カグラバチ
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「出るらしい」
その言葉に互いの顔を見合わせたのは、数刻前のこと――。
今日は珍しく打ち合わせもなしにみこと、柴、薊が六平邸に揃った。折角だからと国重が千鉱に三人との外出を勧め、四人で人の少ない場所を散策していた。その際、たまたま噂を耳にした。
少し離れた山奥に、かつて妖術の研究者がいたらしい。そこの一番奥の部屋に、研究の遺物――妖術秘伝の巻物が眠っているとか。
みことたち、特に妖術オタクと称されるみことはその巻物に興味を示した。薊としても怪しい研究であれば国の脅威となる可能性もあり、放置しておくのもいかがなものかという思いもあった。柴は何やオモロそうという理由で。
ただし、そこは出るらしい。
「出るって何が?」
「幽霊」
「マジでか」
千鉱がいるのもあり、後日三人で行こうとなったが、まさかの千鉱も興味を示した。三人は、幽霊は眉唾物だが曰く付きのところであるのは確実であり、行くのは危険だとなんとか説得しようと試みた。しかし、「皆さんと一緒にいたい」その一言と、シュンとした千鉱に対し、手のひらを速攻返した。
そうしていざ、四人は噂の場所にやって来た。
「うーん。絵に描いたようなお化け屋敷だねー」
みことが手を翳し、目を細めながら、眼前の建物の感想をこぼす。他の全員が想像通りすぎる建物の様子に、首肯した。
あたりは不気味なくらい静まり返り、どこか肌にねっとりと張り付くような空気があった。
「誰も近付かないのも納得だ。まさに出る!って感じ」
「ま、行くやろ」
柴が指を立てながらニヤリと笑いかける。薊もみことも当然とばかりに頷いた。
みことが改めて確認とばかりに隣の千鉱に語りかける。
「チヒロ君、本当に大丈夫?」
「大丈夫です。俺も皆さんと行きます」
「僕らが守るからね」
「俺らが揃っとるし何が来ても問題ないやろ」
こうして、物好き四人組――みこと、薊、柴、千鉱は、呪われた廃屋へ足を踏み入れた。
扉に手をかける。ギイと油の切れた典型的な音がなる。
「あれ?これ以上開かないかも」
中途半端に開いたが、どう考えても人が通れる幅ではなかった。みことは壊さないように慎重に力を入れて押すも、それ以上は開きそうになかった。
「古そうだもんね。みこと、どいて」
そう言い薊が扉に手をかけた。
――バキッ
「開いたよ」
「……開いたやなくて、開けたの間違いちゃうんか」
「公務員がなんてことしてんの?!」
「すごい」
「チヒロ君感動しないで!器物損壊だからね、これ!」
もう廃屋だし大丈夫だよなんて言いながら、薊は手に持っていたかつて扉だったものを横に置いた。
全くと思いながら、中に足を踏み入れる。
真昼だというのに、薄暗い。長い間放置されていたのか、中は土埃も立ち込めており空気が悪かった。
足元に気をつけようと、千鉱は床を見て目を見張った。
床には、一面に血の足跡が残されていた。千鉱は背筋に冷たい水を浴びたような感じがした。
「……ここ、裸足で歩く習慣だったみたいだよ」
「アホほど広い居間なんちゃうんか」
「すごい足跡だね。踊ったりしていたのかな?」
横で平然と冗談のようなことを真面目に言い合っている大人たちに、千鉱はどこか安心感を得た。
――その直後。視界に入ったものに、千鉱はヒュッと喉が詰まった。
「チヒロ君?どうしたの?」
息を呑んだ千鉱に気がついたみことが声をかける。千鉱の視線の先をみことも追う。その先にあったものに、思わずみことも口を開けた。
トイレらしき場所の前に、恐ろしく歪んだ顔の人物が立っていた。だが下半身が微かに薄いようにも見える。
「ちょっと大丈夫ですか?」
「え。みことさん普通に話しかけるんですか?」
普通に声をかけに行ったみことに、千鉱は思わず目を見開いた。幽霊って話しかけていいものなんだろうかと疑問も湧いたが、気にしないことにした。薊と柴もトイレ前にいる存在に気がつき、あっと声を上げた。
「トイレであの表情してると、ちょっと心配になるね」
