちゃって」
困ったなぁと上を見て困ったように笑う千晃。どこか寂しさと諦めの感情が伝わって来た。
だが実際に、六平は東京に来ている。柴と真城に連れられ、国の雫天石の研究施設に彼は今いる。
「六平の奴、またチアキへの手紙を届けたろうかって言っても迷惑かけちまうやって。本人連れてサプライズを提案しても全く乗り気やなかったわ。何が立場やねん。ホンマおもんないわ」と柴が、愚痴をこぼしていたのも記憶に新しい。
六平も千晃も、己の立場を理解している。そして、相手を思ってのものなのも分かる。けれど、やはり私や柴は二人には幸せになって欲しい。
杁島から帰って来たら、ヒロトさんや義之氶さんにもひっそり協力して貰ってもいいかもしれない。曽我家の方々であるが、あの二人なら上手いことやってくれそうだ。
本家の歴史は何かきな臭いし、ここ半年、本家の様子もどこか引っ掛かりを覚えた。真城も引き込んで本格的に動かないとダメだな、これは。そう確信した私は、意を決して横を歩く千晃に声をかけた。
「チアキ。実は今、六平が――」
その刹那。
千晃の動きが止まり、糸が切れたように倒れこんだ。とっさに持っていたお盆から手を離し、千晃を支える。
静寂に包まれていた空間に、茶器の割れる音が切り裂くように響いた。
「チアキ!」
千晃の顔は苦悶の表情を浮かべている。名前を呼びかけるも、表情は変わらず、冷や汗が滲んでいる。
何が起きたのか。周囲に刺客の気配や殺気はない。何か術によるものではなさそうだ。まさか、予言?けれどこんな急に起きるものなのか?
「千晃様!」「姉さん!みこと!」
騒ぎを聞きつけた家の人々が、やって来る。突然倒れこんだことを告げ、千晃は運ばれていった。千晃は家の人に託した方が良さそうだ。
先ほどまでの出来事に、胸がざわめいた。誰かが呼んでいる気がする。
胸騒ぎがして曽我家の外に足を運んだ。
咄嗟に気配を感じ、立ち止まる。
「――柴?」
目の前にいたのは、柴だった。
珍しく赤い服を着ているのかと、一瞬思った。だが鼻につく鉄錆の臭いと柴の乱れた息に、最悪の事実が頭を過った。
縋りつく様な手つきで掴まれ、柴の妖術で飛んだ。
松の木、海、島。ここは――
「杁島?」
いつも騒がしいくらいの柴が、無言だ。
その意味も、次に目に飛び込んできた惨劇と呼ぶにふさわしい現場と、噎せ返るような血の臭いに、すぐ理解した。
