カグラバチ
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扉に手をかけた。ふう、と落ち着かせるように息を吐く。
「へい!柴さんやでー!」
ガチャリと開く音と共に、柴はことのほか明るく振舞うことを心掛けた。
遠慮なく足を踏み入れ、カサリと持っていたものをその人物の顔の傍らに置く。
「生きとるかー」
返事はない。
代わりとばかりに無機質な機械音が響く。今日はやけにその音が耳にこびりつく気がした。
眠っている人物の傍らに花があるとまるで葬式のようだと思い、柴はすぐに自分が置いた花をどかした。
あの日から随分と経ったが、今もみことは目を覚ますことなく眠り続けている。
無機質な音の中に、花束の紐を解き、花瓶に生ける音が混じる。柴は気を紛らわすように口が動いていた。
「チヒロ君は元気にやっとるよ。薊は、相変わらず神奈備にこき使われとるな。ほんまよくあんなブラック企業にい続けられるわ」
正気の沙汰やないわーと言葉を続ける。それからも、今の状況。拠点のことや、ヒナオとゲームをして連勝していること。千鉱が外の世界にでるようになって箱入り息子であることを実感した話。当たり障りない最近あった日常の話を紡ぐ。
それからと前置きをして、柴はみことの顔を見つめた。
毘灼という組織が六平殺害のあの事件にかかわっていること。それをいま探っていること。これらもことも告げた。
「ほんま、お前がいたらもっとオモロいし、楽やねんけどな」
――だから、早く起きや。
その言葉は喉につかえて出なかった。出かかった言葉を、奥歯で噛み潰しみことに背を向ける。
願いにしてしまえば、壊れてしまいそうだった。
――柴?
ふと背後からみことの声が聞こえた気がした。顔を上げ、急いで振り向くが、みことの目は固く閉ざされたまま先ほどと何ら変わらない。
柴はそんなみことの先に、勢いよく振り向いてきたからか目を見張り立つ別の人物の姿をとらえた。
「なんや、薊か」
「何だとは何だ」
「……今日も来たんか」
「それはこっちの台詞かもね」
「珍しゅう被ったな」
みことの眠るこの場所で二人が顔を合わせるのは初めてだった。示し合わせたわけではないが、どこかお互いに遠慮もあったのかもしれない。
薊は持っていた花をそっと傍らにある机に置いた。
柴はコトリと花瓶を窓際に置き、壁にもたれた。腕を組み薊とみことの方を向く。
「……みことのこと、堪忍な」
「いいよ。神奈備にも厄介なのがいるよホントに」
「ずっと六平とみことへのあたり、強かったからな。丁度ええ機会でもあったんやろ」
六平邸襲撃後、すぐにみことが実行犯という噂が流れた。ありもしない噂でも、消息不明ということもあり広まるのは早かった。恐らくこれも真の実行犯である毘灼が仕組んだことでもあったのだろう。
柴は六平邸が知られたこと、自分の不在を狙われたこと、そしてみことに関する訛伝の流れる速さ、諸々の違和感から神奈備内部にも毘灼と繋がっている者がいることを確信した。
薊と壱鬼たち一部の神奈備上層部や鎺みことの人となりをよく知る人物の協力のもと、その噂は語られなくなった。毘灼もみことの件は早々に無理と判断したのか、犯行声明を出すなど切り替えがはやかった。
みことは現在死亡扱いとなっている。というより、死亡だろうという噂が広まり、そうなのだろう、という風潮に最近やっとなった形だ。
六平のことといい、みことのことといい、今思い返しても柴は憤りがおさまらない。
「そう気色ばむなよ柴」
「分かっとるわ」
「まああの時、柴があの人たちを殴ってくれてスッキリしたけどね」
僕も殴りたかったと零す薊に、そりゃアカンやろとツッコミをいれる。柴はなけなしの理性で命は取らないように制御していたが、薊が殴ったら命を奪っていた可能性は十分にあった。
「起きないね、みこと」
「ホンマに。ここまでくると寝坊じゃ済まされへんぞみこと」
伸ばしかけた手を、柴はそっと引っ込めた。
目を閉じ、あの日のことを思い出す。
――あの日。柴が異変を感じ、駆け付けるまで十秒ほどだった。
到着した現場で柴が見たのは、瓦礫となった六平邸、息のない血にまみれた六平、そのすぐ傍で淵天と意識のない千鉱を守るように立つ傷だらけのみことの姿だった。
到着した己を視界にとめ、安堵の様な表情と共に「……遅いよ」の一言と共に膝を折ったみこと。とっさに支えたが、みことは千鉱に手をかけたまま玄力を注いでいた。
何が起きたのか、目の前の惨劇に柴は珍しく茫然自失した。だからこそ、みことが千鉱に注いでいる力が、いつもの回復の妖術やただの玄力ではないと気が付くのが遅れた。
己が支える重みが増し、自身の手や服に伝わる生暖かい感覚が、その時の柴を現実に引き戻した。みことが完全に意識を失うと同時に、千鉱が目を覚ました。千鉱は混乱しながらも、何があったかを語った。
柴はゆっくりと目を開けた。今もこの手にはあの時の血の生暖かい感覚が残っている。
規則正しく呼吸をしているみことを見つめる。
「みことはチヒロ君を助けるために黒い力を使っておった。結界術も妖術も相当無理しながら戦ったんか、玄力を操る神経もズタズタ。ほんま、アホやな」
「柴」
「なんや」
「……無理しなくていい」
「……余計なお世話や」
間に合わなかった。守れなかった。その悔恨がずっと柴を蝕んでいる。アホと言ったのは、みことに対してではない、柴自身への言葉でもあった。
「もし、六平とみことが今の俺らを見たら、どう思うんやろうな」
「チヒロ君のことかい」
復讐を止めない自分に二人は怒るだろうか。あの二人はきっと、こちら側に来るなと千鉱を止めただろう。
「生憎、俺はそこまで割り切れる大人やない」
「……もし僕たちが止めても、きっとチヒロ君は」
薊は言葉をとめた。千鉱は一人であっても実行するだろう。父の生みだした刀が悪事に使われることを黙って見ているなど、彼はできない。それに、もし毘灼から妖刀を――飛宗を奪還出来たらみことの回復も見込める。千鉱が今の道を歩むことになったのは当然といっても過言ではないと薊は考えていた。
柴はそんな千鉱の側にいることを選んだ。信じる道を、地獄への道を共に歩むと決めた。それは、そもそものきっかけを作った柴自身への戒めでもあるのかもしれない。
「僕も引き続き君らに情報を流す」
「ああ」
「チヒロ君と七本目の妖刀、そしてみことが存命であることも隠す」
「頼むわ」
「だから柴。チヒロ君のこと、頼むよ。僕ができない代わりに」
「分かっとる」
「……ねえ、聞いたみこと?みことが証人だからね!頼むよ」
薊はわざとらしく大きな声でみことに同意を求める。柴が苦笑したと同時に携帯が鳴った。
「チヒロ君が呼んどるわ」
柴は携帯を閉じ、ポケットにねじ込む。ほなまた来るわ、と印を結びその場から消えた。
せっかちな奴だと思いながら、薊は自身が先ほど置いた花をとる。今の柴は以前よりも余裕がない。――それは己も同じかと力なく笑った。
「みこと。君までいなくならないでくれよ。僕らのためにも」
薊の祈るような呟きは、闇に溶けて消えた。
窓の向こうには、東の空がほんのわずかに白み始めていた。
