禍祓いの影札
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それにしても、先ほどの敵、いませんね」
声を潜め若手が呟く。響くのは、自分たちの駆ける足音だけだった。
結界が破壊されたことは、中の敵も気がついているだろう。ここはほぼ一本道。
「わざわざ出迎えずとも、来るとわかっているなら待っているだろうな」
隊長が若手に声をかける。ここは敵地。地の利はあちらにある。警戒を強め、扉に手をかける。
目に飛び込んだのは、開けた空間だった。研究施設、というよりも実験場と呼ぶにふさわしい雰囲気が立ち込めていた。
このすぐそばに、牢のような場所があったはず。みことが周囲を探ろうとした、その時。
「あの結界を破り来るとは。厄介なことだ」
その声と共に、殺気を感じた。みことはとっさに印を結び、結界を展開した。
見えない壁に遮られた先には、仮面を被った人形が、刀を振り下ろしていた。人形の肩越し――施設の奥のところに、人影が見える。
みことが展開した結界術に、なるほどと呟いた相手は、結界が破壊されたことに合点がいったといった様子を見せていた。
「テメエが、その人形を操っている野郎か」
巳坂が人形を切り伏せ、尋ねる。奥にいた人影は、いかにもと応えるように頷いた。
「その格好に徽章。神奈備ですか」
相手の言葉に、そうだと告げようとした若手を、隊長が答えるなとばかりに、腕をかざして止めさせた。その隊長の仕草に、巳坂が僅かに片眉を上げる。みことが静かな顔をしている横で、若手が困惑の表情を浮かべていた。
「神奈備……?今、神奈備といったか?!」
一瞬の沈黙の中、歓喜するような声が右奥から聞こえた。
「人だ!」
「助けに来てくれたんだ!おい!みんな、助けが来たぞ」
「助けてください!」
その声が奥から反響するように広がった。助けを求める叫びは、安堵というより混乱に近い。
みことは、印を結んだまま、視線だけを動かした。敵の人形、その人形を操る男、そして奥から聞こえる複数の人間の声。みことがそれぞれの位置を確認する横で、隊長が一歩前に踏み出した。
「研究者を探している。この先か」
隊長の声は低いが、明らかに警戒の色が濃くなっていた。
男は、隊長の問いかけにも、助けを求める声にも一切反応しない。ただ、興味深そうにみことたちを見ている。
「やはり来たかというべきか、それとも遅いというべきか」
その言葉に、みことの指先がわずかに動く。どうやら答える気は全くないらしい。
「人形遊びの趣味は理解できねぇが……ここにいる連中は何だ」
巳坂が、短く吐き捨てるように奥の人影を睨んだ。
「哀れな人間を再利用しているだけですよ」
再利用。その言葉に、全員が睨みをきかせる。
男が、ゆっくりと手を叩いた。乾いた音が空間に反響する。妙に楽しげな様子で、両手を広げた。
「結界を破り、人形を退け、ここまで到達した。優秀だ。実に、優秀ですよ」
その言葉に合わせるように、奥の暗がりから、影が動いた。いや、影ではない。壁に貼り付くように潜んでいた別の人形が、ゆっくりと姿を現した。
「だが残念。ここから先は、選ぶことになる」
男が一歩、後ろへ下がる。
「救うか、戦うか。それとも――」
その瞬間、右奥の扉が、内側から激しく叩かれた。
「おい!出してくれ!ここを開けてくれ!」
みことの視線が鋭くなる。扉の向こうには、まだ生きている人がいる。そして、目の前には動き出した人形。巳坂が刀を構えた。
「……面倒な趣味してやがる」
次の瞬間、人形が合図もなく踏み出し、一斉に動いた。
みことは結界を一段、薄く広げる。防御ではなく、干渉のための層だ。
「隊長、区画は分断されています。奥に二つ以上、扉」
短く告げる声に、隊長は即座に応じた。隊長が、若手の二人の名を呼ぶ。
「お前たちは救助優先だ。俺に続け。巳坂、前を切れ。梶は結界維持、通路確保」
「言われるまでもねぇ」
巳坂は一歩で間合いを詰めた。刃が抜かれる瞬間、空気が裂ける音が遅れて追いつく。振り下ろしではなく、横薙ぎ。人形の胴体が触れた瞬間、遅れて崩れ落ちた。
湧き出るように次々と現れる人形に、巳坂は舌打ちする。それと同時に、奥の扉がさらに強く叩かれた。
「おい!こっちだ!早く!」
「出してくれ!頼む!」
声は一つではない。重なり、ずれ、恐怖と希望が同時に揺れている。隊長が、一瞬だけ視線を走らせた。
「巳坂は制圧を続けろ。梶、結界で道を頼む」
「承知」
みことはその場にしゃがみ、陣を描かずに両手を地面につけ、結界を展開する。守るための壁を、別の形へと変えて拡張した。圧縮された空間が一瞬だけ歪み、右奥の扉へと細い抜け道が通る。
結界を道として組み替えた瞬間、みことの呼吸がほんの一瞬だが、乱れた。結界は維持されているが、その額には薄く汗が浮かんでいた。
「とんでもねえな」
陣も描かずにこれか、と巳坂は呟いた。僅かに肩で息をしているみことが視界に留まる。やはりどこか無理をしているのだろう。己も負けられないとばかりに、巳坂は、刀を握る手に力を籠めた。
隊長と若手が一気に扉へと向かう。その刹那――人形を操る男が、初めて明確に動いたのを感じた。
「それは困るな」
声は静かだった。だが次の瞬間、施設全体の空気が変わる。
壁の奥、床下。無数の気配が一斉に目を覚ました。
最初からその数を前提に設計されていた空間が、ゆっくりと本来の姿を取り戻し始めていた。