「ものごっつ腹痛にさいなまれてるのかもしれへん」
「おーい。……あれ、消えた?」
「何だったんだ」
腹痛で顔が歪んでいたのか、そう思うと千鉱は同情が勝った。
とりあえず進もうとなり、四人は奥の部屋を目指し再び歩き出した。この感じだと、巻物も確かにあるかもしれないとみことは期待に胸を膨らませた。はやる気持ちを抑えつつ、みことは奥に続きそうな部屋の扉を勢いよく開けた。
大人三人が先に中を覗き込んだ。中は――
「……」
「……」
「……」
言葉を失う、ヤバい現場だった。
あたり一面に血飛沫の跡があり、卵の腐ったような臭いが立ち込めていた。思わずみことは顔を歪め、中の様子が千鉱の視界に入らないように立ち位置を変えた。
その部屋の中心には、何か棒のような長いものを持った黒い影のようなものがいる。ギギギと壊れた機械のように動き、あらぬ方に関節が曲がっていたりすることからも、明らかに人ならざるものであった。
「……そっ閉じ」
「何も見ぃひんかった」
「僕たちは何も見ていない」
「何があったんです?」
「んー……お片付け中、だったのかも」
中の様子が気になった千鉱であったが、三人の反応からあまりよくないものだったのだろうと察した。掃除で済む範囲かなと溢す薊に本当に何が、と千鉱は首を傾げた。どう考えても、掃除といった雰囲気ではなかった気がした。
先ほどのがただの部屋だったのもあり、四人は別の扉を探した。
少し進むと、明らかに異様な雰囲気の扉を見つけた。赤く光っているようにも見えたが、何か赤い文字がびっしりと書かれていることによるものだった。
薊が書かれている言葉を読み上げた。
「『地獄に落ちろ』か」
「まあ、私たち地獄行きだし」
「今更やな」
みことも柴も静かな顔をしている。冷たい空気が吹き抜けた気がした。妙に冷静にな三人に、千鉱はどこか落ち着かない気分になった。千鉱が目の前にいたみことの手をそっと包む。一瞬肩を揺らしたみことが、千鉱に微笑みながら手を握り返した。
「書くの、時間かかっただろうねぇ」
お疲れお疲れと告げつつ、みことはさっさと進もうと促す。柴が問答無用とばかりに扉を足で蹴り開けた。
中は倉庫のようであった。きっとここにある。全員がそう思った。
奥まったところには、不自然なほど綺麗な机と、金庫があった。
「これじゃない?」
「暗証番号式か」
「とりあえず探、」
「いや、ぶち破ろう」
任せろとばかりに薊が腕まくりをした。そんな薊を嗜めながら、普通に開ければいいでしょうと、みことは机を確認した。
ぺらりと紙切れが、先ほどの入り口に向かって落ちた。それに気がついた千鉱がそちらに向かい、紙を拾い上げる。
千鉱はそのまま顔を上げ、目にとまったものに、静かに声をあげた。
「皆さん、何か来てます」
千鉱の声に、三人が振り向くと、先ほどトイレの前にいた腹痛の人が廊下からこちらに向かって突進してきていた。
形相は相変わらず必死だ。
「トイレここにはないですよー!」
「必死すぎんねん……漏れそうなんか」
「可哀そうに。金庫を開けてさっさと退散しよう」
薊が、先ほど柴が蹴りあけて壊した扉を掴み、入ってこれないようにと無理くりはめ込んだ。
ドンドンと激しく叩く音が響く。うるさいねえと薊が蹴った。
「みことさん。これ!多分、赤い印が書かれてない数字がヒントじゃないでしょうか」
「おおよく見つけたねチヒロ君!見せて」
千鉱が拾った紙をみことが見つめる。何やら暗号になっていそうだった。顎に手を当て、ふむと考えている。
一方で薊は、扉を片腕で抑えながら、涼やかな顔で柴に声をかけた。
「さて、柴。ここは一番奥の部屋。見たところ扉はここだけ。けど何かいるし、どう出る?」
「そりゃもちろん」
柴が分かるだろうと自慢げに笑う。
「じゃあ、僕は天井と壁ぶち抜くね」
薊も悪戯気に笑う。扉を叩く力が微かに強くなったのもあり、扉がひしゃげてきた。柴と薊は、すかさずひしゃげた箇所を腕で叩き戻した。薊がみことに声をかける。
「みことーどう?開きそう?」
「……あとちょい!」
「そろそろ扉持たないかもー」
「え、頑張って扉。あと十秒くらいで開くから」
「よーし三秒で行くでー!さーん」
「柴、話聞いてる?」
「にー」
「薊まで……!ちょっと聞いてる?!」
ええい!とみことは必死に頭をめぐらせ叩き出した答えを入力した。
「「いち!」」
ドゴォン!という轟音と激しい揺れと共に、天井が崩れ、土埃が舞った。同時にみことが暗号を解き明かし、金庫の扉が開いた。柴が薊の腕を掴み、みことと千鉱の方を見る。
「みこと!」
「もう!分かってる!」
千鉱を抱え、金庫の中にあった巻物を引ったくるように取った。そのまま手首の綾紐をのばし、くるりと四人を巻き付ける。
「柴!」
みことが柴の名を呼んだ次の瞬間、みことたちは外に放り出されていた。
建物は目の前で瓦礫と化していた。霧が晴れたかのように陽の光が差し込み、辺りが明るくなった。先ほどまでの薄暗さと相まって、千鉱は眩しさに目を細めた。
「んー近道やったな」
「見事に消えたね」
「あの金庫を開けて、ここらに施されていた術も解除された感じかな?」
「やっぱり妖術だったのか」
「結界術の一種かも。幻覚作用のある妖術を混ぜた感じかな」
「ここにいた人物が張ったのかな」
各々が立ち上がりながら会話をする。怪我はないかと確認され、千鉱は大丈夫であることを告げた。先ほどまでの不思議な人影とかは、幻覚のようなものだったのかとみことたちの話の内容から察した。
服にかかっていた埃を払いながら、薊があっと思いついたように告げる。
「金庫開けたら術解除されるなら、扉の向こうのアレも消えていた感じ?」
「だから、話聞いてって言ったでしょ」
「扉もたへんかったもん」
「『もん』じゃないよ全く」
みことが呆れたようにため息をこぼした。普通なら戸惑ったりするような場面でも、あっけらかんとして、さらに現状を冷静に判断している。あのようなお化けより、この人たちの方が恐ろしいのではないかと、千鉱は父の盟友であるみことたちの底の知れなさを感じた。
一方のみことは、手の中にある巻物に口元が緩んだ。
あのような特殊な結界術を張るまでして隠した巻物だ。きっと相当隠したいものであったのだろう。何が書かれているのか。
みことは期待に胸を躍らせながら、そっと巻物を開く。
「って、なにこれ?!」
見た瞬間、体に稲妻が走り抜けたようにピシリとみことが固まった。すぐに巻物を閉じ、叫んだ。
「柴!あげる、持ってて!」
柴に差し出されたのは、例の巻物。
「はあ?……俺もいらんわ」
受け取った柴が内容を確認して顔をしかめる。そのまま薊に投げた。
「これはオマエにふさわしいもんや、ホレ」
「? うわ何だよこれ!やめろよ!」
「ぎゃー!こっちに投げないでよ!」
「逃げるなー!」
「……?」
巻物をまるで何かの汚れ物のようにして投げ合う三人に、千鉱が首を傾げる。ポトリと目の前に落ちてきた巻物を、徐に拾い上げた。
「ああああ!チヒロ君!君にはまだ早ーい!」
「アカーン!阻止や阻止!」
「教育に悪い!」
千鉱が中を見る前に巻物を引ったくり、えんがちょと三人が全力で踏みつけた。地面にのめり込み、見るも無惨な姿となっている。
「何が書かれてたんですか?」
みこと、柴、薊の三人は、ぴたりと動きを止めた。そして顔を見合わせる。
「チヒロ君」
みことがやけに優しい声で言った。
「世の中にはね」
「知らんでええこともあるんや」
「むしろ、知らない方が幸せなことがある」
三人は深く頷いた。千鉱はますます首を傾げたのだった。
地面にのめりこんでぐしゃぐしゃになった巻物が転がっている。
そこには、かつて妖術秘伝と噂された何かが、とても元気よく描かれていた。
判明した真実。妖術秘伝の巻物。その正体は、結界術でも妖術でもなく――ただの春画だった。
廃屋に出ると噂されていたものは、きっとただの気まずさだったのだろう。
「マジかぁ」
「出る幽霊より怖いのは、人間の下心ということか」
帰路につきながら遠い目をして溢した二人の言葉に続けて、柴がぽつりと言った。
「……まあ、確かに色々出とったな」
みことと薊は、無言で柴を叩いた。
こうしてみことたちの探検は、笑いと恐怖と土まみれのドタバタ劇で幕を閉じたのだった。
